慈雨 の商品レビュー

柚月裕子(著者)

2020/10/05

群馬県警を定年退職した神場は、妻の香代子とともに四国八十八か所の霊場を徒歩で巡礼するお遍路の旅に出た。最初の夜、行方不明だった幼女の遺体が群馬県の山中で発見されたというニュースをテレビで目にする。それは神場が罪の意識に苛まれ悪夢にうなされ続ける原因となった、あの16年前の事件と酷似していた。
神場は元部下の緒方に連絡を取り、事件の概要と進捗状況をたずねる。緒方は優秀な刑事であると同時に、まだ認めてはいないが娘の幸知の恋人だ。
神場は巡礼の旅を続けつつ、事件解決に協力する。それは16年前に起きた事件のときに警察という組織に隠ぺいされたある秘密と、それに関わってしまった自分の罪に決着をつけるためでもあった。

出だしの文章は骨太の警察小説という印象だったが、神場の妻香代子の描写や旅先で出会う人々との会話の端々に、女性ならではの柔らかい表現があった。
四国の美しい景色とお遍路さんにまつわるエピソード、その途中で出会う人たちとの会話、電話のやり取りを通じて変わっていく神場の緒方に対する考え、決して変わらない、いやこの旅をしたからこそ強くなる香代子への感謝の気持ち、すべてが丁寧に書かれ、温かみのある層となってこの物語に味わい深い厚みを加える。
この本を最後まですっきりとした気持ちで読み終えることができたのは、この小説に悪い人が出てこなかったからなのかもしれない。憎むべき犯人は全く分からず、警察内部の揉み消しも具体的に誰がというのは出てこない。余計なことに対する記述がないため、作者の伝えたいことが真っすぐにわたしたち読者に届くのだろう。

慈雨は最後に神場の頭上に降り注ぐ。優しく柔らかくすべてを包みながら、長い年月ずっと彼を苦しめてきた深い傷を癒すように。
そして苦しみがすべて洗い流された後に見えてきた明日に向かって、お互いの手を取り歩きだす。

2020/09/17

警察を定年退職した神場は、妻と四国の八十八ヶ所を巡るお遍路旅に出る。
誰にも明かされない胸中に、１６年前に起きた純子ちゃん殺害事件の冤罪に関わる秘密を抱えていた。そして今、その事件とよく似た手口で、愛里菜ちゃん殺害事件が起きてしまう。

事件性に同一犯を疑い始めた神場は、過去の冤罪がなければ、こうした同じ手口による被害者がでる事は2度となかったのではないかと、後悔を募らせる。
過去の事件を調べようにも、神場は刑事を退職した身だ。警察内で優秀な信頼のおける部下、緒方と連絡を取り、犯人逮捕への強い思いを抱く。

お遍路の旅を進める中で何度も純子ちゃんの夢を見たり、自分を責める場面が出てくるが、事件解決への糸口は、神馬の助言からであった。
刑事に強い責任を持ち、国民を守る義務を全うした神場の生真面目さと、冤罪から被害者が出てしまったという後悔がどんな場面からでも窺える。

犯人逮捕への瞬間は、手に汗握る展開で、読み手に伝わる臨場感が凄かった。
ドキドキしてサスペンスドラマを一気に見た感覚と似ている。
またキレのある男前の文章も、刑事の渋くてカッコいいイメージにピッタリだった。

2020/08/11

＊警察官を定年退職した神場智則は、妻の香代子とお遍路の旅に出た。42年の警察官人生を振り返る旅の途中で、神場は幼女殺害事件の発生を知り、動揺する。16年前、自らも捜査に加わり、犯人逮捕に至った事件に酷似していたのだ。神場の心に深い傷と悔恨を残した、あの事件に―。元警察官が真実を追う、慟哭のミステリー＊

ずっと読みたいと思っていた本。
引退した刑事が、夫婦でお遍路巡礼をしながら、過去の事件、過去の出来事、現在進行形の事件に向き合って事件解決に絡んでいくストーリー。
もう･･･お見事の一言です。行間にそれぞれのやるせない思いが滲み出ていて、とにかく読ませます。スピード感も構成も文句なし、余韻を残す読後感も素晴らしいです。

2020/08/06

定年退職した元刑事が、現役中は仕事に没頭して一緒に過ごす事のなかった奥さんと四国お遍路詣りする中で、忘れる事の無い過去の冤罪事件、娘の結婚等に向き合い苦しみ乍らもお遍路同様一歩ずつ前に進めて行く。正義と市民を守る為に清濁併呑む刑事の覚悟、矜恃を描く柚月ワールド。仕事に悩み苦しむ無愛想な夫が明るく屈託の無い奥さんに救われている姿の描写も微笑ましい。

2021/10/10

●2020年7月22日、読み始め。

柚月裕子さんの作品を読むのは、初。
1968年、岩手県生まれの方である。

●2020年7月23日、読了。

定年退職（だったか）した刑事、神場智則（じんばとものり）と妻・香代子（かよこ）が、四国88か所を巡礼を開始する場面が、ほぼ冒頭にある。
そして、巡礼と並行して、刑事時代にやり残した仕事をする、まあ、そんなストーリー。

この巡礼だが、私には縁のないものと思っていたが、この作品を読み、興味を持った。全部を歩いて回ると2か月位かかるとのことで、実際には巡礼することはないと思うが。

●2021年10月10日、追記。

著者のことを、ウィキペディアで見てみた。

柚月 裕子（ゆづき ゆうこ、1968年5月12日 - ）は、日本の小説家・推理作家。岩手県釜石市出身。山形県山形市在住。釜石応援ふるさと大使。

2020/06/27

刑事を退職した神場は、過去に目をつぶった冤罪と最近起きた幼女誘拐殺人事件の関連性に目をつける。四国のお遍路巡りをしながら、いろんな葛藤がありながらもヒントをつかみ、後輩の緒方に指示を出す。→娘の恋人でもある緒方を刑事として男として人として認め、娘を託すシーンが泣けた。全てを捨てても死ぬまで刑事でいると決めた彼らの覚悟に胸を打たれた。

2020/04/16

柚月さんの作品は登場人物にぐっと引き込まれます。今回の主人公も奥様も思慮深くて素敵でした。ただのミステリーではなく、こういう判断ができる人になりたいと思えるような本。

2020/01/11

初読の「虎狼の血」が
あまりに素晴らしかったので、
(図書館で)借りていた二冊目も
読み始めてしまいました

はい
主人公の元刑事夫妻のお遍路道の様子が
まざまざと描かれる
途中に何度も交わされる
元刑事と現役刑事との
電話でのやりとりも
まことにﾘｱﾘﾃｨにあふれ
その肉声までが聴こえてくる

わき役たちが　またいい
尊属殺人に手を染めてしまった男
遍路宿の「鶴さん」
お遍路さんｺｰﾋｰｾｯﾄのﾏｽﾀｰ
そのどの方たちも
緊張感に溢れている本分の中で
ほっとできる絶妙なスパイスとして
登場してくる

あぁ　読んだなぁ
の余韻が心地よく残されます

2019/11/27

忙しかったのもあったが、約4週間掛けて、読了。主人公のように、何かを背負いながら人生を歩んでいる人がほとんどだろう。その中で、その負い目や、苦しさがどのような重さであるのか。いっそのこと、雨が洗い流してくれればいいのにと思う心情もすごく伝わる内容でした。

何かを背負いながら生きるというのは、誰にでも起こりうることであり、だからこそ生き様というものが大事なのだなと思い知らされた内容で、本当によかったです。

柚月裕子さんの作品は初めて読んだのですが、読みやすく、登場人物の心情がすごく伝わる文章で、物語を切なさや、人生の尊さを味わえる作品でした。

2019/11/26

定年退職した刑事が妻と共に四国八十八か所の遍路の旅に出る。事件で傷ついた人々の慰霊のために。しかし心にあるのは16年前の殺人事件が冤罪の疑いがあること。旅立つ直前に類似の事件が起こり疑念は大きく膨れ上がっていく。現在の事件の捜査の進展とともに、過去の事件へと向き合う姿には身につまされるものを感じる。
長い職業生活の後で悔恨が残らない事があるだろうか。しかも個人の過ちではなく、組織の過ちであれば、尚更。あってはならないとしても組織の維持のための嘘は避けて通ることは容易ではない。読み進めていくうちに暗澹たる気持ちになる。自分の職業生活が終わる時、後悔なしでいられるか。後悔はあるだろう。その後悔にどのように向き合うのか。なかなかこんなふうに真っ正面から向き合うことは難しいだろうな。