楽園の犬 の商品レビュー
──「死は、死でしかない。」 許容される死も、許容されない死もない。 どんな言葉で飾り立てようと同じことだ。── 時は1940年、太平洋戦争勃発直前。 主人公の麻田は日本海軍のスパイとして、サイパンへ渡る。 横浜には、妻と幼い息子を残してきた。 麻田は、海軍士官の堂本少佐の元...
──「死は、死でしかない。」 許容される死も、許容されない死もない。 どんな言葉で飾り立てようと同じことだ。── 時は1940年、太平洋戦争勃発直前。 主人公の麻田は日本海軍のスパイとして、サイパンへ渡る。 横浜には、妻と幼い息子を残してきた。 麻田は、海軍士官の堂本少佐の元で“犬”となるのだが… この堂本少佐がスゴイ人なんだ。 堂本は、海軍士官としての使命を考えた。 被害を出さないための最上の策は、戦争を回避することである。 ──戦争をさせない。 世界中が戦争へと向かう中で、死にたくない、戦争はしたくない、と声をあげられるのか。 すごいテーマだなと思った。 そんな緊迫感のあるスパイ小説でありながら、ときおり南国の暖かい風を感じ、気持ちが和らぐ。 表紙にもなっている鳳凰木(南洋桜とも呼ばれる)やハイビスカス、椰子の木などの風景。 開け放した家に自由に出入りする村人たちの様子など… それでもやっぱり苦しい物語に違いない。 一度“犬”になったら二度と開放されることはなく、少し状況が変われば誰も守ってくれない。 もう読んでいて苦しくてたまらなかった。 そして日本統治下にあるサイパンということで、島民への差別意識が強く、日本人はこんな事やってたのか…と悲しくなる。 地獄のような日々の中で麻田は強く思う。 ──何があろうと、生き延びる。 どんなに美しい言葉で飾られようと、死の淵へ落ちるつもりはなかった。── 麻田は、再び家族と会うことが出来るのだろうか… ラストの一頁に辿り着いた時、叫びたいほどの震えと涙に襲われた。
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馴染みのある苗字の作家というだけで応援している岩井圭也氏。前回の「完全なる白銀」は自分の好きなジャンルである山岳小説ということで読んだが、今回はどんな小説なのか。題は「楽園の犬」。ハチ公か、などと想像を膨らましてみたが、いい意味で裏切られた。楽園とはサイパンのこと。昭和15年か...
馴染みのある苗字の作家というだけで応援している岩井圭也氏。前回の「完全なる白銀」は自分の好きなジャンルである山岳小説ということで読んだが、今回はどんな小説なのか。題は「楽園の犬」。ハチ公か、などと想像を膨らましてみたが、いい意味で裏切られた。楽園とはサイパンのこと。昭和15年からの話なので、どんなストーリーなのかは想像に難くない。権力の手先に喩えた犬。この時期の南洋社会ならではの対立軸が複雑にからみ合い、主人公の任務が産み出す人間関係と相まってリアリティを物語に与えてくれる。
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太平洋戦争開戦直前×日本統治下のサイパン×謎解き短編連作という今までにない組み合わせでした。 サイパンでの人々の様子や心情、生活風景がとても具体的で、たくさんの資料を元に書かれているのがよく分かり、勉強にもなりました。 軽めに書かれた1作目からどんどん内容は濃く、重くなって行きま...
太平洋戦争開戦直前×日本統治下のサイパン×謎解き短編連作という今までにない組み合わせでした。 サイパンでの人々の様子や心情、生活風景がとても具体的で、たくさんの資料を元に書かれているのがよく分かり、勉強にもなりました。 軽めに書かれた1作目からどんどん内容は濃く、重くなって行きます。そのグラデーションが見事でした。 最後の作品が全てを包み込みます。心に残る作品です。
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太平洋戦争が勃発する直前、南洋サイパン島を舞台にスパイ活動という密命を帯びた主人公の活躍や生き方に焦点を当てながら、軍人や島民の姿、南洋社会の様子などを描いたスケール感あふれる長編小説。 主人公・麻田健吾は東京帝国大学を卒業して英語教師になったが、持病の喘息が悪化し、休職中に旧友...
太平洋戦争が勃発する直前、南洋サイパン島を舞台にスパイ活動という密命を帯びた主人公の活躍や生き方に焦点を当てながら、軍人や島民の姿、南洋社会の様子などを描いたスケール感あふれる長編小説。 主人公・麻田健吾は東京帝国大学を卒業して英語教師になったが、持病の喘息が悪化し、休職中に旧友から別の就職先を提案される。提案されたのは、転地療養を兼ねた南洋庁サイパン支庁の庶務係勤務だった。だが、条件として、支庁の海軍武官補である堂本頼三少佐の手足となり情報収集する“犬”となることが課せられていた。 家族のことを考え、逡巡しながらも腹を決めた麻田は1940年11月、サイパンに単身で赴任する。 サイパンではあらゆる種類のスパイが跋扈しており、麻田は堂本少佐から、まず、鰹漁師の自殺と米国への情報提供との絡みを解明するよう命ぜられる。 真相を見事に解き明かした麻田は、その後も、夫婦になれず毒を飲んで心中した事件や別の殺人事件を調べ、その裏に陸軍のスパイや皇民を自負する人物がいたことを暴き、堂本少佐の信頼を得ていく。 一方で堂本少佐は謎めいた人物だった。無表情なエリート将校だが、留学経験があり「アメリカ側の人間では?」という疑惑も持たれていた。 第3章までは、こういった展開で、麻田の推理と謎の堂本少佐との絆を主眼に置いたミステリー小説の色彩が強かった。 だが、12月8日、開戦を迎える日から始まる第4章に入ると、麻田に危機が迫る怒涛の展開となる。そして、ラストで強烈に伝わってくるのは、麻田の「生命の軽さ」への強烈な反感、なんとしても戦争を避けたい、生き抜きたいという熱い信念だ。挙国一致で戦争至上主義がまかり通る世に、息子に対して、戦う術(すべ)ではなく生きる術を説いていた麻田の姿に崇高さを覚えた。 麻田と合い通ずる堂本少佐の人間性、チャモロ人の優秀な女性、ローザ・セイルズと麻田の間にできた信頼関係、海軍と陸軍の微妙な思惑のすれ違い、島民が日本軍に抱く感情、沖縄・本部村の漁師がサイパンに渡ってきた事情など、様々な要素が組み込まれ、リアリティーもあり、読みごたえ十分な小説だった。
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第二次大戦前,サイパンを舞台に海軍のスパイとして生きることになった喘息の持病のある麻田,防諜の中で自殺や殺人事件の謎を解く.戦争へと突入する中で家族を思い生きることを諦めないその姿勢に心打たれる.
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岩井圭也作品 初作家さんです。 日本が中国や東南アジアへ兵を進め、米英との対立が強まる1940年頃。 英語教師だった麻田健吾は体調を崩し、職を失っていた。 職探しの中 旧友から紹介されたのは 南洋庁サイパン支庁庶務係 しかし 本当の仕事は現地での日本海軍のスパイ(犬)だった。 ...
岩井圭也作品 初作家さんです。 日本が中国や東南アジアへ兵を進め、米英との対立が強まる1940年頃。 英語教師だった麻田健吾は体調を崩し、職を失っていた。 職探しの中 旧友から紹介されたのは 南洋庁サイパン支庁庶務係 しかし 本当の仕事は現地での日本海軍のスパイ(犬)だった。 戦争というきな臭い状況の中 様々な事件・案件に巻き込まれながら 一般人であった麻田が徐々に防諜活動に染まっていく。 頭の良さと冷静さで謎解きをしていくのだが、戦争が背景にあるだけに 悲しさとあきらめが漂い 苦しくなる。 世界のあちこちで戦争が 現実に起こっている今 大きな国のうねりに飲み込まれずに 自分は生きていけるのか・・・・ 史実を追いながらも 色々なミステリーが織り込まれていて 面白い作品でした。 他の作品も読んでみたいと思います。
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この作品はautumn522akiさんのレビューから読んでみたいと思い、1Q84O1さんのレビューから、あ…いけない、図書館予約してなかった…と予約して読んだ作品になります。読めてすごくよかったです。ありがとうございます! 読む前はこの表紙、ちょっと怖いと思っていたんです...
この作品はautumn522akiさんのレビューから読んでみたいと思い、1Q84O1さんのレビューから、あ…いけない、図書館予約してなかった…と予約して読んだ作品になります。読めてすごくよかったです。ありがとうございます! 読む前はこの表紙、ちょっと怖いと思っていたんです。でもこの作品を読了後、何度も表紙を無意識に見ちゃいます。表紙の木は「鳳凰木」といい、「南洋桜」という別名もあるんですって!日本の桜とはずいぶん違って、毒々しい感じですよね!でも、また見たくなっちゃうんです、不思議ですよね…。 ストーリーの主人公は、浅田健吾。持病の喘息が悪化し英語教師を続けられなくなり、友人の伝手で南洋庁サイパン支庁に単身赴くことに…。浅田は日本海軍堂本少佐の犬として、諜報活動を行う密命を受けることに…。祖国の家族を思いながらスパイ活動に勤しむ日々…様々な困難に立ち向かいながら成果をあげてきた。赴任後1年が経過しようとするころ、開戦を迎えてしまう…。 戦争という行為がどれほど愚かなことかと同時に、浅田を動かしていた堂本少佐と浅田自身が向き合ったそれぞれの命…心を打つものがありました(特にラストは泣ける…!)。深い、読み応えのある作品…ためらうことなく評価も☆5とします。
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なんだこれは。 何がそうさせるのか言葉にできないが、空気が伝わってくる。冷たさ、熱さ、速さ、早さ、遅さ、震え、静けさ、騒がしさ、虚しさ。引き込まれ続けて、「ああそうだ、死とは…」と思いに耽る。 久々にあたった。ありがとう芝さん。
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前回の読書会でお借りした本その1。 岩井圭也さん作品は初めて読んだ。 第二次世界大戦直前のサイパンが舞台で、横浜で英語教師をしていた麻田健吾が、 海軍少佐堂本頼三のスパイとして活躍する話…、 かと思いきや、 戦争が勃発してからの展開に、物語への興味自体もそうだが、読んでいる私の...
前回の読書会でお借りした本その1。 岩井圭也さん作品は初めて読んだ。 第二次世界大戦直前のサイパンが舞台で、横浜で英語教師をしていた麻田健吾が、 海軍少佐堂本頼三のスパイとして活躍する話…、 かと思いきや、 戦争が勃発してからの展開に、物語への興味自体もそうだが、読んでいる私の感情があっちへこっちへと飛び回る稀有な読書体験を得た。 以下、少しネタバレ。 正直、南洋桜の下へたどり着き、事を確認した時にはこの物語自体に面白みを感じられなくて、 まあでもだいぶページ数残ってるしなー…と思いながら読み進めた。 これもまた微妙なネタバレだが、 麻田が自室に落ち着き、 そこからめっちゃ怒るところで、完全に彼に共感…、 というか、今までこの本に対して面白みを感じられなかった理由がストンと腑に落ちた。 全部主人公が言ってくれていた。 そしてそこからめちゃくちゃ味わい深く、大変美味しく読んだ。 そして読み終えた今、よくわかる。 なんかこの本、構成がうまい…。 登場人物の登場のさせかたや、事件の起こり方、あらゆる細かな伏線が、派手派手しくはないがしっかり後に効いてくる構成。 この本をおススメしてくれた書店員さんは、岩井圭也さんゲキ推ししていたけど、こんなに骨太なのに読みやすい上、なんとも味わい深い読書感を与えてくれるなら、俄然他の作品も読みたくなってしまった。 しかし、この頃の戦争小説はあまり読んでいないが、時系列も舞台設定も結構珍しいのではないかな。 とは言え、この物語からも思いはせることはやはり多い。 歴史の事実として、教わったことがあったかもしれないが、日本が南洋諸島を支配していた時間が四半世紀もあったんだという事実を噛み締めるように知ったのはこの作品を読んだからこそだった。 そしてそれを知った上で考える。 その頃の日本がそこから撤退する選択肢など、内地の国民からしても馬鹿げた話だと思うかもしれないと。 歴史に振り返ってあの頃の日本の、その愚かしさを指摘することは簡単だけど、小説世界に浸り、自分なら何ができてどう考えどう動くかと思いを巡らせることもまた、激動する現在に対する学びにもなる。 いやぁ…示唆深い。 良い小説だった。
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世の中が戦争に突き進もうとするとき、人はどこまで自分でいられるだろうか。 大きな時代のうねりの中で、個々は非力で取るに足らない存在のようになってしまう。 死んで償う事が正解のように死が美化されてしまう時代の中で、「死ぬのは嫌です」そう言い切れ、自分自身を貫く事がどれほどのことな...
世の中が戦争に突き進もうとするとき、人はどこまで自分でいられるだろうか。 大きな時代のうねりの中で、個々は非力で取るに足らない存在のようになってしまう。 死んで償う事が正解のように死が美化されてしまう時代の中で、「死ぬのは嫌です」そう言い切れ、自分自身を貫く事がどれほどのことなのか。 戦争と死について考えさせられる1冊だった。
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