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人生生涯小僧のこころ の商品レビュー

4.3

56件のお客様レビュー

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2026/04/02

1日約48kmの険しい山道(標高差1355m)を計1000日間歩く「大峯千日回峰行」。 1日16時間、何があっても決して休むことは許されない。 万が一途中で断念する場合は、所持している短刀で自害しなければならないという、想像を絶するほど厳しい掟がある。 さらにその後に続く「四無...

1日約48kmの険しい山道(標高差1355m)を計1000日間歩く「大峯千日回峰行」。 1日16時間、何があっても決して休むことは許されない。 万が一途中で断念する場合は、所持している短刀で自害しなければならないという、想像を絶するほど厳しい掟がある。 さらにその後に続く「四無行」では、9日間飲まず、食わず、眠らず、横にならずに真言を唱え続ける。もはや人間の限界を超えている。 1300年の歴史の中で、この大峯山千日回峰行を達成したのはわずか2人しかいない。 ​著者である塩沼亮潤さんを知ったのは、2016年に放送された「クレイジージャーニー」だった。 これほどまでに過酷な修行を成し遂げ、大阿闍梨という位に就かれた方なのに、全く偉ぶるところがなくて、とにかく謙虚。 なんてすごいお坊さんなんだろうとずっと心に残っていた。 先日読んだ『不毛地帯』の中に、千日回峰行を達成した人物が登場して、ふと塩沼さんのことを思い出した。 母が亡くなってから日に日に喪失感が増してきて、どう向き合えばいいのかずっと悩んでいたので、普段は手に取らないような本だけど読んでみたくなった。 塩沼さんが命懸けの修行をしたのは、自分が偉くなるためではなく、極限まで追い込んだ先で見えたものを「少しでも誰かの苦しみが軽くなれば」という思いで伝えている。 もともと自己啓発のような本は苦手で、素直に受け入れられないタイプだけど、塩沼さんの言葉には絶大な説得力と重みを感じた。 自分はまだ起きてもいないことを不安に考えすぎたり、頭の中で反省会が止まらなかったり、本当に面倒な癖がある。 ​今の自分に必要だと感じた言葉を忘れないようにメモに書き留めた。 この本をきっかけに、自分の考え方のクセを少しずつ直していきたい。

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2026/01/25

良いことをすると帰ってくる、悪いことすると帰ってくる。 与えられた状況をどう捉えるか。しないといけない的な義務感でやるのも自分でやりたいと思うのも、どうせやるのであれば後者であるべき。 行動 良いことをする しないといけないのではなく、自分がやりたいからやるというマインドで...

良いことをすると帰ってくる、悪いことすると帰ってくる。 与えられた状況をどう捉えるか。しないといけない的な義務感でやるのも自分でやりたいと思うのも、どうせやるのであれば後者であるべき。 行動 良いことをする しないといけないのではなく、自分がやりたいからやるというマインドで行動する

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2025/01/31

人を思いやる心というのは、まわりまわって、自分の心をおだやかにしてくれます。やさしい言葉をかければ、やさしい言葉がどこからかめぐってきます。

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2024/10/19

栗山元監督著の「栗山ノート」に出てきた大峯千日回峰行者に興味を持ち、読んでみた。 自分では一泊しても挫けそうな山を千日歩くという壮絶な修行。 その先に見つけたもの…足ることを知る…わかっていながらもなかなかその境地までは辿り着けない…。

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2024/09/18

壮絶な修行を終えた先に人生とは何かが見えるだろうか。それは当たり前なことに感謝することや、日々心を込めて生きることでした。読んでいて説得力しかありませんでした。 今日より明日、明日より明後日 足ることを知ること いい言葉だと思いました。

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2024/09/08

自分からすると凄絶としか言いようのない、千日回峰行。 実際にどのように行を行っているのかという、単純な興味もあり、手に取りました。 千日回峰行の最中はどんなものなのか、その一旦を垣間見ることができました。 生き方というか、生きる姿勢というか、そういったものが本当に素晴らしい方だ...

自分からすると凄絶としか言いようのない、千日回峰行。 実際にどのように行を行っているのかという、単純な興味もあり、手に取りました。 千日回峰行の最中はどんなものなのか、その一旦を垣間見ることができました。 生き方というか、生きる姿勢というか、そういったものが本当に素晴らしい方だと思いました。 自分などはいかに言い訳だらけで自分を甘やかしてるのかと、読書をしながら反省することもしばしばでした。 他人に対する感情は見習わねば、と思います。 また、千日回峰行を満願するための準備を、これたけ周到にするのか、と感嘆させられた場面もいくつもありました。 仕事などでも準備は大切だと言われますが、やはり、何かを達成する方は仕事にしろ何にしても、その準備の仕方が濃やかで、そこまでするのかというほど準備を入念に行うのだなと、大変な学びになりました。

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2025/12/03

行というのは… 大峯千日回峰行、四無行を成しえた塩沼亮潤氏の体験談。 通常の安全管理、医学常識とはかけ離れた荒行を行うことで見えてくるもの、悟るものがあるという経験を教えてもらった。若く体力があるから乗り切れたのだろうが死んでいてもおかしくない。壮絶な体験の中で感じた「五感が鋭敏...

行というのは… 大峯千日回峰行、四無行を成しえた塩沼亮潤氏の体験談。 通常の安全管理、医学常識とはかけ離れた荒行を行うことで見えてくるもの、悟るものがあるという経験を教えてもらった。若く体力があるから乗り切れたのだろうが死んでいてもおかしくない。壮絶な体験の中で感じた「五感が鋭敏になる感じ」には驚かされたし、そこから学べるものはかけがえのないものなのだろうと思う。「お山に入って何も気づかず悟らず帰ってくるのは、宝の山に入って何も持って帰ってこないのと同じ」とは、まさにその通りなのだろうと思うが、塩沼氏自身も言っているように、苦行をした人だけ、山で修業した人だけしか悟れないというものではないのだろう。それぞれに与えられた役目を果たしていく中で、心を研ぎ澄ませ、目を凝らし、耳を澄ませたときに、いろいろなことが悟れる、というのは心に残った。最後に残った難関を克服した瞬間のお話、心の器を大きくして我を捨てること、己の至らなさに涙し、日々限界に近付こうとする姿勢があればということか。

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2023/09/23

『人生生涯小僧のこころ』 知足 ★★★★★ 日常五心 ★★★★★ 【著者】 僧侶の方です。高校卒業と同時に仏門に入っています。どんな方か? ①大峰千日回峰行を納めている方 これは、片道24kmの山道、標高差1,000メートル以上を16時間かけ、しかも1日で往復をするという行で...

『人生生涯小僧のこころ』 知足 ★★★★★ 日常五心 ★★★★★ 【著者】 僧侶の方です。高校卒業と同時に仏門に入っています。どんな方か? ①大峰千日回峰行を納めている方 これは、片道24kmの山道、標高差1,000メートル以上を16時間かけ、しかも1日で往復をするという行です。これを千日間続けます。 過去1300年の歴史の中で、この方含めて2名だけしかこの行を納めていないという非常に厳しいものです。 200日目前後で「血尿」となるそうです。 ②四無行(断食、断水、不眠、不臥を9日間続ける行)を納めている方 ①の1年後にこの行を納めています。あらかじめ断食で体を整えて臨みます。一滴の水も許されない、こちらも大変厳しい行です。 水分をとらず、しかし排尿されるため「1日で1キロ痩せる」とのことでした。 ―――――――― 【購読動機】 私は、無宗教です。定期的に心をスクリーニングするように努めています。 そうした一環で、心にまつわる本を読み、自身と外部の世界を対比させています。 ―――――――― 【読み終えて】 ・知足  足るを知る。 今、こうして命がつながり、日々を営むことができていること自体に「ありがとうございます」の気持ちを自然にもてるようになること。 大変な行を納めた著者ですら「努力して為せる」ことなのだとわかりました。 ・日常五心  仏教の言葉です。別の書籍で知りました。  はい(素直)、すみません(反省)、どうぞ(謙虚)、やります(奉仕)、ありがとう(感謝)。  言われてみれば当たり前です。でも、その当たり前の実践が難しいです。  著者ほどの僧侶の方もそう感じているということでした。  日々、自然に行えるて状態を目指したいな・・・。 ―――――――― 【本書より】 人生を論じる暇はない。今この時をもって生きるのです。157 「自分は何のためにしているのか」という問いに対する答えをきちんと整理しておくことだと思います。目標がはっきりしていないと、結局自分自身が疲れてしまいます。178 もっとも重要なポイントは、人を恨まない、人を憎まない、人のせいにしないという覚悟を持つことです。 「やらされている」と思えば、どんどん心が枯れて卑屈になってしまいます。212 人と人との心をつなげるのに技術は必要ありません。技術とか経験とかいうものは、時によっては毒にもなります。大切なのはたったひとつ、それは「心」です。230 実際の日常生活の中で本当に原点に返っているかどうか、日々が挑戦です。努力です。240 流れにしたがって生きていくということは大事だと思います。決定的に生き方が変わったとき、決して自分から「ああしよう」「こうしよう」としない生き方になってきておりました。255

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2022/06/04

行とは行じるものではなく「行じさせていただくもの」 人生とは生きるものではなく「生かされているもの」 行とは、人生とは、ひとつひとつ見えない徳を積み上げていくもの  己とは一体何なのか、人とは一体何なのか、人生とは一体何なのか。こうしたことは、普段すべてが整った幸せすぎる生活の...

行とは行じるものではなく「行じさせていただくもの」 人生とは生きるものではなく「生かされているもの」 行とは、人生とは、ひとつひとつ見えない徳を積み上げていくもの  己とは一体何なのか、人とは一体何なのか、人生とは一体何なのか。こうしたことは、普段すべてが整った幸せすぎる生活の中ではなかなか見えてこないものです。それを知るために自分自身を奮い立たせ、厳しい行に挑むのではなかろうかと思います。  今、崖っぷちに咲いている悟りの花と言いましたが、それは「そこにはどんな花が咲いているんだろう」といくら考えていても実際に見えるものではありません。どんな望遠鏡を使っても見ることはできないでしょう。その場所にまで行って、はじめて出会うことができる花です。どんな想像をしても、どんなに勉強をしても、決してその答えは出ることはないと思います。  人が悩み苦しむのは、頭でわかっても心の中がモヤモヤして、物事をなかなか実践できないからです。それでもあきらめずに人を思いやり、丁寧に生きていると、やがてそれぞれの人生の中に、心の中に、素晴らしい悟りの花と出会える日が来ると思います。また、そのために人はこの世に生まれてくるのではないでしょうか。 「行を終えたら行を捨てよ」  これは回峰行に入る前、二十三歳のときに師匠からいただいた言葉です。  行というものは何回山に行ったとか、どれだけ高い山に登ったとか、そんなことは 一切関係ありません。行はチャレンジでもなければ冒険でもありません。行をしたということ自体を自慢したり勲章にしたりしては間違いですよ、ということです。 「行を終えたら行を捨てよ」というこの言葉は、年々行じていくごとにとても素晴らしい言葉だと思うようになります。行というものは一切のご利益的な考えがあってはならないのです。たとえば、行をしたからこうなりたいとか、他と比較して損得勘定をしたりとか、少しでもそのような心があってはいけないのです。心の中にまるで幼子がいるかのごとく心を無にして、目に見えぬ功徳というものを日日ひとつひとつ積み重ねていくのだと思います。  たとえば今日一日という日にたったひとつの功徳を積むことが、一年で三百六十五個の徳を積み上げることになります。「何事も根気よく、丁寧に、ぼちぼちと」。これが長い長い行を続ける秘訣です。人生の旅も一緒です。  修行の中でも、また人生においても、肉体的、精神的苦痛を受けたときは誰でも辛いものです。そこで妥協せずに乗り越えられるかどうかは、天を衝くぐらいの高い高い目標があるかどうかで決まります。その純粋なる清らかな気持ちが限界をも持ち上げ、時として不可能を可能にする力となります。この力は、本来、人には誰でも備わっているものだと思います。  自分に対する過信は脆いものです。 地に足をつけ、あせらず手を抜かず、一歩一歩歩み続けていれば、必ず自信がついてきます。勇気が湧いてきます。そして神仏が、まわりの人が、必ず守ってくださるのです。 「しなければならない」とか、「やらされている」と思えば、どんどん心が枯れてきて卑屈になってしまいます。しかし同じ環境でも、自分の気持ちで進んで乗り越えさせていただこうと思えばいい縁も広まってまいりますし、自然と笑顔も出てまいります。行も、人生も、卑屈になってはいけません。楽しまなくてはいけません。  そして最も重要なポイントは、人を恨まない人を憎まない、人のせいにしない覚悟を持つことです。もし行の最中、うがいの日を四日目と言った人を少しでも恨んだり、人のせいにしたならば、おそらく今の私はいないでしょう。神さま仏さまはいついかなるときでも、人の心を見ておられます。

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2022/05/14

高低差1300m-距離48kmの山道を、毎日16時間かけて9年間1000日間歩き続ける。しかも完遂できなければ自害しなければならない掟! なぜそんな超絶大苦行をするのか。なんで? ブッダの9年間の荒行より辛いんじゃなかろうか。 「体調は悪いか最悪かしかない」って壮絶すぎる。 いつ...

高低差1300m-距離48kmの山道を、毎日16時間かけて9年間1000日間歩き続ける。しかも完遂できなければ自害しなければならない掟! なぜそんな超絶大苦行をするのか。なんで? ブッダの9年間の荒行より辛いんじゃなかろうか。 「体調は悪いか最悪かしかない」って壮絶すぎる。 いつも「お坊さんって何が偉いのかな?」と思ってたけど、この人は間違いなくすごくて偉い。 それだけの、生きるか死ぬかのことをやり遂げた人だからね。 なのに書いてあることばは至って謙虚。 だから重い。 ○人生というのは自分の思い通りにならないようにセッティングされている。それをどう克服して感謝の気持ちを学ぶか… ○この世に生を受けた時に人生の旅は始まっている。スポーツに例えれば気付いた時には既に試合が始まっていたようなもの… 凄まじい修行をしてきた人の言葉なんだなと思う。 しかもそれだけやってきた後の、生きるか死ぬかの四無行!どれだけ自分をいじめ抜くのか。 ○もし神仏が「お前は世のため人のためにこれからも尽くせ」と判断すれば生きて帰ってこれる。そうでなければ永遠のお別れ。 でもそんな塩沼さんでも二十年も受け入れられなかった人がいたなんて、やっぱり人間の我っていうのは強いものなんだ。そこが神様との違いなんだな。 俺は嫌いな人を受け入れられる日が来るのか。 それにはそれなりの修行が必要なようです…

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