楽園の犬 の商品レビュー
一国の政治が歯止めなく流された結果が軍国主義となって多くの国民の命を奪った。反対にポピュリズムも今さえ良ければ良いという民衆の刹那的な雰囲気で国力を低下させる。多くの流れに抵抗する一定の想いがいつでも発言できる時代でありたい。
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岩井圭也さんの砲撃を喰らい、戦艦の如く南洋の海に撃沈され、海の藻屑と成り果てました(これで三度目)。本作は「戦争もの」というより、戦争を背景にした、人間の尊厳を問う「スパイ&ミステリー」の極上作品だと感じました。 時は開戦直前の1940年、サイパン(楽園)に、表向き...
岩井圭也さんの砲撃を喰らい、戦艦の如く南洋の海に撃沈され、海の藻屑と成り果てました(これで三度目)。本作は「戦争もの」というより、戦争を背景にした、人間の尊厳を問う「スパイ&ミステリー」の極上作品だと感じました。 時は開戦直前の1940年、サイパン(楽園)に、表向きとは別・日本海軍のスパイ(犬)という密命を受け赴任した麻田健吾。物語は、島内で発生した事件の真相を、麻田が追う筋立てです。 麻田は、調査で一定の成果を収め認められるも、深い闇の中に足を踏み入れた感を強くしていきます。連作長編のような形で複数の事件・謎を設定し、変化をもたせ最後へ収束する構成も秀逸です。 ミステリーの謎解きの妙とスパイ調査の緊張感から目が離せません。並行して、戦時の様々な対立‥日本と南洋群島(支配する側とされる側)、軍人と民間人‥が描かれ、これらが複雑に絡み合い、物語の造形に深みとリアリティを与えています。 それにしても、脳内に刷り込まれる鮮烈な「赤」のイメージ! 南洋桜、ハイビスカス、軍鶏の鶏冠、死者の血、火事の炎‥、これらの「赤」の残像効果が半端ないです、見てもないのに! いや、見てました! 表紙写真です! 毒々しいほど赤い鳳凰木(南洋桜)‥。読了後の印象が変わり、時代のうねりの中に埋没していった多くの命を感じます。 改めて、死を肯定し美化していた当時の愚かさを見せつけられます。「散り際の美しさ」を啓蒙しようと、学校に多く植えられた桜‥。これも軍国主義の名残だと思うと皮肉にも思えます。 ドキュメンタリーやノンフィクションのど直球で平和を学ぶ以上に、本書を読む方が興味・関心のインパクトが強いのでは?と思ってしまいます。 スケールの大きさ、読み応え、感銘度、いずれも大満足の一冊でした。
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喘息で仕事にも支障をきたしだした麻田健吾。 療養も兼ねて家族と離れサイパンに赴任することに。太平洋戦争開戦前の話だ。 そこで海軍の堂本少佐のスパイとして活動することになる。 死を美化する事が普通だったこの時代の中、「死は死だ」と言い切ることがどれほど難しく勇気がいる事か。全編死...
喘息で仕事にも支障をきたしだした麻田健吾。 療養も兼ねて家族と離れサイパンに赴任することに。太平洋戦争開戦前の話だ。 そこで海軍の堂本少佐のスパイとして活動することになる。 死を美化する事が普通だったこの時代の中、「死は死だ」と言い切ることがどれほど難しく勇気がいる事か。全編死についての麻田の違和感と固い決意で貫かれていた。
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「親子月軍衣まとひし楽園の犬の骸に桜降り敷く」 昭和15年。太平洋戦争開戦がひたひたと迫っている頃である。 南洋・サイパンに一人の男、麻田健吾が降り立つ。 麻田は喘息持ちだった。秀才で将来を嘱望されていたが、就職難と自身の病気が重なり、ようやく女学校への就職口が得られたのみだっ...
「親子月軍衣まとひし楽園の犬の骸に桜降り敷く」 昭和15年。太平洋戦争開戦がひたひたと迫っている頃である。 南洋・サイパンに一人の男、麻田健吾が降り立つ。 麻田は喘息持ちだった。秀才で将来を嘱望されていたが、就職難と自身の病気が重なり、ようやく女学校への就職口が得られたのみだった。ところが、病状がさらに悪化し、それすら辞めざるを得なくなった。妻子を抱え、困窮した麻田に、知人が持ちかけたのがサイパン・南洋庁での仕事だった。転地療養を兼ねて、ということだったが、これには裏があった。 ただの役人としてではない。麻田が求められたのは「スパイ」としての役割だった。 スパイの活動には2種類あるという。 1つは敵国に潜んで機密情報を取得する「諜報」。もう1つはこうした諜者から機密を守る「防諜」。 麻田は後者の「スパイ」となるよう任じられた。 何しろ開戦は間近いのだ。南洋群島は米国本土とハワイやフィリピン、グアムを分断できる位置にある。オランダ領東インドも近い。米英だけでなく、オランダからも諜報員が入り込んでいる。日本の陸海軍の民間協力者も数多くいる。 いわば、百鬼夜行の中で、情報収集にあたり、諜報者を見抜いて機密漏洩を防げ、というのだ。 一介の女学校教師であった自身が果たしてそんな職務にあたれるのか。 麻田は疑問に思ったが、指示役である海軍少佐、堂本頼三は麻田を気に入ったようだった。堂本は軍人然とした人物であったが、どこか底が見えないところがあった。 麻田は、楽園のような南の島で、謎めいた上司の犬となることになったのだった。 物語は連作短編の形を取る。 第一章「犬」。第二章「魚」。第三章「鳥」。第四章「花」。 いずれもある事件が起こり、その背景を麻田が探る。 時にはそれは本当にスパイ活動に関連するものであり、時にはそうではない。 その顛末もなかなかおもしろいのだが、本作で特筆すべきは、麻田と堂本の人物造形だろう。 麻田は、同時期にパラオに赴任していた作家・中島敦を強く連想させ、巻末の参考文献にも中島の著作が複数挙げられている。とはいえ、中島が諜報活動に関与したわけではないだろうし、中島はパラオの気候が合わず、1年も経たずに帰国しているため、中島のその後は、麻田の辿った運命とはかなり相違している。 堂本は時代がよく見えている人物で、開戦を回避しえないこともよくわかっている。軍人としての職務には忠実だが、それはそれとして、彼は現実主義者でもある。堂本と麻田では、先々、選ぶ道は異なるのだが、2人に共通しているのは現実を見据えている点で、そういう意味ではよく似た2人でもある。 さてこの時代にこれだけ先が見通せた人はいたのかと若干疑問に思わないでもないが、「当局」の言うことを鵜吞みにする人物ばかりではなかっただろうとは想像がつく。 同じ時代でも満州を舞台とした小説は多いが、南洋を描くものは意外に少ないのだそうで、そのあたりの着眼点もおもしろいところである。 冒頭に掲げた短歌は本書巻頭に置かれている。 誰の作であるか、「親子月」とは何か、「犬」とは、「桜」とは、というのは、終章で明確になる。 物語の中盤で麻田は1つの賭けに出る。この賭けが意外なところで効いてくる。それは吉と出るか凶と出るか。 表紙の赤い花は、楽園が地獄と化したとき、命を失った幾多の人々の鎮魂のようでもある。 終盤まで、物語は駆け抜ける。 生きろ。生き延びろ。麻田。--そんな読者の願いは届くのか。
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2024年の第77回日本推理作家協会賞候補作品。候補作を読むのは3作目だけど、どれもレベルが高い。この作品、太平洋戦争前夜のサイパンを舞台にするって発想がまずすごい。で、ミステリーとして面白いし、戦争を取り扱った話としても深い。悲しいわ・・・
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「君は米英と開戦すべきだと思うか?」 太平洋戦争前夜のサイパンを舞台にしたサスペンス×ミステリー。 軍部の「犬」となった男が、動乱の時代に見せた生き様に胸が熱くなる! 1940年、南マリアナ諸島の一つサイパン島に「南洋庁サイパン支庁庶務...
「君は米英と開戦すべきだと思うか?」 太平洋戦争前夜のサイパンを舞台にしたサスペンス×ミステリー。 軍部の「犬」となった男が、動乱の時代に見せた生き様に胸が熱くなる! 1940年、南マリアナ諸島の一つサイパン島に「南洋庁サイパン支庁庶務係」として着任した麻田健吾。 一高、東大という経歴で優秀な麻田だが、持病の喘息のため、高校の英語教師の職は休みがちで、妻と息子には苦労をかけていた。 家族を養うために新たな職を求め、単身サイパンへ。しかし、彼を待つ本当の仕事は、海軍のスパイという任務だった….! 堂本頼三少佐直属のスパイ、つまり「犬」となった彼は、島での防諜活動で実績を上げていく。 第一章『犬』 第二章『魚』 第三章『鳥』までは、舞台が戦時下のサイパンではあるが、フォーマット的には「殺人の謎を解く」という、ある意味「普通のミステリー」だった。 しかし、 第四章『花』で急展開が起こり、物語は急速にボルテージを上げていく! それは対米決戦が近づく情勢であり、堂本と麻田にせまる危機でもある。 「楽園の島」に破滅の予兆が、そして「犬」には因果がめぐる….。 圧巻の終章。この小説で作者が伝えたいことは、ここに詰まっていた。 麻田たち先人の生命の上にいまの私がいることを再認識し、懸命に生きなければと身が引き締まる。 戦時下の話ですが、ストーリーはそれほど重くはなく読みやすい。 そして、このラストはぜひ読んでいただきたいと思います。
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楽園=サイパン、犬=スパイ 太平洋戦争下のしかもサイパンだけを舞台にした、さらに海軍のスパイという設定でここまで読ませるのはすごいことだ。海軍だけでなく、陸軍の海軍へのスパイであるとか、米軍の犬(スパイ)であるとか、入り組んだストーリーに加えて太平洋戦争におけるしっかりとした調査...
楽園=サイパン、犬=スパイ 太平洋戦争下のしかもサイパンだけを舞台にした、さらに海軍のスパイという設定でここまで読ませるのはすごいことだ。海軍だけでなく、陸軍の海軍へのスパイであるとか、米軍の犬(スパイ)であるとか、入り組んだストーリーに加えて太平洋戦争におけるしっかりとした調査も伺える。 そしてエピソードも考えられている。主人公の息子は成人となり、父親の末路を聞かされることになる。戦時下に南国の島に捨て置かれた元スパイの悲哀を感じた。事実に基づいていてもそうでなくても、これがあったと思わせる筆致だった。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
第二次世界大戦中の、日本の植民地になっているサイパンが舞台の話。 海軍のスパイとして、アメリカ側のスパイを摘発する主人公・麻田。 連作短編集のように、一つの章に一つの事件という構成になっているが、最後の章は、アメリカとの戦争が開始され、主人公の雇い主である海軍少佐・堂本が失踪したことで、海軍から、麻田も堂本の協力者なのではと疑われ、海軍から逃げるエピソードが描かれている。ハラハラドキドキで面白かった。 連作短編集みたいな構成は、個人的にあまり得意ではないのに、この本は物語に没頭できる文章で楽しかった。 サイパンはグアムのようなアメリカ領のリゾート地という認識しかなかったけれど、かつて日本が占領していて、アメリカ戦では戦場となり多くの人が犠牲になった土地だということを改めて認識した。 自決が美化されていた時代に、「美しく見えても死は死でしかない。なによりも命が大事。」と考えて最後まで生きようとし、その意思を妻子に伝えようとした麻田が良かった。
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目を惹くのは表紙の木に咲く赤い花。 これが鳳凰木ー別名、南洋桜の花でサイパンではこの南洋桜が咲くのは春から秋にかけて。 10月にはすべての花が落ち、枯れるがたった一本だけ12月に咲いてる木がある。 その木の下で…。 1940年のサイパンで日本海軍のスパイという使命を帯びていた1...
目を惹くのは表紙の木に咲く赤い花。 これが鳳凰木ー別名、南洋桜の花でサイパンではこの南洋桜が咲くのは春から秋にかけて。 10月にはすべての花が落ち、枯れるがたった一本だけ12月に咲いてる木がある。 その木の下で…。 1940年のサイパンで日本海軍のスパイという使命を帯びていた1人の男の生きざま。 家族のためにその任務につき、必ず生き抜いて再会できると最後まで諦めずにいた強さに胸をうたれた。
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aoi-soraさんのレビューから読みたいと思い 他の方のレビューも高評価!! ということで借りてきました 初読みの作家さんです 最近初めての作家さんにたくさん出会えてます! ブクログのみなさんのおかげです ありがとうございます(^^) さて、こちらは麻田というスパイの...
aoi-soraさんのレビューから読みたいと思い 他の方のレビューも高評価!! ということで借りてきました 初読みの作家さんです 最近初めての作家さんにたくさん出会えてます! ブクログのみなさんのおかげです ありがとうございます(^^) さて、こちらは麻田というスパイの物語。 戦争ものって得意ではなくて 入ってくのに時間がかかるんです。。 その土地名とか肩書き名が なかなか頭に入らなくて 前半ちょっと苦労してたら いつの間にか入り込んでましたよ、私。 恐れ入りました!! 太平洋戦争開戦間際のサイパンが舞台になっており、スパイの苦悩はもちろん、その頃の島民への差別や、日本人の戦争への考え方、その戦争の非道さなども語られています スパイ活動も面白く、読み応えがありますが やはり終盤、特に四章からは ぐっと引き込ませるものがありました あんなに最初苦労してた私が 手に汗握る展開に、 ページを捲る手が止まりませんでした。 最後まで己の信念を貫いた、 堂本少佐の生き様、 麻田健吾の生き様に 心打たれました。。 なにより 「死は死でしかない」というメッセージが 強く心に残りました。 ラスト1ページに 作者の想いが 全て込められています ぜひ読んで欲しい。 そして、あまりにも終盤が良かっただけに その信念を持ってからの麻田の生き様を もっと読みたかったです。
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