日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか の商品レビュー
20170925 生命性の歴史。理解が追いつかないところに今があるのだと思う。地域レベルでは生活できなくなって国のレベルで統一されてしまったところから話としての歴史の理解しかできなくなったのかも知れない。キツネに騙されたと言って済まされていた社会も有りだと思うが騙され方に注意する...
20170925 生命性の歴史。理解が追いつかないところに今があるのだと思う。地域レベルでは生活できなくなって国のレベルで統一されてしまったところから話としての歴史の理解しかできなくなったのかも知れない。キツネに騙されたと言って済まされていた社会も有りだと思うが騙され方に注意する必要が出て来たのも理由の一つではないだろうか。
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もっと、キツネに馬鹿されたとかいう話にグッとフォーカスしてもらいたかったんやけど。 なんか、日本人の自然観や歴史観の変遷を語りたかっただけで、特にキツネの話をしたかったわけじゃなさそう。 そこは霧散って感じ。 1965年とかいうのもなんかボヤっとしてるし。
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目の付けどころが素晴らしい。やはり現実を鋭く見据える眼差しに学問の出発点があるのだろう。私は道産子だが、歴史の浅い北海道ですら狐憑(つ)きの話は聞いたことがある。 結局、東京オリンピック(1964年10月10日~24日)が日本社会を一変させたのだろう。ともすると経済的発展のみ...
目の付けどころが素晴らしい。やはり現実を鋭く見据える眼差しに学問の出発点があるのだろう。私は道産子だが、歴史の浅い北海道ですら狐憑(つ)きの話は聞いたことがある。 結局、東京オリンピック(1964年10月10日~24日)が日本社会を一変させたのだろう。ともすると経済的発展のみが注目されがちだが宗教性や精神性まで変わったという指摘は瞠目に値する。 http://sessendo.blogspot.jp/2017/05/blog-post_31.html
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震災前のうっちーの著作を読んだのは初めてかも。 日本人の身体性、生命性、知性の歴史の物語でした。 「感想」を述べるには自分の中で諒解していないことが多くってそこまでには至っていないのだけれど、 これまで言葉にできていなかった『何か』を説明してくれているような気がした。 伊坂幸太郎...
震災前のうっちーの著作を読んだのは初めてかも。 日本人の身体性、生命性、知性の歴史の物語でした。 「感想」を述べるには自分の中で諒解していないことが多くってそこまでには至っていないのだけれど、 これまで言葉にできていなかった『何か』を説明してくれているような気がした。 伊坂幸太郎が「人生は要約できない」と言っていたことと近しいものがある気がする。 過去の人達はどういう『世界』の中で生きていたのか。 それを読み解くことで現代人がどういう『世界』の中で生きたいのか。また求めていくべきなのか。 ということがわかるのかもしれない。
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1965年付近を境として日本からキツネにだまされる話が身近になくなった。という命題を立てその原因を考察する。それなりに面白く読める本ではある。 1965年を境にして、身体性や生命性と結びついてとらえられてきた歴史が衰弱した。その結果、知性によってとらえられた歴史が肥大化した。広大...
1965年付近を境として日本からキツネにだまされる話が身近になくなった。という命題を立てその原因を考察する。それなりに面白く読める本ではある。 1965年を境にして、身体性や生命性と結びついてとらえられてきた歴史が衰弱した。その結果、知性によってとらえられた歴史が肥大化した。広大な歴史が見えない歴史になっていった。 話には納得できるものの、何となく違和感を感じるのは、元々が都会の生まれで著者の描く歴史が元々自分たちのものではない。自分たちの感じてきた歴史が否定的に語られるとことが釈然としないのである。 キツネにだまされる日本人が本来の日本人であったというような語り口がハナに付くのかもしれないのである。
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この薄い書籍にこれほどの情報量、文句なし!天晴れ! 本書で言う狐に騙されるとは、ただそこで生きている木や花や水を何気なく美しいと思える無垢さであり、抑揚のない物語に趣を見出す感じやすさであり、与えられた秩序の中でだれもが楽しむ柔軟さだ。 すなわち、「狐が人を騙すわけない」と言い...
この薄い書籍にこれほどの情報量、文句なし!天晴れ! 本書で言う狐に騙されるとは、ただそこで生きている木や花や水を何気なく美しいと思える無垢さであり、抑揚のない物語に趣を見出す感じやすさであり、与えられた秩序の中でだれもが楽しむ柔軟さだ。 すなわち、「狐が人を騙すわけない」と言いたい諸君はそもそも前提が誤っているので議論に値しない。 スピリチュアルなニュアンスを多分に含んだタイトルながら、かなり現実的かつ社会的な内容で構成されているのだ。 戦後史、教育史、そして「科学的な知」への問題提起。 なお極端な善悪の基準としてではなく、問題あらゆる社会問題の原因についての一考察としてお勧めしたい。 もっと詳しく聞きたいと思わせられる書き方は、まさに入門書としてあるべき形だと思う。
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1965年頃を境に日本人は身体性、生命性によって再生される広大な歴史が見えなくなってしまったそうである。道理でなんとなく落ち着かず不安が多く暮らしづらいはずである。すごく納得した。とてもいい本だと思う。 Mahalo
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魅力的な論考。さらっと読めるかと思いきや、とても濃密で時間がかかってしまった。ライフワークである各地での聴き取りはもちろんのこと、数々の伝説や信仰、死生観や自然観、森林やそれを取り巻く生業・生活のあり方、そして、歴史学の流派と変遷、あるいは知性と直観(!)といった論点までを詰めき...
魅力的な論考。さらっと読めるかと思いきや、とても濃密で時間がかかってしまった。ライフワークである各地での聴き取りはもちろんのこと、数々の伝説や信仰、死生観や自然観、森林やそれを取り巻く生業・生活のあり方、そして、歴史学の流派と変遷、あるいは知性と直観(!)といった論点までを詰めきり、緻密に構築されている。 そしてとうとう、「近代化」というものの大きな意味と、「つかみどころなさ」までをも、生き生きと浮かび上がらせるのだ。
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メモ ・知性 ・自然[オノズカラ][ジネン][しぜん] ・身体性と結びつき ・ご先祖様 ・現象的な世界とコミュニケイト
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「1965年以降日本人はキツネに化かされることがなく なった」と、具体的な年数まで挙げていたので、そこで 何かトピックがあったのかと期待して読んだのだが、 実は65年に特筆すべき一大事があったというわけでは なく、その頃に人と森との付き合い方が徐々に変わって きたというお話だった...
「1965年以降日本人はキツネに化かされることがなく なった」と、具体的な年数まで挙げていたので、そこで 何かトピックがあったのかと期待して読んだのだが、 実は65年に特筆すべき一大事があったというわけでは なく、その頃に人と森との付き合い方が徐々に変わって きたというお話だった。 本題はキツネに化かされることがなくなったという事実 ではなく、それを元に歴史のとらえ方、歴史との取り 組み方、すなわち歴史哲学というものについて語ろう というもの。 その内容はなかなか面白く、先日まで「意識」の本を 読んでいた当方としては、著者の言う知性と結びついた 歴史というのは意識が意識する歴史であり、身体性・ 生命性と結びついた歴史とは無意識に落とし込まれる 歴史なのではないかと思ったり。 「65年」に期待しなければとても面白い良書では ないかと。
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