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光あるうち光の中を歩め の商品レビュー

3.3

70件のお客様レビュー

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原始キリスト教の…

原始キリスト教のようにキリスト教的愛のうちに生きること。これが「幸せに生きるとはどう生きることなのか」という問いに対するトルストイの答えなのだろう。主人公は世俗における成功者であるが、人生の節目節目でつまづき、そのたびにキリスト教的幸福と世俗での幸福の間を行ったりきたりする。...

原始キリスト教のようにキリスト教的愛のうちに生きること。これが「幸せに生きるとはどう生きることなのか」という問いに対するトルストイの答えなのだろう。主人公は世俗における成功者であるが、人生の節目節目でつまづき、そのたびにキリスト教的幸福と世俗での幸福の間を行ったりきたりする。この迷いを通してキリスト教的「正しさ」の証明が試みられているのであるが、納得する読者はすくないだろう。なぜ納得できないのか。その先を見つめれば自分なりの答えがでるかも知れない。

文庫OFF

2024/07/19

宗教色の強い難解な本です。それでも多くの日本人が手に取っているのは魅力的なタイトル(元は聖書の言葉ですが)とこれくらいなら読めそうと思わせる本の薄さのせいでしょうか。 作中のパンフィリウスのような生活を送るのは、個人としても集団としても、とても難しいことです。そもそもパンフィリウ...

宗教色の強い難解な本です。それでも多くの日本人が手に取っているのは魅力的なタイトル(元は聖書の言葉ですが)とこれくらいなら読めそうと思わせる本の薄さのせいでしょうか。 作中のパンフィリウスのような生活を送るのは、個人としても集団としても、とても難しいことです。そもそもパンフィリウスの説明には理解に苦しむ箇所もあり、一方で、キリスト教に傾くユリウスをたびたび引き戻す老人の言うことの方が合理的で正しく思えるところもあります。 いつかこの老人の言うことがすべて欺瞞だと感じられるようになれたら、その時はじめてこの物語が、すなわちトルストイの思想が十全に理解できるのだと思います(そうなりたい、とか、そうすべき、かどうかは人それぞれですが)。 何度も読み返したくなる本です。

Posted byブクログ

2024/05/01

著者、トルストイの作品、ブクログ登録は2冊目。 まず、著者、トルストイ、どのような方か、ウィキペディアで見てみます。 ---引用開始 レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ( 1828年9月9日〔ユリウス暦8月28日〕 - 1910年11月20日〔ユリウス暦11月7日〕)は、帝政...

著者、トルストイの作品、ブクログ登録は2冊目。 まず、著者、トルストイ、どのような方か、ウィキペディアで見てみます。 ---引用開始 レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ( 1828年9月9日〔ユリウス暦8月28日〕 - 1910年11月20日〔ユリウス暦11月7日〕)は、帝政ロシアの小説家、思想家。 ---引用終了 で、本作の内容は、次のとおり。 ---引用開始 性的な愛、私有欲、名誉心、我々を支配する障害からいかに放たれるか――。 晩年のトルストイが到達した、新しいキリスト教の世界観。 本書新潮文庫版は昭和27年刊行、101刷73万部超えのロングセラー。 ---引用終了 読み継がれています。 ちなみに、私が読んでいるのは、92刷になります。 そして、本書の書き出しは、次のとおり。 ---引用開始  ある日、金持の邸へ数人の客が集まった。そして偶然にも、人生に関するまじめな会話が交わされることになった。  一同は席にいる人、いない人の誰彼についてさまざまに話しあった。が、自分の生活に満足している人物を、一人も見出すことができなかった。  誰一人自分の幸福を誇ることができなかったばかりでなく、自分は真のキリスト教徒にふさわしい生活をしていると思っている者さえ、一人もいなかった。 ---引用終了 そして、本書の訳者は、原久一郎さん(1890~1971)。 原久一郎さんの息子さんは、原卓也さん(1930~2004)ですが、親子そろって、ロシア文学者とのことです。

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2024/01/03

トルストイの晩年の思想をよく表している佳作。私有財産を否定する、アナーキズム的要素の強い原子キリスト教的価値観を主張するストーリーから、肉欲や功名心と言った肉体的な欲望に終始することで人生を破滅させていることを伝える。肉体的世界はあくまで他人の葡萄園なのである。そこで得られる葡萄...

トルストイの晩年の思想をよく表している佳作。私有財産を否定する、アナーキズム的要素の強い原子キリスト教的価値観を主張するストーリーから、肉欲や功名心と言った肉体的な欲望に終始することで人生を破滅させていることを伝える。肉体的世界はあくまで他人の葡萄園なのである。そこで得られる葡萄は人のものであり、主のものであることを理解し、善業に務めるべきである。霊を満足させるために、勤労に勤しみ、人と物を分かち合い、質素な生活を勤しむという、原子的なキリスト教価値観が、現代のキリスト教的世界にどれだけ受け継がれて残っているのだろう。

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2023/03/24

某所読書会課題図書:ユリウスとパンフィリウスが人間としての生き方を議論するなかで、様々な命題を投げかけて読者をけむに巻く論説も出てきて、何度も読み返すことが多かった.ユリウスは普通の人生を歩んだ人と言えようが.パンフィリウスはキリスト教徒の共同体で清廉な生活を実践している.やや理...

某所読書会課題図書:ユリウスとパンフィリウスが人間としての生き方を議論するなかで、様々な命題を投げかけて読者をけむに巻く論説も出てきて、何度も読み返すことが多かった.ユリウスは普通の人生を歩んだ人と言えようが.パンフィリウスはキリスト教徒の共同体で清廉な生活を実践している.やや理想論がちだとは思うが、揺れ動くユリウスに対して、ある男がタイミング良く登場する構成は楽しめた.トルストイは初めて読んだが、哲学的な文章が嫌味なく現れるのは良いなと感じた.

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2023/02/10

キリスト教の人とそうではない人を物語風にした一冊。信仰を薦めるような一冊ではないが、世の中で望ましいと持っているものを全て手に入れた人生と自分の価値観に従った人の考え方の違いがわかり、自分も絶対的な価値観を構築する必要があるなと感じた

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2023/01/12

人間の精神遍歴をたった150ページにまとめた名作。 ユリウスは生活に翻弄される世俗的な人間の象徴であり、現代社会を生きる我々にも通じる普遍的な問いを投げかけ続ける。 同時に彼の人生遍歴は、キリスト者の辿る道程をも象徴している。 すなわち、神に背を向けた放蕩生活から回心、復活...

人間の精神遍歴をたった150ページにまとめた名作。 ユリウスは生活に翻弄される世俗的な人間の象徴であり、現代社会を生きる我々にも通じる普遍的な問いを投げかけ続ける。 同時に彼の人生遍歴は、キリスト者の辿る道程をも象徴している。 すなわち、神に背を向けた放蕩生活から回心、復活、悔い改めを経て、信仰の道に入るという道筋だ。 正教会に破門されたトルストイが、教会の教義ではなく、イエスのコトバの本質を見事に描き出している傑作だろう。

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2022/11/17

青年ユリウスは、キリスト教徒としての清貧の生活に入っていった親友バンフェリウスの生き方に疑問を持ちながらも憧れを抱く。ユリウスは冨や欲望の渦巻く俗世間で成功を収めるが、自分の人生に疑問を持つ都度バンフェリウスのところに行こうとするが、出会った医師に説得され俗世間に戻ることを繰り返...

青年ユリウスは、キリスト教徒としての清貧の生活に入っていった親友バンフェリウスの生き方に疑問を持ちながらも憧れを抱く。ユリウスは冨や欲望の渦巻く俗世間で成功を収めるが、自分の人生に疑問を持つ都度バンフェリウスのところに行こうとするが、出会った医師に説得され俗世間に戻ることを繰り返しながら、年月を重ねる。 相容れない立場でありながらもユリウスとバンフェリウスが真摯に議論できるところとか、俗人であるユリウスが自分の思いを通せずに揺れるところなど、感じるものがあった。

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2022/11/04

トルストイの数ある作品の中でも、「光あるうち光の中を歩め」は、手軽に読める一冊である。しかしながら、トルストイの人生観が凝縮された一冊でもある。 この本は、幼なじみであるが、その後、それぞれが別々の道を歩んでいくこととなるパンフィリウスとユリウスという二人の青年の対話形式の物語で...

トルストイの数ある作品の中でも、「光あるうち光の中を歩め」は、手軽に読める一冊である。しかしながら、トルストイの人生観が凝縮された一冊でもある。 この本は、幼なじみであるが、その後、それぞれが別々の道を歩んでいくこととなるパンフィリウスとユリウスという二人の青年の対話形式の物語である。 信仰に生きるパンフィリウスと、俗世間に生きるユリウス。真の幸福とは何かを追求し、自身の使命に目覚め、懸命に生きるパンフィリウスの姿を目にする度に心を動かされるユリウスではあるが、彼の心は振り子のように、理想と現実の間を揺れ動く。しかし、何もかもうまくいかず現実に生き詰まり、苦しみ抜いた先に、再び、パンフィリウスの元に足を運んだ。 「人生のまっすぐな道に入りなさい」 この言葉に随い、ユリウスは改心し、パンフィリウスと同じ道を歩み始め、使命に生きる喜びに包まれながら、その生涯を終えるところで本作は完結する。 本作品におけるパンフィリウスとユリウスの一連の対話は、人生の目的を模索し、本当の幸福を探求し続けてきたトルストイ自身の胸中における対話であり、「光あるうち光の中を歩め」との言葉は、自らの実体験から出た言葉なのだろう。

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2021/11/22

30数年ぶりの再読です。 物語の最後は、あやふやな記憶と違ってはいたが、印象深い本であることには変わない。当時友人と感想を語ったと記憶する。 放蕩息子のユリウスは、欲望・野心を満たし成功もするが、どこか満たされない。パンフィリウスの生きるキリスト教の世界に、何度となく惹かれるが...

30数年ぶりの再読です。 物語の最後は、あやふやな記憶と違ってはいたが、印象深い本であることには変わない。当時友人と感想を語ったと記憶する。 放蕩息子のユリウスは、欲望・野心を満たし成功もするが、どこか満たされない。パンフィリウスの生きるキリスト教の世界に、何度となく惹かれるが、思い切ることができない。 時は流れて現代も、ユリウスのような人はたくさんいる。満たされない思い・悩みも変わらずある。 社会の進歩は目を見張るものがあるが、人の心は・ ・・更に複雑になっているのか・・・再読後の感想です。 『ローマほど淫蕩(いんとう)と罪悪とに沈湎(ちんめん)している都会のないことは、これまた万人周知の事実だ。』とあるが、わたしの大好きな歴史小説「クォ・ヴァディス」を想い出す。 退廃した世の中、暴君ネロの恐怖政治、虐げられた人たち・・・そのような背景でキリスト教が人びとの心に浸透していく様を男女のロマンスを絡めて描いている。(ユリウスとパンフィリウスを「クォ・ヴァディス」では、軍人の男性とキリスト教徒の女性)読み応えのある歴史小説です。

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