考えない練習 の商品レビュー
考えない練習っていう本を書いてるこいつがかなり考えすぎだと思う。 その一点につきる。 こんなに物事考えてるやついる?
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いろいろ考えたくないときに手に取った。 考えないというか、頭だけでなく他の部分、五感を使おうというか。たしかに頭だけで考えるから考えすぎるのかも。なにか考える場面があるときその都度再読したい。 気になった部分。 「気づく力」「念力」 「相手にとって有意義でないもの、聞かされた側が心にもない相づちやフォローを返さなければならない話は無駄話」 「定型化していない言葉を選ぶ工夫」 「音を立てないで動作する練習」 「相手の感情を浮き彫りにして受け止めてあげる」「「音」を観察する」 「視界を遮断して、自分の心の動きに集中し直す」 「手書きで書いてみる」
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また何度か読みたい本。 考えない練習、というよりは、余計なことを考えないで集中する練習、かなと思った。 本文ももちろんおもしろいですが、最後の脳の研究家さんとの対談、一番しびれました。 表紙のキャッチに書いてある、イライラや不安を消したい、という願望がそもそも余計な考えってこ...
また何度か読みたい本。 考えない練習、というよりは、余計なことを考えないで集中する練習、かなと思った。 本文ももちろんおもしろいですが、最後の脳の研究家さんとの対談、一番しびれました。 表紙のキャッチに書いてある、イライラや不安を消したい、という願望がそもそも余計な考えってことだけど、それを無理に抑制するんじゃなくて「イライラや不安を消したいという欲が今出てきてるなあ」とハッキリ認識して、ただながめること。それが大事ってことでいいのかなあ。
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メディアで取り上げられることが多かったので、タイトルだけは知っていた。タイトルこそゆるい雰囲気だが、内容は非常に論理的だ。 本書の「考えない」は、余計なことを考えないということ。いま自分のやるべきことだけを考え実践していくための、心のコントロール方法が紹介されている。 負の感情は...
メディアで取り上げられることが多かったので、タイトルだけは知っていた。タイトルこそゆるい雰囲気だが、内容は非常に論理的だ。 本書の「考えない」は、余計なことを考えないということ。いま自分のやるべきことだけを考え実践していくための、心のコントロール方法が紹介されている。 負の感情は自分を客観視することでサラリと流すが大切。テレビ、音楽、SNSなど刺激の強いものは避けて五感を研ぎ澄ます。考えないことは、考えることより難しい。練習が必要だ。
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考えない、つまり囚われない、雑念を取り払って五感のままに現実を見るということなのかと思いました。分かっているけど、なかなか難しい。 コラムの中で、食べることに集中すると食べ過ぎないというのはダイエット中なので役立ちました。
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正直、読んでる途中で「なんか極端だなー。新鮮な話もそんなにないかなー。」と思ってしまって、後半はサラーっと流してしまった。 でも、読んでから何日か経つと、「事実と感情を結び付けない」とか、「強い刺激ばかり受けない」とか、なるほど!って思うことが色々出てきた。というわけで、なかなか...
正直、読んでる途中で「なんか極端だなー。新鮮な話もそんなにないかなー。」と思ってしまって、後半はサラーっと流してしまった。 でも、読んでから何日か経つと、「事実と感情を結び付けない」とか、「強い刺激ばかり受けない」とか、なるほど!って思うことが色々出てきた。というわけで、なかなか良い本。読みなおそう。 その後、読み直し。日々の心のあり方とかを見つめ直すことができる良書。
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これを読ませたい人がいる。というのが読了後の感想。 考える力は必要だが、その力には「無駄に考えない」という項目がある。そういうことだよね。 ____ ●人は刺激を求めてる → 苦痛も刺激。知らずに自分の苦痛を脳内リフレインして、刺激を求めている。これを理解すると、なんで自分が悩むのかちょっとわかる。 確かに現代人は刺激を求めすぎている。仏教の悟りを開くというのは、脱☆刺激なんだろう。 ●感想を「 」でくくる 人は何かを感じるとそこからあらゆることを連想してしまう。それが不安になったりして、知らないうちに心的ストレスになっていたりする。 自分が感じたことを「○○だと感じた。」とカギカッコでくくることで、思考をそこで打ち切る。この思考メカニズムを作るのが大事。 結局、不安を生み出すのは「自分の偉大すぎる想像力」なのだから、ちょっと自分を他人事のように考える。そのためにカギカッコでくくる。 ●嘘はつかないほうが良い 嘘をつくと、正しくない情報を新たに覚えなければならない。そこから派生して、正しくない情報に合わせた事実を連想していかなければならないから、ものすごい心労になる。 脳も混乱を起こして、次第に正気を失っていく…。 怖。 ●断捨離 モノが多くあれば、その分だけ思考を費やすものが多いということ。物を減らすのは、精神的にも軽くなる。 ____ 考えることっていうのはとてもとても大事なことで、考えることができる人は、強く、優しく、芯を持つ人間になれると思う。 けれど、「過ぎたるは及ばざるがごとし」であって、考えすぎて失敗している人もいる。いや、そういう人はいっぱいいる。 教育の分野では子供たちに「考える力」を身に着けさせることが目標になっている。 この考える力を、考えすぎることと穿き違えて教えないように気を付けなければならないと強く思いました。 しかし、 いいこと書いてあるのだけれど、なんか俗っぽい本になってしまっている。仏教の本なんだから、もっと解脱した雰囲気がほしい。
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考えない「練習」というよりも、「なぜ考えてストレスとなるのか」という、イライラのメカニズム解説として読めた。 ・脳が快楽を求めるために、敢えて自ら苦痛を求めに行ってしまう ・不快なものを受け入れたくないがために、自分の好きな音(例:通勤電車でのiPod)や空気でシャットアウトす...
考えない「練習」というよりも、「なぜ考えてストレスとなるのか」という、イライラのメカニズム解説として読めた。 ・脳が快楽を求めるために、敢えて自ら苦痛を求めに行ってしまう ・不快なものを受け入れたくないがために、自分の好きな音(例:通勤電車でのiPod)や空気でシャットアウトする→不快(出勤など)になると余計その落差が生まれる ・外部要因→五感(聞く、見る・・・)→不快 のループは、五感にたどり着いた所で止まればOK。何か流れてきても、そのままにしておく。 (例:暑い→嫌だ ではなく、体が暑いと感じている、で終わり) ・自分であれこれ考えて、盾を作ってしまう自虐行為 結局理想(欲)と現実の落差が不快を生み出すのだから、その理想が全てと思わなければ楽になれる。
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仏道に根差した、不安やイライラと無縁の人生を送るための方法について書かれた本。 快楽とは苦痛が解消されたところにあるものであり、人間はどうしても刺激を求めてしまう。 五感を研ぎ澄ませ、自分を客観視することができれば、思考のノイズや不安、苦痛から離れることができ、刺激を求めることな...
仏道に根差した、不安やイライラと無縁の人生を送るための方法について書かれた本。 快楽とは苦痛が解消されたところにあるものであり、人間はどうしても刺激を求めてしまう。 五感を研ぎ澄ませ、自分を客観視することができれば、思考のノイズや不安、苦痛から離れることができ、刺激を求めることなく穏やかな人生を送れると説く。 NLPや幸福学にも通じる内容。 しかし科学技術や社会・経済の発展は人間の欲によってもたらされたものでもあり、それによって恩恵を受けた人々も大勢いるだろう。 貪欲さを完全に否定するのではなく、本当に自分が実現したいことを見つめ、それを妨げるものが何であるかを自覚したうえで対処する方法を示していると捉えればよいだろうか。
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『考えない練習』 小池龍之介 無駄なエネルギーを使わない思考、その時に最も適切な必要最低限のことだけを考えて、どうすれば無駄な思考や空回りする思考を排除できるか、さらには、どうすれば煩悩を克服できるかが、仏道のスタートであり、ゴールでもあるのです。(p31) ★この考えを元に本書は書かれている。 「聞こえている」を「聞く」に変え、「見えている」を「見る」に変えるように五感を研ぎ澄ます練習をしていきますと、一見つまらなそうなものにも充実を感じてきます。現実がつまらないからと言って、能をバリバリと刺激するような娯楽に逃避しなくても、いつもの日常を繊細な味わいをもって楽しめるようになるのです。(p37) ★本当の現実をみること。能動的になることにより、心の充実になる。 発散すると刺激が強くて気持ち良いと能が覚え、嫌なことがあったらすぐに発散しようとする条件づけができてしまいます。それを繰り返すことによって、怒りを表に出しやすい直情的な生活に近づいていくのです。(p49) ★なるほど。 苦しい刺激や深いな刺激の「ドキドキ感」を心は「気持ち良い」と錯覚してしまい、本当は不快なはずなのに、「快」と書き換えてしまうのです。(p56) ★自分の心の動きを知る。どきどきするときとはなんだろう。 人の能は、ひょっとしたら短絡的な利害ばかり求めて、長期的な利害を認識しないようにできているのではないでしょうか。(p61) ★確かにその通り。常に快楽へ向かう傾向があると思う。 本来の情報とは違うことを口にしていると、自分の心の中で、「正しい情報」に「正しくない情報」を上書きしてしまいます。事実と嘘の反対の情報が心に焼きつきますので、情報処理能力が混乱し、長期的には記憶の連結がおかしくなっていきます。(p64) ★そういうこともあるだろう。 自分でもなるべく普段から「音を立てないで動作する練習」をしておきましょう。(p79) ★これは常に行っている、癖になっている。 仕事の会話を始める直前まで、ipodなどで自分の好きな音楽を聴くのに夢中になっているとしましょう。……その直前まで拾遺のつまらない音を拒絶し続けていたのですから、そのしわ寄せは当然、目の前にいる相手との会話にも影響してきます。(p84) ★悪い影響だけだろうか。良い影響もあるのではないだろうか。考えたい。 普段から、自分が「褒める音をぶつけられると舞い上げる」ということ、「批判する音をぶつけられたら落ち込む」ということを、予想して身構えておくことが大切です。(p94) ★そういう余裕が持てればよいのだが。心の片隅に置いておきたい。 自我やプライドが強く刺激されるようなものを見るのは、必要最低限にとどめ、何度も見たがる衝動を抑えたほうが良いだろう。(p103) ★例えば、メール、給料明細、通帳など。それが全てではないと思えば良いのだろう。見ないのは無理がある、 このように食べる習慣を続けるうち、いままで大ざっぱにまとめ上げ切り捨ててきた、細やかな「現実」そのものが少しずつ見えて来るはずです。(p151) ★食べるのは速いので、気をつけてみたい 。 いま自分がなすべきことは何か、自分にとって適切なことは何か、自分はどういう人といたら良いか、どういう話し方をしたら良いか、どう人の話を聞いたら良いかといぅた瞬間の判断を鈍らせる、霧になるのです。(p162) ★物の執着について。物が多く有ると、それが霧となる。「断捨離」ということだろいうか。 刺激の入り口で集中して感じ取ることによって「痒いから、嫌だ」の「から」という部分を断ち切ってしまうのです。すると、単に「痒い」だけになります。(p184) ★蚊にさされたときを例に挙げて。そう達観できるかやってみたい。
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