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神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 紀伊國屋書店 |
| 発売年月日 | 2005/04/06 |
| JAN | 9784314009782 |
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神々の沈黙
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商品レビュー
4.4
39件のお客様レビュー
632ページに及ぶこの重大な大書を捌くために相応の時間を要してしまった。しかし、知識の狩猟のその時間処分に値する実り多い知見を獲得することができる。 文字-言語を通じた意識の発達によって、人間には広大な2つの世界が広がっている。1. 現前の現実界であり、2. 1のアナログ(類似...
632ページに及ぶこの重大な大書を捌くために相応の時間を要してしまった。しかし、知識の狩猟のその時間処分に値する実り多い知見を獲得することができる。 文字-言語を通じた意識の発達によって、人間には広大な2つの世界が広がっている。1. 現前の現実界であり、2. 1のアナログ(類似物)たる、時間の空間化された心的空間、ジェレミー・ベンタムの語を借用するならば、ランドオブフィクションである。意識が登場した、カール・ヤスパースの言うところの「枢軸時代」において、二分心の消失に苦悩した主観的意識を持つようになった民族は、その失われた二分心を懐かしみ、悲嘆する心情を原動力として新しい対処法を定めようとする。 旧約聖書 「二分心が失われ、残存するエロヒムが緩やかに沈黙の中へと後退し、それに続いて混乱と悲劇的暴力が起こり、預言者たちの中に神の声を再び得ようと空しく探したあげく、ついに道徳規範にその代用物が見いだされるまでを描いた物語」 旧約聖書において一つの素材から作り上げた純粋な書の中で最新のコヘレト書は、主観的意識の時代を告げているとともに、仏教思想にも似た「空」を語っている。これは本書で語られている内容ではないが、人間の意識の対処法はよく似ている。1. 先述した「空」の概念であり、2. たとえばジョルジョ・アガンベンが「いと高き貧しさ」で論じたような、規則による生の形式化である。 結局のところ、人間は今でも二分心の時代を懐かしんでいるように思う。「神は死んだ」と言ってのけたニーチェやその他の多数の哲学者たちもまた古代を憧憬したように。旧約聖書の仰々しい神とは違って「イーリアス」におけるギリシアの神は、導き、助言を与え、命じるだけで、謙虚さや愛をかき立てず、感謝の念もほとんど抱かせない。聴覚的なカーと視覚的なバーの訓戒に準ずるだけでよかった古代エジプト人の心象風景があるが、それに関連してマリオ・ペルニオーラは、「エジプト的契機」として、古代エジプト人における全てがモノ化されたその中性性を現代文化とその次に到来する時代性に再捕捉したのだった。チャタル・ヒュユク遺跡には全世帯に個人の神の祭壇のある「神の部屋」があったが、そのような「個人の神」を通じた「統合失調症」的利点とは、単純な感覚による認知と、疲れを知らないことである。「疲れの多くは主観的な意識を持った心の産物であり、エジプトのピラミッドやシュメールのジッグラト、テオティワカンの巨大な寺院を手作業だけで造り上げた二分心の人間は、意識ある内省的な人間より、はるかに楽にそういう仕事に取り組めたのだろう」 バビロンの都市神マルドゥクの従僕/「管財人たる歴代の王で最も偉大な」ハムラビによる文書導入/文字文化隆盛において、神/王の命令は文字として刻まれることで、神の言葉は遍在して即座に服従を求める力ではなくなり、制御可能な在りかを持つに至ったことで、神々と人間の提携関係が弱まり、二分心崩壊の背景となったとジェインズは述べるのだが、これは弁証法的に既に完成されている時世を数千年前に告げていたのだった。即ち、意識緊張を要求するトラストフルなクライアント(client)偏重ではなく、もはや(従来の)意識的ではない新二分心の到来を。「二分心国家内では、人民はおそらくそれ以降のどの文明よりも平和的で友好的だったろう」とジェインズが述べるとき、それに対比されし意識の萌芽とはコジェーヴに言わせれば主と奴の歴史的闘争の時代であった。そして今再びコジェーヴの「目」を通じてハムラビのアルコントロギーを知覚するとき、意識以前にも意識以後にも「歴史の無さ」は常に横たわっていただけだった。
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2024刊の大塚信一「岩波書店の時代から 近代思想の終着点」の中で良書として何度も参照されていたので読んでみた。 以前「無意識の発見」(エレンベルガー著)という本を読んだことがある、それは「無意識」を発見するまでの苦難の道だった。この「神々の沈黙」は逆に「意識の発見」である。BC...
2024刊の大塚信一「岩波書店の時代から 近代思想の終着点」の中で良書として何度も参照されていたので読んでみた。 以前「無意識の発見」(エレンベルガー著)という本を読んだことがある、それは「無意識」を発見するまでの苦難の道だった。この「神々の沈黙」は逆に「意識の発見」である。BC2000年以前は、自分という概念がなく神に祈ることもなかったと言うのだ。端的に言えば、BC2000年以前は、右脳が支配する無意識だけだった。その仮説の証拠をとくとくと著者は解説している。 意識がないBC2000年以前の人間は幸福だったと言いたいような展開で、意識みたいなよけいなものがあるから統合失調症などがおこるのだ、といった感じ。 この本で、人類史の勉強はできたが、その「BC2000年に意識は芽生えた」というトレビアを知って「今の人間の幸福」になんの役に立つのだろうか? この本を否定してしまっては大塚さんに失礼なので、こう考え方をどうかと思う。 意識の中に、合理的に「神」を位置づけるのだ。つまり、左脳の中の仮想右脳モデル「神」だ。 これなら、とても実践的で、将来性がある。しかし、考えてみれば、今の宗教はすべて、もうすでにそうなっている。 だいたい、祈ること自体、強欲で「右脳が発信する神」らしくない。 ま~、それほどBC2000年以前の人間は異質な精神世界の持ち主だったということだろう。 参照サイト 正岡正剛の千夜千冊 https://1000ya.isis.ne.jp/1290.html 「神々の沈黙」ジュリアンジェインズ著 感想文 https://note.com/swingo45/n/n956c08989457
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"意識"の起源に迫る大胆な仮説。大著の概括を端的に表す題名が俊逸。大脳左半球にあるウェルニッケ野に相当する右半球の箇所が左半球のブローカ野に電気刺激を送り、現実と違わぬ幻視や幻聴を引き起こすとする”二分心”。時とともに右半球のウェルニッケ野”であったもの”は役...
"意識"の起源に迫る大胆な仮説。大著の概括を端的に表す題名が俊逸。大脳左半球にあるウェルニッケ野に相当する右半球の箇所が左半球のブローカ野に電気刺激を送り、現実と違わぬ幻視や幻聴を引き起こすとする”二分心”。時とともに右半球のウェルニッケ野”であったもの”は役目を終え、天の声を喪失した混沌から言語化による”心の空間化”と”物語化”が任を承継し、古代の神々は沈黙する。 有名な脳科学実験で、言語と意識、行動と意識との逆接関係の結果が幾つかあるが、”直喩”から”比喩”と”被比喩”との”投影連想”による言語化による意識めいたものの発生が興味深い。オノマトペから事象事物の識別が発生し、言語が共通認識として確立し思惟が外部化しクロニクルという概念が誕生する。 一から十まで”二分心”に結びつけようとする傾向は多々あるが、脳科学・史学・言語学・考古学といった幅広い知識や文献を用いて検証・論証しており、非常に読み応えがあって面白い。
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