破船 の商品レビュー
近代国家の道のりを歩み始める前の日本の閉鎖した貧しい漁村の物語。 伊作というまだ年端もいかない主人公の目線で淡々と語られるその生活は、現代社会で暮らす我々には想像もできない過酷なものであるが、あたかも本当に当時の人間が語っているような自然な語り口のリアリティーにより違和感なく読者...
近代国家の道のりを歩み始める前の日本の閉鎖した貧しい漁村の物語。 伊作というまだ年端もいかない主人公の目線で淡々と語られるその生活は、現代社会で暮らす我々には想像もできない過酷なものであるが、あたかも本当に当時の人間が語っているような自然な語り口のリアリティーにより違和感なく読者はその生活に入っていく事が可能となる。 自然のリズムに身をゆだね、そのもたらす恵みにより細々と命をつないでゆく人々。 生活は厳しく、身売りも普通に行われている。 生きるための非情な選択として灯火により交易船を岩礁地帯に誘い込み座礁させ積み荷を奪うという犯罪行為を村ぐるみでおこなっている。 これらの村の暮らしが丹念に無駄な情感を排した文体により語られる事により、物語にリアリティーを与える事に成功している。 異なる時間と世界を体験させてくれることが小説の醍醐味と言えるのならば、まさにこの本はそれを体現しているといえる。
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海沿いの寒村で暮らす人々が貧しさから抜け出す為に、冬の荒波の岸壁で毎夜塩をとるために海水を煮詰める。 実はその焚き火は沖を行く船を惑わせる灯りで… 吉村昭は実際の記録を元に物語を書く作家なので、実際にあったと考えると背筋がヒヤリとする。
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夜の海岸で焚き火をする。暖をとっているのではない。夜空を楽しんでいるのでもない。 獲物がくるのを待っているのだ。物資を積んだ船が罠に落ちるのを。 ある日、船がやってくる。赤い布を着た人間と災厄を載せて。
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吉村昭の作品の深さは分かっていたつもりですが、この作品の凄さは破格です。ほんの少し前の日本の多くの村々で営まれていた過酷な日常。これがムラで生きていた原点なのかと今更ながらに唸ってしまう。
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全体を読んだ後の一番の感想は、「暗い」である。 ただ、それは、結末が不幸に終わっていることに引きずられている面もあると思う。 読み返すと、主人公の伊作や村人がどのような手段であれ懸命に生きようとしていること、そして、伊作自身の成長がテーマなのではないかと感じた。
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お菓子とか食べながら読むと、心から申し訳なくなる。 リアリズムに徹した描写が厳しい生活を営む彼等を、写実のごとく淡々と描写する。 その描写こそが、生きる、それだけが生活の目的である村人たちを的確に表している。 因果応報という言葉を、思い出した。
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唐突に読んだことの無い作者に手を出してみました。 暗い。終始、真っ黒な荒削りの木版画の印象。そこへ、赤色の布が鮮やかに翻り、悲しい結末へと導かれる。感情を抑制した文面。貧しい小さな小さな漁村での少年の成長・心の内と村の移り変わりを淡々と記す。 最後まで、救いはない。というかこのような環境で生きてきた者にとっては、救いがあるもないも、当たり前、仕方のないことなのだろう。あまりの貧困さ故、体の動く家族は年季奉公にいって、お金を得る。そして、あえて気候の悪い夜に塩釜で火を焚き、船を座礁させ、積み荷を奪う。そうしなければ生きていけないから。良い悪いではなく、否、悪いことだとわかっていても、生きるために、昔から連綿と続けてきたこと。そして、罰が当たったというのが妥当なのかわからないが、2年続けてきた御船さまは天然痘を運び込んできた・・・ 最後、伊作が帰ってきた父親の元へと船を漕ぐシーン。母と弟・妹を亡くしてしまったことだけではない、3年間の想いがごちゃ混ぜになり感極まる。 孤立した村の閉ざされた因習。輪廻観も村独自の考えが浸透しており、伊作が時折死生観を回想するのも、独創的というか、閉じた世界ではそれがすべてなのだな、と。 さて、小説にはエンターテイメントいうか楽しさ、感動とかを求める性質の私としては、面白い本とは言い難い。が、淡々と書き進められ、ノンフィクションかと思わせる描き方はスゴイと思った。
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弟オススメで一気に読めた。 内容は江戸時代の小さな漁村が冬の夜の海を航海する船を火でおびき寄せて座礁され、その積荷や船の木材を回収し、乗組員を殺すというもの。ただ、その「お船様」という行為は特に悪いものとして描かれておらず、むしろそれが無いと家族が飢え死にしたり奉公に出されてしまうという意味で神からの贈り物として描かれている。 心が辛くなることもあったが、これがいわゆる村社会(日本社会)の仕組みなのだと感じた。人が知らず知らずのうちに作り上げていく判断基準となる宗教観や価値観というものが如何ほどのものかを知ることができる。 これは憐れむ話では全然ない。むしろ自分たちの存在がその村のおかげで輪廻していて救われている分、現代よりも満たされている部分もある。 これを読むと今までの自分の人生がどう規定されているのかを知ることができるかもしれない。誰だってこの村に生まれ育てば「お船様」を願うことになるからだ。
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吉村昭の9作目。今回の作品が最も何が起こるのか分からないまま後半まで話が進んでいった。結末は悲惨。こういうおどろおどろしい文章を淡々と書き進める作風はいつ読んでも良い。また新しいものに手を出したくなる。次は何にしようかな。
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冬が近づいてくると、身ごもった女性が船にのり海へ出てお船様がきますようにと祈祷する。 冬になると、お船様の目印になるように、夜を通して浜辺で炎を焚く。お船様は、海や山のように村に恵みをもたらし、お船様がくると村からは歓声が噴き上り、狂ったように体をはずませ、中には今までの飢え...
冬が近づいてくると、身ごもった女性が船にのり海へ出てお船様がきますようにと祈祷する。 冬になると、お船様の目印になるように、夜を通して浜辺で炎を焚く。お船様は、海や山のように村に恵みをもたらし、お船様がくると村からは歓声が噴き上り、狂ったように体をはずませ、中には今までの飢えにおびえつづけた生活の苦しみと悲しみがよみがえり、肩を波打たせ激しく泣く者もいる。 お船様にある死体は、村の風習にしたがい火葬する。生き残っていた者も殺害し、同じく火葬する。 積み荷を降ろして家に運び入れた後、痕跡が残らぬようお船様を木片にまで解体し、山中にばらまく。積み荷が村全体に配られたのち、その恵みをありがたくいただく。 漁村に古くから伝わる過酷な風習を書きながら、生きるために寄り集まる村という共同体の有様を詳細に書く。生きるために集うという、根源的な共同体の様子を記録文学として歴史に残す。
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