わたしを離さないで の商品レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
死を迎えるのに、なぜ生きるのか。 そのような問いをなげかけられた小説だった。 提供者は、他者によって殺められる運命であり、 その運命を受け入れられるのか。 人は100%死を迎える。それでも私達は未来を描こうとする。それは、来るべき死が先のことであり、老いや病というある程度の予期ができ、死因が内因的なものであるという前提があってこそだ。 それに対し、クローン人間である提供者たちは、生まれた時から未来がない。将来の夢を描くことができないのだ。なぜなら、死期が外因的な要素により確定されるからだ。そのために、自分で自分の人生をコントロールしている感覚がないのだ。 では、死を迎える提供者たちに希望はないのか。 死期を自分で決められない、他者に自己の運命を握られている。その不条理と、いつそのときがくるのかわからない不安。それでもヘールシャムで育った生徒たちは自己の悲劇的な運命を悲観することはない。自暴自棄にならず、退廃的にならず、ごく普通の子供達と同じように、友達とつるみながら日常を送っている。それは、教育者たちの志に支えられた日々なのであった。 教育は人に希望を与える。 未来を描くことはできないとわかっていても、その時その場で起こる出来事を味わい、葛藤し、ときには感動することはできる。ただし、それは、精神が不安から解放されている状態での話だ。大人たちの配慮により、現実を見たようで見ないような育ち方をした子どもたち。それが正しいかどうかはわからないが、ヘールシャムは子供達に子ども時代を与えた。その時代の記憶が、その後の悲劇的な運命を辿る提供者たちの心の縁になった。 人を人たらしめるのは何なのか。 人間らしいとはどういうことなのか。 記憶は私に対する部分的な勝利である、とカズオイシグロは言った。 未来の希望は抱けなくとも、提供者たちは友人との繋がりの中で生き、その使命を終えてゆくのであった。 フランクルの夜と霧、映画のアイランド、がん患者の告知などが頭をよぎった。 どのような状況であっても、希望を見出せる力を備えるようにすることも、教育の役割の一つだと思った。 ごくありふれた子どもたちの日常が緻密にえがかれており、そのことが提供者たちの悲しさを際立たせた。提供者はもっと生きたかった。 切ない小説だったが、生きて未来に希望を抱くという当たり前のことが、当たり前なのかをあらためて考えさせられる小説だった。
Posted by
日本で放映されたドラマを見ていたので、ちょっとキワモノ作品なのではと、ずっと手に取らずにいた本。 思っていたのとは全然違っていた。心情描写の細やかさ、友人関係のもろさと強さ。残酷でいびつな背景をわかったうえで読んでいたけれど、それらをなしにしても思春期、青年期のつつけばこわれてし...
日本で放映されたドラマを見ていたので、ちょっとキワモノ作品なのではと、ずっと手に取らずにいた本。 思っていたのとは全然違っていた。心情描写の細やかさ、友人関係のもろさと強さ。残酷でいびつな背景をわかったうえで読んでいたけれど、それらをなしにしても思春期、青年期のつつけばこわれてしまいそうな彼らの心の内が細かに描かれていて(というか具体的に描かれなくてもやり取りから透けて見えて)、逆に何故この背景なのかということも考えてしまう。
Posted by
臓器提供という使命だけのために作られた子供たちの生活は、結末こそ残酷であるがとても穏やかに描かれていた。主人公を含めた3人の関係や行動が事細かに書かれていて、自分もその一員であるかのように入り込むことが出来た。 一度発展した世界はもう後戻りはしない。臓器を提供するために作られた人...
臓器提供という使命だけのために作られた子供たちの生活は、結末こそ残酷であるがとても穏やかに描かれていた。主人公を含めた3人の関係や行動が事細かに書かれていて、自分もその一員であるかのように入り込むことが出来た。 一度発展した世界はもう後戻りはしない。臓器を提供するために作られた人間が存在してもいいのかということに疑問を持ちながらも、見ないふりをし続ける人々の姿にとてもリアルさを感じた。
Posted by
ある描写をこだわって書く事に少し鬱陶しさまで感じていたが、それら全ての引っかかりはヘールシャムが作られた理由に寄与していた。その瞬間今までの描写が流れるように頭を駆け巡り、腑に落ち、漸くこの本の全貌が見えた気がした。
Posted by
始終不穏な雰囲気。でも面白い。 初めは淡々と昔の記憶を話す形で、面白くなくはないがサクサク読み進められるものではなかった。ただ、だんだんと彼らのことやその施設のこと、世界のことがわかるにつれ止まらなくなった。最後の章で畳み掛ける様にわかった瞬間、そういうことかとなるのと同時にキャ...
始終不穏な雰囲気。でも面白い。 初めは淡々と昔の記憶を話す形で、面白くなくはないがサクサク読み進められるものではなかった。ただ、だんだんと彼らのことやその施設のこと、世界のことがわかるにつれ止まらなくなった。最後の章で畳み掛ける様にわかった瞬間、そういうことかとなるのと同時にキャシーたちよりも私は絶望したように思う。彼女たちの感覚がいまいち掴めるようで掴めない。普通の人となんら変わりはないとキャシーの記憶を一緒に辿ることでわかってはいるのに、やはりどこか不気味さを感じずにはいられなかった。 介護人として残されたキャシーはどんな気持ちだったのだろう。私だったら寂しくて仕方がないと思った。故意的な終わりが見えている人生の最後を見届けてくれる人もいない。 でも彼女たちからは恐怖を感じられない。そこがこの作品を不気味たらしめているように感じる。 この話自体私とはかけ離れた世界の話なのは明確なのに、最後は自分と重ねて話を読んでいた。なんだか不思議。切ない。きっと友人におすすめされるまで読むことはなかっただろうなぁ。でも面白かった。
Posted by
なんでこれほど残酷な運命から逃れようとしないのか、受け入れてしまえるのか。自分はこんな精神力は持てないと思う。幼い頃の違和感がだんだんと輪郭を持って明らかになっていく構成には惹き込まれた。 使命を終えるという表現が、もう提供できる身体ではないという意味しか含んでいないならやるせな...
なんでこれほど残酷な運命から逃れようとしないのか、受け入れてしまえるのか。自分はこんな精神力は持てないと思う。幼い頃の違和感がだんだんと輪郭を持って明らかになっていく構成には惹き込まれた。 使命を終えるという表現が、もう提供できる身体ではないという意味しか含んでいないならやるせないな、、
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
どうしてこんな残酷な運命から逃げず、受け入れてしまうのかわからない。受け入れざるを得ないような価値観が形成されている世界にゾッとする。普通だったら逃げようと思う。 臓器を提供するために育てられている、という設定は割と早い段階で登場人物のひとりから明かされる。 そのことがわかっていながら無邪気に生きる、自分を取り繕って生きる、そうすることしかできない世界は想像するに耐え難い。ルースのような反応が一番わかりやすい。不安を表に出さないまま生き、あるとき不安を隠しきれず、自分達に起こるであろう未来や考えられる出自の全てを吐き出してしまう。 トミーが癇癪持ちだったのは、全てをわかっていたからかもしれない、という推測もまた面白い。 情報を得ることもままならないまま噂を信じ、確かめ、そして突き放される残酷さを表現し、そのまま物語を終える。こんな小説は初めて読んだ。 今日の医療の発展はこういった歴史があったかもしれないと思うとゾッとする。みんな見て見ぬふりをする、とあった。それは読者に語りかけているのかもしれないと思ったら、まだ正直に受け入れることができていない自分に気づく。
Posted by
淡々と、想い出を懐かしむような口語形式で書かれているためかすっと心に入ってくる。なんとなく英国の児童文学全般に通ずるノスタルジックがあるように思う。青春時代を過ごした青々とした想い出と、卒業後のうらぶれた雰囲気。 まったく説教くささはなかったが、じんわりと、ちゃんと生きましょう...
淡々と、想い出を懐かしむような口語形式で書かれているためかすっと心に入ってくる。なんとなく英国の児童文学全般に通ずるノスタルジックがあるように思う。青春時代を過ごした青々とした想い出と、卒業後のうらぶれた雰囲気。 まったく説教くささはなかったが、じんわりと、ちゃんと生きましょうと諭されたような気がした。
Posted by
話の幅が広いというか、あちこちに飛ぶというか、なんだろう、谷崎潤一郎の細雪を読み始めた時と似た感覚だった。 あとがきのとおり、「抑制的な表現」で想像を促してくれるのかもしれないが、少しもどかしいというか…。 1日か2日で読み終えるぐらいの気持ちで一気に読むと、少し読みやすい...
話の幅が広いというか、あちこちに飛ぶというか、なんだろう、谷崎潤一郎の細雪を読み始めた時と似た感覚だった。 あとがきのとおり、「抑制的な表現」で想像を促してくれるのかもしれないが、少しもどかしいというか…。 1日か2日で読み終えるぐらいの気持ちで一気に読むと、少し読みやすいかなぁ。寝る前に少しずつ、という読み方では時間がかかり過ぎて、前の内容を忘れてしまうので。
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
美しい風景や幼い日の郷愁…それらの描写がとても美しすぎて、残酷な世界観とのコントラストの差に呆気に取られてしまいました。 自分の運命を静かに受け入れる子供達がとても痛ましく思えて、読了後も悲しみの余韻が残ります。
Posted by