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岸辺の旅 の商品レビュー

3.5

97件のお客様レビュー

  1. 5つ

    15

  2. 4つ

    27

  3. 3つ

    31

  4. 2つ

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  5. 1つ

    1

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2020/04/13

積んで置く状態だった作品に、やっと目を通した。普通の積読ではない。毎日テレビを見る時のそば机の上に積んでいて、目の端で存在を確かめながらまる4年、それでも紐解かなかったのである。いつでも読める、内容は予想がついている、楽しい話ではない、といったことが分かっているときに、私の「直ぐ...

積んで置く状態だった作品に、やっと目を通した。普通の積読ではない。毎日テレビを見る時のそば机の上に積んでいて、目の端で存在を確かめながらまる4年、それでも紐解かなかったのである。いつでも読める、内容は予想がついている、楽しい話ではない、といったことが分かっているときに、私の「直ぐにやらない脳」が発出する。 買ったのは、黒沢清監督「岸辺の旅」(深津絵里・浅野忠信主演)が素晴らしかったからである。私の人生最恐のホラーは黒沢清監督の「回路」である。時々それに似た演出を見せながら、なんと恐怖感情ではなく意も言われぬ感情が出てきた。それを確かめたくて買った。 夫・優介の失踪から3年目のある日、ふと顔をあげると配膳台の奥の薄暗がりに優介が立っているのが見える。瑞希は驚かない。優介の好物のしらたまを作っていたので、彼が幽霊であることを自然に受け入れて会話を始める。 この導入部が素晴らしい。大切な人を亡くした者ならば、必ず思うはずだ。「あの暗がりに出てきてはくれないだろうか‥‥」。 確かめたかったのは、これはいかにも黒沢清らしい演出だったのだが、いったい何処から何処までが、原作から引き出したものなのだろうか、ということだった。結論から言えば、ほぼ原作に忠実に監督は映画をつくっていた。全ての台詞と描写が映画に入っているわけではない。むしろ、どれを削ったかが、監督の仕事だったかのようだった。カンヌで監督賞を受賞したこの作品の世界観は、実は湯本香樹実の世界観だったことを知り、私は心底驚いた。 2人は失踪の3年間の優介の魂の旅を辿り、彼が入水した海の岸辺に至る。映画では何度か確かめたが、優介には影がある。食事もする。ホントは生きているのではないか。亡くなっている人とも出会うが、生きている人と、優介はその間親交を持っていた。けれども、やはり死んでいるのである。それを納得する旅でもあった。岸辺は、此岸(この世)と彼岸(あの世)の境でもある。このとき、瑞希には2つの選択肢があるだろうし、それを迷っているはずだと私は思っていた。即ち、優介を追って後追い自殺をするか、それとも優介の成仏を見送るか。原作ではどうなっているか。結果は、映画と同じだった。そうだよな。それは瑞希の迷いではなく、私の迷いだった。 ふと見上げると、机のそばの暗がりに積読状態だった「岸辺の旅」の文庫本が見えた。私は、自然とそれを読み始めた。

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2020/03/13

失踪した夫が戻ってきたけれど、彼は既に海の底で蟹に食べられて死んだ人だった。 衝撃の幕開けだったけれど、その死んだ地から主人公の元へ帰ってくるまでに辿った土地土地をゆっくりと旅する二人のペースはとても心地よかった。

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2019/12/10

上手く言えないけど、水のようなクラシック音楽のような文章だった。世界が流れてくる、いつのまにか不思議な世界にいるような感覚。 みっちゃんは受動的なのか逞しいのか。最愛の人とどこかで似通ってて通じ合ってるなら幸せだなと思った。 私は最愛の人そもそもいないし、無くした経験もないけれど...

上手く言えないけど、水のようなクラシック音楽のような文章だった。世界が流れてくる、いつのまにか不思議な世界にいるような感覚。 みっちゃんは受動的なのか逞しいのか。最愛の人とどこかで似通ってて通じ合ってるなら幸せだなと思った。 私は最愛の人そもそもいないし、無くした経験もないけれど、生と死はずっと隣り合ってるよね。物語を通して生と死が揺らぎつつ、くっきりとその境目が見えてくる。 ・夏は急速に色あせ、日の光に繊細な角度がつき、夜の闇は濃くなった。 ・したかったのにできなかったことも、してきたことと同じくらい人のたましいを形づくっているかもしれない。 しらたま作って食べたくなった。

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2019/12/03

三年前に失踪した夫が突然、帰ってきた。しかし、自分はすでに海の底にいるという。2人は、優介が瑞希の元に帰るまでの3年間の道程を辿る旅に出た。交番の、優介の公開捜査の色褪せたポスターや、いつ消えてしまうとも知れない恐怖。3年間に優介が関わった生者や死者たちとの交流。瑞希が現実に体験...

三年前に失踪した夫が突然、帰ってきた。しかし、自分はすでに海の底にいるという。2人は、優介が瑞希の元に帰るまでの3年間の道程を辿る旅に出た。交番の、優介の公開捜査の色褪せたポスターや、いつ消えてしまうとも知れない恐怖。3年間に優介が関わった生者や死者たちとの交流。瑞希が現実に体験している事なのに、妙にフワフワした気持ちにさせられる。瑞希を裏切っていた優介が残した濃密な2人の時間。旅を終え、優介が伝えたかった事を知った時、瑞希はとても愛してもらえていたんだと思った。2人の想いがとても沁みた。

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2019/06/18

自分の前から、この世界からいなくなってしまった人と時間を共にできたらどんなにいいだろう。相手について知りたかった事が全てわかるわけではないけれど、自分の心の整理になる。長い旅が終わりに差し掛かる気配が感じられる箇所では涙が出てきた。いい本でした。

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2019/03/07

死んだ夫が帰ってきて、一緒に旅をする話。いわゆる幽霊とは違い、ものを食べたり、生きている人と変わらないような行動をするけれど、夫本人も妻も、彼が死んでいることを判っている。こんなことが本当にできたらいいなと思う一方、ハッピーエンドになりようがないことも判っていて読むわけで、読んで...

死んだ夫が帰ってきて、一緒に旅をする話。いわゆる幽霊とは違い、ものを食べたり、生きている人と変わらないような行動をするけれど、夫本人も妻も、彼が死んでいることを判っている。こんなことが本当にできたらいいなと思う一方、ハッピーエンドになりようがないことも判っていて読むわけで、読んでいる間中、ずっとどこか寂しい。

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2019/02/07
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夫と旅に出る。 3年前突然失踪し命を落とした夫と、夫の死後の軌跡を遡る旅に。 静かで安らかな二人っきりの旅。 会話の少ない二人だけれど、行間から穏やかな想いがひしひしと伝わる。 「忘れてしまえばいいのだ、一度死んだことも、いつか死ぬことも。何もかも忘れて、今日を今日一日のためだけに使いきる。そういう毎日を続けてゆくのだ、ふたりで」 生と死、本来相対する二つの領域の垣根を取り払ったかのように思えた二人。 ずっと二人でこの世をさ迷っていたかった。 けれど二人の間に静かに漂う淡い霧のような境界もいつかは晴れる。 「きみには生き運がある」 夫の発した寂しい言葉だけを後に残こして。 ずっと曖昧に描かれていた生と死の境目。 旅の終わりが近づくにつれ、くっきりと明確になってしまったことが、何より悲しくて辛い。 深津絵里さんと浅野忠信さん主演の映画もいつか観てみたい。

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2019/01/19
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

長い間失踪していた夫・優介がある夜不意に帰ってきた。ただ、もうこの世の人ではないという。妻・瑞希は優介と共に彼が死後歩んだ軌跡をたどる。 彼岸と此岸の行き来しながらの二人の道行きが、湯本さんならではの美しい文章で描かれると、こうして亡くなってからもあの世に行かずに生活している人がいそうな気がしてくるから不思議。 二人の旅の途中で出会う人々もそれぞれに後悔や過去の重たい何かを抱えて生きているのが哀しい。 再生の物語は好きじゃないし、心震える結果にもならなかったけど、湯本さんの文章はどこまでも美しくて、静かな水辺の景色が脳内で再生されて、正に映画化にピッタリの作品だと思った。 もちろん優介は浅野忠信、瑞希は深津絵里で脳内再生。優介が浮気していたのはなんだかな~だったけど、浅野忠信なら許すか・・・

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2018/11/18

3年前に失踪した夫が帰ってきた。だがその夫の身体は遠い深い海の底で蟹に食われてしまったという。3年かけて妻のもとに帰ってきたその道を、今度は2人で遡って旅をする。それは過去を遡る旅となり、後悔も、悲しみも、痛みも包み込んで、たどり着くであろう未来への旅路となっていく。 死と生の...

3年前に失踪した夫が帰ってきた。だがその夫の身体は遠い深い海の底で蟹に食われてしまったという。3年かけて妻のもとに帰ってきたその道を、今度は2人で遡って旅をする。それは過去を遡る旅となり、後悔も、悲しみも、痛みも包み込んで、たどり着くであろう未来への旅路となっていく。 死と生の境目ははっきりとした壁に遮られたものなんかではなく、ほんの少しだけ開かれたドアの隙間から漏れてくるよう光のように交わることがあるのだろう。その光は太陽のような燦々とした光ではなく、朧げで儚げな月の光のようなものだけど。水が高きから低きへ流れて、川となり、海について、また水蒸気となって天に上るように、人の命も流れ流れて巡っているのかもしれない。 人の死という避けえない悲しみを、こんなふうに安らかに静かに受け入れることが出来るならどんなに救われることだろう。それは一瞬にして出来ることではなく、時が味方となって成し得ることなのだろう。 そんな感慨にふけるのでした。

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2018/03/21

解離性健忘 長い戒名のついた位牌でも突きつけられたように畏まった 剃刀負け 歯科医らしい器用な指先 一度死んだことも、いつか死ぬことも。何もかも忘れて、今日を今日一日のためだけに使い切る。そういう毎日を続けていくのだ、二人で。 アップライトピアノ 辻説法でもするように彼は今ある世...

解離性健忘 長い戒名のついた位牌でも突きつけられたように畏まった 剃刀負け 歯科医らしい器用な指先 一度死んだことも、いつか死ぬことも。何もかも忘れて、今日を今日一日のためだけに使い切る。そういう毎日を続けていくのだ、二人で。 アップライトピアノ 辻説法でもするように彼は今ある世界の不思議を説く 川面が輝いている 諍い 真鍮しんちゅう 荼毘に付された 細かな泡粒あわつぶ 迷い箸をするように鋏を揺らしている そうだ、そうやって少しずつ、お互いの世界をひろげていったのだ。 しらたま 既に体は海の底で蟹に食べられてしまった 生と死がとても親しい 寧ろ混じり合うことを希求するふうに 生と死の狭間で宙吊りにされてきた歳月 くつろ寛い 抗いようなない現実 死と馴染あう用意があったことを見逃してはならない 万物流転ばんぶつるてん 生者と死者がお互いを赦しあう旅でもあるのだった 平松洋子

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