鼻 の商品レビュー

曽根圭介【著】

2011/02/02

構造を上手く利用して、読後の倒錯を促すという最大の目的を達成した作品。

使用された道具は、行き過ぎた全体主義が跋扈する近未来、「特別区」「救国青年団」などの実際の歴史の繰り返しを示す言葉たち、現代に起こった少女誘拐猟奇事件、といった卑怯なほどに人々を魅了する道具たち。

読み進めればこの作品がもつ性格が当初と変わってゆくのに気づく。それはありきたりな問題提起や時代への警告といったものではなく、もっと愉快なものだといっていいのかもしれない。

無駄のない素材を揃え組み立てておいてなんの思慮もなくぶっ壊す、といった子供のような風格を漂わす今作、個人的な贅沢を言わせてもらえばここまで振り切れた全体主義の跋扈に至る設定を持ってきたんだ、もう少しそこに至るまでの社会の荒廃を落とし込んでくれれば最後の倒錯の時点での大いなる虚無感や皮肉が更に助長されたと思う。いや、そこまで書いてしまうと空想と現実の比率がおかしくなってしまうか笑。

2011/01/08

この短編集に編まれているのは、書き下ろしの「暴落」「受難」と、ホラー大賞受賞「鼻」の三篇。
矢張り、ホラー大賞受賞作の「鼻」が抜きん出てイイ。乱歩賞受賞作(「沈底魚」)も読んでいるが、公安刑事がヒロイック過ぎて些か鼻白む「沈底魚」と比較しても、断然こちら(ホラー)側の作家さんだな、という思いを新たに、且つ盤石にした(NOVA2に収められた「衝突」も素晴らしかったし)。

で、まずは「暴落」。人間ひとりひとりが、日々変動する「株」によって価値をつけられた世界が舞台で、その冷徹な市場原理に翻弄されていくというブラックコメディ。巻末の大森氏解説を参照するまでもなく、続く「受難」と共に、かつての筒井作品を思い起こさせる不条理社会的な部分もあるが、筒井作品が世を撹乱した高度成長期からバブル黎明期までと違い、そうした世界観が洒落にならない今現在で、こうした題材を扱っているぶん、曽根作品のほうが真に迫る…というか身につまされる。“イン・タム” も勘弁だけど、人力発電は厭だなぁ…(笑)

「受難」は筒井作品というよりも、かつてのイッセー尾形のコントを思い出した。飲み会の後で気を失った主人公の男が目覚めると、ビルとビルの隙間に手錠でつながれていた…。このシチュエーションって、そのままイッセー尾形でしょう(笑) ただここからが受難どころか悲惨のはじまり。電波女、苛められ中学生、自殺願望中年が入り乱れて、状況はどんどん最悪な方向に…携帯の着メロ…青い空……。

そして叙述モノの「鼻」。ヤラれました！それ以上何も言えない(笑)　先に「あげくの果て」を読んでいたから尚更ヤラれ感が強い。しかし曽根さんは、こういう第三帝国的な世界観の設定が巧い。こういうのをガンガン生み出していって欲しい。

2019/01/16

自分の株価を上げるためにダメ兄の株を売ると
インサイダー取引だと告発され、そこから転落していく「暴落」
気づいたらビルの間に手錠でつながれていて、
助けを求めた女も少年も紳士も当てにならない「受難」
テングをブタに変えるモグリの医師を名乗る男と
少女行方不明事件を捜査する刑事の「鼻」
カバーイラスト：磯良一　カバーデザイン：大武尚貴

夏だからホラー、と思ったけれど特に夏向けではなかったです。
受賞作「鼻」は構成がすごい。
全然かみ合わない２人の話がパラレルだと思ったけれど
そんな繋がり方をしていたなんて。
恥ずかしながら水割りとオレンジジュースを出すまで気づきませんでした。
文体だけでは人を判断できないのね…

2019/01/16

この作者には驚いた。何はともあれ、天才だろ！　って思った。この不条理さは、かの筒井康隆を彷彿とさせる。収録された三つの短編、全てが馬鹿みたいに面白かった。先を気にさせる展開、とにかく発想が凄い。特に気に入ったのは『暴落』だ。人間に直裁＜株＞の概念を付与し、その上がり下がりによって人の価値を計るなんて……恐ろしいが面白い、面白いが恐ろしい……。しかし、矛盾を挟むことなく、秀逸な筆致によって、世界観を「本当にこんな世の中もあるかも……」と思わせるくらいの書きっぷりには恐れ入った。曽根圭介という作家が一番怖いのかも知れない。
また、これは蛇足に違いないが、どの話も（鼻は無理かも知れないが）是非『世にも奇妙な物語』のストーリーとして採用出来るんじゃないか？　よく出来ている話以上に、どうにも物語の雰囲気がとても似通っている。是非とも映像化して欲しいと俺は願います。【278P】

2010/09/27

日本ホラー小説大賞短編賞受賞作。
どの短編も、適度にゾクッとする感じが良い。特に『暴落』は、人の評価に市場原理を導入するという発想が素晴らしい。

2010/09/12

日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した表題作「鼻」を始め、書き下ろした他2編を収録した曽根圭介のホラー小説。

構成としては短編3編から構成されて、内容は以下の通り。
「暴落」
「受難」
「鼻」

・「暴落」
主人公はエリート銀行に勤める青島裕二。
個人個人の価値や評価が「株価」によって決まり、日頃の行いやちょっとした出来事がすぐに「市場」に反映され、株価の売買もされる。
エリート銀行に勤める青島は株価の価値も高かった。
しかし近頃株価の伸び悩みが続き、よくあたるという『新宿のあにき』に相談に行くが、そこから彼の暴落が始まる…という話。

個人的にはこの話が一番衝撃が強かったです。
タイトルの通り主人公が暴落していく姿が描かれているのですが。
個人を「株価」によって評価されるという特殊な設定にもかかわらず、ちょっとしたところに妙にリアルさを感じさせられて。
その若干のブラックさに少しにやりとさせられました。
しかしあくまでもこれはホラー小説。
「何もそこまでしなくても」というオチにぞっとさせられました。。

・「受難」
ある日目覚めた主人公「俺」は、ビルとビルの間の鉄パイプに手錠でつながれて軟禁されていた。
飲み会に参加し、三次会まで参加したが主人公にはまともな記憶は二次会の途中までしかない。
主人公は助けを求めるが、場所が目立たないため人はなかなか来ない。
そんな中一人のOLが主人公を偶然発見するが、それが主人公の受難の始まりだった…。という話。

3作の中では一番ホラー要素は少ない作品。
前述した「暴落」の理詰めで話が進んでいく展開に対して、こちらの作品では起こること全てが本当に「それありえないだろ！？」ということばかり。
しかしそう思いながら読み進めていくうちに分かってくる真実には…やはりぞっとさせられます。。
三次会帰りという設定がリアルなため、前述した作品「暴落」と類似した要素はありますが、こちらはより不気味さが漂ってくるという印象でした。

・「鼻」
舞台は人間が「ブタ」と「テング」の二つに二分された東京。
「テング」は「ブタ」に迫害され、その現状に不満を抱く医師「私」は迷いながらも、「テング」から「ブタ」への転換手術を決意する。
一方自己臭症を患う刑事「俺」は、二人の少女失踪事件の真相を追い、一人の人物に固執して捜査を進めていく。
捜査を進めていく中で「俺」は思いがけない相手との再会を果たすことになるが…という話。

日本ホラー小説大賞短編賞受賞作品。
「俺」と「私」の話が字体と文体によって書き分けられているのですが、この二人の書き分けがそれだけではないのがすごい。
転換手術に最初は後ろ向きな「私」は、「テング」と「ブタ」に二分される現状をあくまでも客観的に見ていて、世の中を捨てた印象を受けますが。
一方の「俺」は走査線上に浮かんだ一人の男を執拗に追い続ける。
この二人のギャップがすごい。
そして何よりもこの二人の話が一体どのように繋がっていくのか、読んでいてはらはらします。
読み終わった後は「え？」となりますが、解説を読んで初めて真相が分かり、やはりぞっとしました。。

全体的に読みやすく、若干叙述トリックめいているのですが。
全く気がつかずどの話も最後の結末に驚かされていました。
ホラー小説は苦手なのですが、ホラーという内容を忘れて読み進めることが出来ました

現実とのギャップをうまく出していて、恐怖なり不気味さの感情を生み出しているのがどの作品にも共通して言えることで。
でもその現実とのギャップが離れすぎてなく、微妙なリアルさも残しているからこそ、その不気味さや恐怖が出てきているのかなと思いました。
今まで自分がホラーと無縁だったのも要因としてあるとは思いますが、幽霊や怨念などの「正統派ホラー」ではなく、ちょっと新鮮さを感じた作品でした。

2010/08/03

ホラー小説大賞短編賞作である表題作を含む３編を収録したホラー短編集。ブラックなユーモアがどこか筒井康隆を思い起こさせる「暴落」「受難」も秀作だが、やはり「鼻」が素晴らしい。トリッキーな仕掛けにより、真相が明らかになった時の恐怖が倍増している。あ〜面白かった♪

2014/07/07

表題作の「鼻」と他２本の計３本の短編集。
１作目「暴落」は人一人ずつに株価が定められた世界の話。
２作目「受難」は目を覚ますとビルとビルの間に監禁されていた男が主人公。
３作目表題作の「鼻」は一般人であるブタとそれに差別されているテングと呼ばれる人々が住む世界。ブタでありながらテングを救おうとする医者の”私”と、自分の体臭が常に気になる刑事の”俺”が交互に描かれる。２人のつながりは...。

2010/06/18

今回は大賞も短篇賞も出なかったのですが、第一の感想としては面白い作家さんが出てきた。
これからの作品に期待できる方だと思います。

今回は短編集なので感想を話しながら粗筋を。
というか、粗筋はものすごく書きにくいので、読んで楽しんでください。

個人的に気に入ったのは、表題作ではなく「暴落」という作品。
人に株価がつけられているという、お堅いようなコメディのような不思議な話です。
自らの株価を上げるために奔走する姿が、なんともシュール。
現代の経済社会を風刺していると思わせる話ですが、もし今こんな世界になったら正直嫌です。笑

もうひとつ書き下ろしの「受難」は、どこか映画の『ＳＡＷ』を彷彿させるもの。
しかしそれが単純な「密室モノ」（この話は密室ではないけれど）ではないんですよね。
閉じ込められた主人公以外の登場人物が、とにかく一癖も二癖もある。
「密室モノ」特有の息の詰まるような話ではないのが、この話の特徴かもしれない。

で、最後に表題作「鼻」。
ものすごく粗筋が書きにくい作品（ネタバレしてしまいそうという意）です。
名は体を表すではないけれど、とにかく「鼻」が重要。
よくあるようなストーリー展開だったけれど、その世界観や人物像は秀逸の一言に尽きます。
とにかく一読あれとだけ。

トータルしてみると、一瞬『姉飼』の遠藤さんを思わせたんですよね。
発想や世界観がそういった雰囲気だったんです。
だけどストーリーの作りは筒井康隆。です。
オチへの持っていき方など、影響されているのかなーと思ってしまったほどです。
（最後に解説でも触れられていてビックリ）

けれど何がすごいって三作が三作とも別人が書いたんじゃないかというほど違うんですよ。
これからどう化けていくのか楽しみです。

かなりの一気読み作品だったので、結構お勧めはできます。
難点をあげるのなら、意外とさらっと読めてしまうことかな。笑

とりあえずＷ受賞ということなので江戸川乱歩賞の『沈底魚』の方も読んでみなくては。

2010/06/04

上手だなあと心から思った。
プロット、文体、人物、考えつくされている。
収録のほかの話もおもしろい。
作者本人の授賞式での飄々としたキャラクターぶりも面白い。