批評の教室 の商品レビュー
ピエール・バイヤールが「読んでいない本を堂々と語る方法」で書いていたように、本を語るにはその本の立ち位置を知ることが大事だ。著者がどんな人なのか、そしてその本のテーマにおける他の本がどういうものがあるのか、そういう関係性で批評はできる。 そしてこの本。 ・内容を抽象化して他の本...
ピエール・バイヤールが「読んでいない本を堂々と語る方法」で書いていたように、本を語るにはその本の立ち位置を知ることが大事だ。著者がどんな人なのか、そしてその本のテーマにおける他の本がどういうものがあるのか、そういう関係性で批評はできる。 そしてこの本。 ・内容を抽象化して他の本との同一性を考える ・細かいところでも良い、何か一つのことに絞ってそこから書く内容を拡げていく ・書きたいことがあっても色々と手を広げずに一つに絞る
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映画の批評や美術の批評、本の批評など、世の中には様々な批評がある。それらを読んでいると、よくこのような見方ができるなと感心する。一方でそれらは独創的な見方ができる人特有のものであり、普通の人には無理だと考えていた。 本書は批評とは決して才能がある人だけのものではないという。批...
映画の批評や美術の批評、本の批評など、世の中には様々な批評がある。それらを読んでいると、よくこのような見方ができるなと感心する。一方でそれらは独創的な見方ができる人特有のものであり、普通の人には無理だと考えていた。 本書は批評とは決して才能がある人だけのものではないという。批評には書き方があり、それらを学べば誰もが書けるものだというのである。そのためには「精読」「分析」「書く」の手順があり、一つ一つ丁寧に説明している。小見出しが少し突飛な表現なので、見ただけでは何が言いたいかわからないが、読んでいるとがなるほど、そういう見方をすればよいのか」と思えることがたくさんある。 特に印象に残ったのは、感想を表す言葉で終わりにするのではなく、感想を抱いたところを明確にして示す必要があるということだ。だから、書く前にしっかりと対象を「精読」し、「分析」した上で書かなければならない。それは、自分との対話であり、対象との対話である。そして、文章に表すにあたっては設定した読み手との対話である。批評には対話が非常に重要であることを学んだ。 書き方を学べる部分も多いが、それよりも対象をどう捉えるかに重きを置いている部分が目立つ。 私自身も批評を書く・書かないに関わらず、身の回りの様々なことを丁寧に読む(見る)ことから始めたいと思う。それが膨大な情報に振り回されずに自分の生き方を自分で決定していくことにつながると考える。
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批評家になる気はないけれど批評はすることがあるのでそういう意味で読んでみた。わかりやすいし勘所が押さえてあっておすすめ。
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いつもながら優秀な人だとは思うけど、「自分に邪な性欲があることを自覚しよう」のあたりでつらくなってあきらめ。学生様に読んでもらおう。「邪な性欲」はふつうの意味で邪悪なのではなく、批評や知的な鑑賞を難しくしていしまう(限定的に性的なというより、ルックスや恋愛などと関係のある)好みの...
いつもながら優秀な人だとは思うけど、「自分に邪な性欲があることを自覚しよう」のあたりでつらくなってあきらめ。学生様に読んでもらおう。「邪な性欲」はふつうの意味で邪悪なのではなく、批評や知的な鑑賞を難しくしていしまう(限定的に性的なというより、ルックスや恋愛などと関係のある)好みのことらしいけど、わざわざそういう見出しをつける感覚がどうもつらい。まあ批評は芸術であるということである。 (うえのやつ、「邪な性欲」を「邪悪な性欲」と一時的に記憶してしまってた) いろんな作品が大量に参照されるんだけど、これ学生様とかにはほとんど通じないのではないかという気がする。ギャツビーならギャツビーにしぼってほしかった。
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小学生の頃、「読書感想文」を書くのが大嫌いだった。何を書いたらいいかわからないし、書いても特に何のフィードバックもないから次に活かせることもない。あの頃、この本にあることを教えてもらえていれば、もっと上手に書けただろうし、授業も楽しかっただろうし、本を読むのも好きになっただろうな...
小学生の頃、「読書感想文」を書くのが大嫌いだった。何を書いたらいいかわからないし、書いても特に何のフィードバックもないから次に活かせることもない。あの頃、この本にあることを教えてもらえていれば、もっと上手に書けただろうし、授業も楽しかっただろうし、本を読むのも好きになっただろうなぁ…。
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「精読する・分析する・書く」この3つをキーポイントにした、批評についての入門書。 チョウのように軽いフットワークで理解し、ハチのように鋭い視点で読み解く。文字制限はありますが、ブグログやTwitterでのレビューなども大きな意味での批評になるのでしょうか?レビューをし、コメントを...
「精読する・分析する・書く」この3つをキーポイントにした、批評についての入門書。 チョウのように軽いフットワークで理解し、ハチのように鋭い視点で読み解く。文字制限はありますが、ブグログやTwitterでのレビューなども大きな意味での批評になるのでしょうか?レビューをし、コメントをもらうことにより、新たな気づきを得たりしていくものなのかもしれません。結構、他の方のレビューを拝見して「ああ、こう言う考え方や捉え方もあるんだ」と勉強になったりもしています。
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前半の「精読する」「分析する」の章は個別の作品のどこがどうなってるかを端的に書いてあってさすが批評家だな〜という感じだけど、後半の批評の書き方実践編みたいなとこは全然ピンとこない。実際の批評にコメントし合う試みも、単なる文言整理にとどまっている指摘が多くて何それ?って感じだった。
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批評をどのように行うのか、「感想文」から発展させてこれから批評文を書いてみたいと思っている自分のような人物に最適な入門書だと思った。 本文内で批評の材料となっている映画は最新のものが多く、若い人にもとっつきやすく、かつ、批評論で重要な文献を都度都度あげてくれているのでより詳細を...
批評をどのように行うのか、「感想文」から発展させてこれから批評文を書いてみたいと思っている自分のような人物に最適な入門書だと思った。 本文内で批評の材料となっている映画は最新のものが多く、若い人にもとっつきやすく、かつ、批評論で重要な文献を都度都度あげてくれているのでより詳細を知りたいと思う人への橋渡しもスムーズだなと感じた。 映画に対する評論は、いわゆる洋画に偏っているので、そこまで普段洋画を見ない人にはピンとこないのかな、という気もした。例に挙げられている映画が最新のものであるが故に、10年後の読者が読んですごく分かりやすいか?と言われるとやはりピンとこないかもしれない。 本文ではシェイクスピアなど、古典劇や作品についても分析しており、最新の作品たちとこれらの作品の比較によって、翻って時代や国を超えて批評論の題材や作品として人々に影響を与えている古典のすごさを実感したりもした。
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この本は2021/9/9に出版された。ちくま新書の1600番目というキリ番にあたるため、帯がカラーになっている。出版からわずか四日後の13日に「大重版決定」となり、Amazonでもベストセラー一位であり、好評を博している。 この本は、プロローグによれば、「批評方法の入門書」で...
この本は2021/9/9に出版された。ちくま新書の1600番目というキリ番にあたるため、帯がカラーになっている。出版からわずか四日後の13日に「大重版決定」となり、Amazonでもベストセラー一位であり、好評を博している。 この本は、プロローグによれば、「批評方法の入門書」であり、「批評のやり方を一から解説するもの」である。著者の軽妙な語りによる批評案内により、読者は批評に対する気後れをなくすことができるだろう。 しかし一方で、著者は釘を刺すことを忘れてはいない。良い批評をする上で、まずは巨人の肩に乗るべき、具体的に言えば、例えば批評理論を抑えるべきであると主張する。そしてまたテキストの精読やそのテキストが作られた歴史的背景を疎かにしてはいけないと力説する。 ところが、「自分の分析を明確に文章にするような批評」をできるようになりたいと思う読者に向けて批評方法の解説をするという筆者の目論見には二つの困難がある。 一つ目は、批評理論の説明が足りないことである。批評をするためには型を身につけなければならないと指摘するのであれば、個々の批評理論について詳細な解説が必要であろう。確かに、筆者はそのポップな語りでフェミニスト批評や伝記的批評などをしてみせる。しかし、それで読者に伝わるのは〇〇批評っぽさであり、この本を読んだだけでフェミニスト批評の特徴は然々なのか、と理解することはできない。批評理論の解説本は巻末の読書案内に示されているが、「批評のやり方を一から解説するもの」は、批評のやり方を一か十まで解説するものであって、一だけを解説するものではない。更に言えば、ポストコロニアル批評やフェミニスト批評、それにクイア批評が、一見簡単そうに見えてそうではないと言うならば、読者はどうやってその理論を習得すれば良いのだろうか。その習得過程が示されていないのである。このことは二つ目にも関わる。 二つ目は、「巨人の肩に乗れるくらいの訓練」をどうやって積めば良いのか、型にはまるにはどうしたら良いのかに関して言及がないことである。筆者はブログやSNSで読者が批評をすることを想定しているようであるが、まさか筆者はそこでのフィードバックによって良い批評ができるようになると信じているのだろうか。筆者が言うように、批評と人格攻撃との違いがわからない人たちによる攻撃を受けるのではないだろうか。 そもそも、精読と歴史的背景を抑えるという両輪の入手や、批評理論の習得は、専門家との指導ー被指導の関係を取り結ぶことなしには不可能であろう。筆者は、良い批評ができるようになるためにはどのようなコミュニティに入れば良いのか\作れば良いのか、明示する必要がある。なぜなら、筆者は良い批評を作りたいと考えている一般読者に向けて、批評方法の入門書を書くと宣言しているからである。
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さえぼう先生の読者をかなり意識した話しかけるような文体が、読み進める上で軽快なリズムをもたらしていると思いました。
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