わかりあえないことから の商品レビュー
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ちょっと読みにくいけど、それでも通読することをお薦めします(^^)d コミュニケーション、心からわかりあえる人にも出会いたいけれど、 それなりに上手くやっていく技術。確かに大切だなぁ、と。 ただ、なにが必用か、大切かは書いてあるけれどそのためにどうすれば良いかは書いてなくて、答え...
ちょっと読みにくいけど、それでも通読することをお薦めします(^^)d コミュニケーション、心からわかりあえる人にも出会いたいけれど、 それなりに上手くやっていく技術。確かに大切だなぁ、と。 ただ、なにが必用か、大切かは書いてあるけれどそのためにどうすれば良いかは書いてなくて、答えを探しながら読んでいったら終わっちゃったという印象。 それは自分で探しましょ、ということかしら。 でも新たな物の見方を得られたので読んで損はなかったです(*^^*)
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喋らないのは意欲の低下の問題。 単語しか喋らないのはコミュニケーションにおいて、単語で必要十分な状況で育ってきたから。 →察する事が必ずしもいい事ではない。 意識の出来ないコンテクストのズレがコミュニケーション不全に繋がる。 みんな違ってたいへんだ。多文化共生社会では合意形成する...
喋らないのは意欲の低下の問題。 単語しか喋らないのはコミュニケーションにおいて、単語で必要十分な状況で育ってきたから。 →察する事が必ずしもいい事ではない。 意識の出来ないコンテクストのズレがコミュニケーション不全に繋がる。 みんな違ってたいへんだ。多文化共生社会では合意形成する能力が非常に重要。
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弱者のコンテクストを理解する能力。How,Whatに答えることは簡単だけどWhyにこたえるのは難しい。だって人間の存在それ自体に理由がないのだから・・・。これ、言い切っちゃっていいのだろうか?そこから様々な疑問が膨らむんじゃないだろうか。 人間をタマネギに例える哲学者村上陽一郎...
弱者のコンテクストを理解する能力。How,Whatに答えることは簡単だけどWhyにこたえるのは難しい。だって人間の存在それ自体に理由がないのだから・・・。これ、言い切っちゃっていいのだろうか?そこから様々な疑問が膨らむんじゃないだろうか。 人間をタマネギに例える哲学者村上陽一郎氏の言葉は面白い。 多様な社会的役割を演じながら、かろうじて人生の時間を前に進めていく。そんなことは知っているのに、大人は子供に対して「本当の自分を見つけなさい」と迫る。大人の妄想。そしてダブルバインド。
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コミュニケーションということについて、演劇や教育等と結びつけて論じたかなり興味深い一冊。内容は多岐にわたるが、タイトルの「わかりあえないことから」というタイトルが、非常に本書をうまくまとめている。 私たちは「わかりあえないことを前提に、分かり合える部分を探っていく営み」(P200)が必要なのだと、今の時代のコミュニケーションについて、再認識した。 「この新しい時代には、バラバラな人間が、価値観はバラバラなままで、どうにかして上手くやっていく能力が求められている。」(P207)らしい。コミュニケーション能力について、再考させられる。再読したい。
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タイトルに惹かれて衝動買いして半年、積読状態だったが開けば一気に読了。 思考を変化させるのは並大抵のことではない。育ってきた環境、習慣、誇りや意地、ありとあらゆるものが絡み、簡単に変えることはできない。そんな困難さの中、しかし変化させねばならないこと、その方が自分にも相手にも良...
タイトルに惹かれて衝動買いして半年、積読状態だったが開けば一気に読了。 思考を変化させるのは並大抵のことではない。育ってきた環境、習慣、誇りや意地、ありとあらゆるものが絡み、簡単に変えることはできない。そんな困難さの中、しかし変化させねばならないこと、その方が自分にも相手にも良い状況を作れるということがあることを本書は教えてくれた。 「わかりあえる」と思えば苦しむ。そして「わかりあえない」と感じた瞬間に突き放してしまう。確かにそんなコミュニケーションをとってきた。自分をわかってくれる人が傍にいてくれればそれでいいと。 しかし「わかりあえない」ことから始めるとどうなるか。今まで排除してきた、もしくはされてきた、あらゆる人たちと関係を築いていくことができるような気がする。 だいたい自分のことさえわからないのだから、他人なんてなおさらだ。 コミュニケーションを、演劇、国語教育、最新ロボット工学、医療現場、あらゆる分野とつなげて考えていくことで、世界と視野を広げられた一冊だった。
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大変面白かった。 僕は演劇については全くの門外漢なのだが、 普段漠然と考えていて、 隔靴掻痒に感じていたことを とてもうまくまとめてくれた、という感じ。 やはり、言葉を職業にしている人の 感性は違う。 本のタイトルだけ見ると どうすればコミュニケーション能力を高めることが出来るか...
大変面白かった。 僕は演劇については全くの門外漢なのだが、 普段漠然と考えていて、 隔靴掻痒に感じていたことを とてもうまくまとめてくれた、という感じ。 やはり、言葉を職業にしている人の 感性は違う。 本のタイトルだけ見ると どうすればコミュニケーション能力を高めることが出来るか、 というような内容かと思うが、 そうではなく、 この本は、日本語論であり、日本人論であり、 多文化共生論である。 私たちは特殊なのではない、少数派なのだ。 という自覚。 そして、地球の中では少数派の日本人が 二十一世紀をどう生き抜くか。 そのヒントがちりばめられている。 そして、著者の考える多文化共生とは。 p.216 「多文化共生とは何か。それは、企業、学校、自治体、国家など、およそどんな組織も、異なる文化、異なる価値観、異なる宗教を持った人々が混在していた方が、最初はちょっと面倒くさくて大変だけれども、最終的には高いパフォーマンスを示す、という考え方だろう。」 日曜日に新大久保界隈で叫んでいる人たちに、ぜひとも読んでほしい一冊だ。
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伝えたいという気持ちがなければ、伝えるという技術は定着していかない、伝えたいという気持ちはどこから来るのだろうか。伝わらないという経験からしか来ないのではないか。
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価値観が多様化し、また外国との接点が増えている現代日本で、「コミュニケーション」やその能力をどう捉えるべきか、様々な視座から記述。価値観の違いを前提とする「対話」が一つのポイントか。国語教育など、様々なテーマを考える端緒になる本。
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企業が学生に求めるものの一つに、コミュニケーション能力が挙げられる。 本書は演出家でありながら大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授を務める平田オリザによる問題の提示である。日本民族は、歴史的に同じ日本人として「話せばわかる」ということを前提に、異なる意見を認めず強引な...
企業が学生に求めるものの一つに、コミュニケーション能力が挙げられる。 本書は演出家でありながら大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授を務める平田オリザによる問題の提示である。日本民族は、歴史的に同じ日本人として「話せばわかる」ということを前提に、異なる意見を認めず強引な合意形成を図ってきた。しかし、他民族との意見交換が行われる今日、「話せばばわかる」ではなく、「わかりあえない」ことを前提に、相手の意見を強引に合流させるのではなく、対立点を明確にし、違うところは違うとし、合意できるところはどこかやはり明確にする必要があるのでは無いか。他人とのコミュニケーションを取ることが絶対必要な国会議員や先生などの職業の方は、読んでみて参考になるかも。
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