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日本語が亡びるとき の商品レビュー

4

105件のお客様レビュー

  1. 5つ

    32

  2. 4つ

    43

  3. 3つ

    15

  4. 2つ

    4

  5. 1つ

    2

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2023/12/19

うーん、思っていたより難しい内容でした。 多感な年頃に、親の仕事の都合で 海外での生活を余儀なくされた… という著者の境遇は、米原万里さんに似ていますね。 その境遇から英語嫌いになり、フランス語に傾倒し 帰国してからは日本語を使う作家になった。 そんな著者が書いた、日本語の過去と...

うーん、思っていたより難しい内容でした。 多感な年頃に、親の仕事の都合で 海外での生活を余儀なくされた… という著者の境遇は、米原万里さんに似ていますね。 その境遇から英語嫌いになり、フランス語に傾倒し 帰国してからは日本語を使う作家になった。 そんな著者が書いた、日本語の過去と未来の話。 いくら英語を拒絶しても 国際社会で意思疎通をしようと思ったら 英語を使うのがいちばんてっとりばやい。 少し前までは「英語なんて」と言っていた フランスの社会でも、 だんだんと英語の勉強をするようになってきた。 本当にねぇ…実際、 やっぱり一番意思疎通ができるのは、英語なんですよね。 第二外国語同士がコミュニケーションを とりたいと思った時に、 カタコトでも英語がわかるというのは大きい。 でも、私は英語以外の言語も好きだし もちろん日本語も大好きだし。 国際言語としての英語は英語として それぞれの国の言語を大切にすることも大切だと思います。 だいたい「英語」っつても、 強いのはアメリカ英語だしね〜。 『ハリー・ポッター』だって、イギリス英語から 翻訳されてアメリカで出版されてるんでしょう? そうそう、この本では、小説に関しても検証されています。 日本の小説が海外で評価を得られているのは 優れた翻訳があったから。 日本語で読める人の数が限られている以上 英語に訳してくれる人がいなければ 評価もしてもらいようがない。 英語で書く作家が「そのまま」評価対象になるのに それ以外の言語で書く作家は 自分の書いた言葉そのものでは評価してもらえない。 なんと不自由なことか! …というようなことも書かれています。 まぁ、確かにそうだけど、前向きに考えたら 「村上春樹の小説が原書で読みたいから 日本語を勉強したい」って人が これから増えてくるかもしれないじゃないですか! そのためにも、日本人も 日本語を大切にしなくっちゃ…ですね。

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2023/02/11

エッセイと言い切れるほどではないし、評論というほど固いわけでもない。読後感は小説に近い。書かれていることが正しいとか善いとか、そういう基準ではなく、明快でおもしろく読める。 読み終わったあとは「本当にそうか?」と疑問に思うこともいろいろ頭に浮かぶけど、読んでるあいだはつい説得さ...

エッセイと言い切れるほどではないし、評論というほど固いわけでもない。読後感は小説に近い。書かれていることが正しいとか善いとか、そういう基準ではなく、明快でおもしろく読める。 読み終わったあとは「本当にそうか?」と疑問に思うこともいろいろ頭に浮かぶけど、読んでるあいだはつい説得されそうになる。されてもいいのだが。この説得力の源は小説的なものだと思う。物語のなかの殺人犯にも感情移入してしまうことがあるようなものというか。そこまで悪いたとえを出すことないが。

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2022/08/01

異論はある。日本の経済力が落ちたとしても日本への移民が日本語を学び続けると言えるか(むろん日本文化を愛する移民は学び続けると思う)。あるいは安吾なら日本の伝統的文化が失われる(水村がまさに嘆く)光景をも「それが日本だ」と許容したのではないか。だが、そうした部分を孕みながらもほぼ徒...

異論はある。日本の経済力が落ちたとしても日本への移民が日本語を学び続けると言えるか(むろん日本文化を愛する移民は学び続けると思う)。あるいは安吾なら日本の伝統的文化が失われる(水村がまさに嘆く)光景をも「それが日本だ」と許容したのではないか。だが、そうした部分を孕みながらもほぼ徒手空拳で日本と日本文化を論じきったその力業には私も脱帽する(イヤミではなく)。水村の嘆きはなるほど反動的かもしれない。だが価値相対主義で「どんな文化も一緒」と済ませてしまう前に、本当に美しいものが消滅しうることに思いを馳せてみたい

Posted byブクログ

2022/03/29

日本語についてとても丁寧な論考がなされ、重要なことが書かれている。何度も読みたい。 言語を、普遍語、国語、現地語、公用語と定義を分けて論じている部分、理解が追いついていない部分もある。

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2021/10/17

 言葉には「普遍語」「現地語」「国語」がある。かつて全ての「叡智を求める人」は「普遍語」であるラテン語を使った。このおかげで、違う現地語を話す者たちが意思の疎通を図ることができた。今、その「普遍語」は英語になった。  「叡智を求める人」、学力、財力の多い人ほど「普遍語」を使うこと...

 言葉には「普遍語」「現地語」「国語」がある。かつて全ての「叡智を求める人」は「普遍語」であるラテン語を使った。このおかげで、違う現地語を話す者たちが意思の疎通を図ることができた。今、その「普遍語」は英語になった。  「叡智を求める人」、学力、財力の多い人ほど「普遍語」を使うことの利点をわかっているから、そちらを習わせる。日本語よりも英語という風潮が強まっていく。しかし、それで良いのか。このままでは、「日本語で考える」ということがなくなっていく。  日本語はかくも貴重な言葉。漢字、ひらがな、カタカナという3つの文字を使い、そのような表記法を持つ「書き言葉」が存在するという事実そのものが「表音主義」の批判となる。  「表記法を使い分けるのが意味の生産にかかわる」というのは日本語独特のこと。  ふらんすへ行きたしと思へども  フランスはあまりに通し という朔太郎の詩も、「ふらんす」であるから、その頼りげな詩情がつたわってくる。これが「仏蘭西」でも「フランス」でも意味が変わってくる。  日本語を亡ぼしたくない。日本語は3流の言語ではなく、かくも深い感情を伝えられる言語だったのだから。

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2021/08/04

最近出版される文学本がなんだかつまらない。どうしても近代文学(明治大正昭和時代の)が好みに合ってしまうのは「さてはわたしが古い人間だからしょうがないか」とも思っていたのだが。  この本、水村美苗著『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』を読んで少し疑問の糸口が見えた気がする。言...

最近出版される文学本がなんだかつまらない。どうしても近代文学(明治大正昭和時代の)が好みに合ってしまうのは「さてはわたしが古い人間だからしょうがないか」とも思っていたのだが。  この本、水村美苗著『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』を読んで少し疑問の糸口が見えた気がする。言葉とは奥が深い。  平安のころ、文章といえば漢文だけが「書き言葉」で、『源氏物語』や日記などが「話し言葉」のやまと言葉をひらがなで書いたものだった。そんなことは習っていたのに忘れていた。  つまり「書き言葉」は「話し言葉」と分かれていた。  文明開化で外国語と外国の文化を取り込んだときの「言文一致」は優れていたが、戦後の国語教育ないし方針が「話し言葉=書き言葉」になって今に至っている現状は文学にとって悲惨な結果になったのではないか、というのが水村氏の説。(もう少し専門語でこの本には説明してあるが、だいたいそんなこと)  現代文学と近代文学は、単に言葉の表現方法だけに違いがあるのではないが、このまったき「言文一致」の弊害の指摘に目からウロコの思いがした。  それからもう一つこの本を読んでちょっと溜飲が下がった思いがあった。  作家水村美苗さんは英語が苦手(嫌い)なのだけれども、英語がわからないのではない。12歳から20年アメリカに住んで教育も十分受けた(大学院までいってしまった)、羨ましい人だ。  この羨ましいという日本人の大部分が感じることが、ことをややこしくしているという。英語教育を長々とやっているのに相変わらず日本人は英語が下手で損をしているという事実。  だけど英語はいまや世界の「普遍語」になっている。事実化学や科学医学の分野ではもうそうなっている。英語で発信しないと世界に向かっては何も言わないのと同じになってしまう。  なにも国民みなが英語のバイリンガルにならなくてよろしい(そうしない国もあるが インドとかフィリピン、でも元植民地などの深い理由がある。それもラッキーだったのか?国語のゆくえがどうなるのか?)。英語は易しくない、一部エリートが成し遂げれば十分ではないか。はい、おまかせします。

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2021/07/26

日本人が水や空気のように感じている日本語というもの、その日本語が世界の中で現在どのように位置づけられるのか、そしてそれを踏まえて、これからの国語教育はどうあるべきか、日本語を日常的に使用しているわたしたち日本人は、真剣に考えなければならない。

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2020/08/22

普遍語として英語が機能していく未来は避けられない。私達日本人はそれはデメリットしか見えないかもしれない。 だけど、普遍語ではない言葉を母語にしているからこそ、普遍語では思考しにくい事を思考できる可能性も秘めている。日本語を母語としているからこそ出来る何かを考えて模索していく事が重...

普遍語として英語が機能していく未来は避けられない。私達日本人はそれはデメリットしか見えないかもしれない。 だけど、普遍語ではない言葉を母語にしているからこそ、普遍語では思考しにくい事を思考できる可能性も秘めている。日本語を母語としているからこそ出来る何かを考えて模索していく事が重要なのかな。 全ての書き言葉をローマ字にする案が過去に出ていたようで、それを止めてくれた先人に感謝。

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2020/03/09

文章がとても理論的で、それでいて女性的な表現が感じられて読みやすい。 言語学を学んでいる人や教育に携わる人は、必読だと思う。 最終章の英語教育にまつわるところは、ぜひ今読むべき。 近代文学がなんと美しく完成されたものであるか、英語を全員が等しく学ぶことの無意味さ、日本語教育を軽ん...

文章がとても理論的で、それでいて女性的な表現が感じられて読みやすい。 言語学を学んでいる人や教育に携わる人は、必読だと思う。 最終章の英語教育にまつわるところは、ぜひ今読むべき。 近代文学がなんと美しく完成されたものであるか、英語を全員が等しく学ぶことの無意味さ、日本語教育を軽んじている悪い意味での島国根性。 共感するところは多かった。勉強になりました。

Posted byブクログ

2020/01/05
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

本書は、英語が共通言語としての価値を高ていく一方の中、日本語が国語としてのポジションを失いつつあり、国語としてありえている「書き言葉」としての日本語を読むこともできなくなっている現状をまず変えることが大切であると、訴えたものである。 これを理解するために、国語とは何かを、「普遍語」、「現地語」との対比で明らかにした上で、人類の叡智を理解し、それらと対話し、表現するために必要な「書き言葉」としての第一言語が、日本語となった過程を明らかにしている。 本書では、日本語の運命に対する悲哀すら感じられ、それは、すでに廃れた漢文との対比により、一層、深く、突き刺さる。 良書である。 なお、1章、2章(の中盤まで)は、作者がなぜ本書を書くに至ったかを理解するためには重要であるが、退屈である。読者は、何とか2章終盤まで読み進めてもらえれば、良書であるとわかってもらえると思う。 なお、最終章は、いささか想いが強すぎて、読みづらい。

Posted byブクログ