悪人 の商品レビュー
一気読み必須
容赦ない。やるせない重さがのしかかる。「悪人」と一言で言うが、それは一体誰なのか?何をもって悪と定義するのか、何が愛なのか。ある殺人事件からスタートする、深い深い物語。一気読み必須。
zxc
今日はチャリでりとるもんすたぁと図書館へw ってな事で吉田修一の『悪人』 怒りを読んで面白かったのでこちらも予約したらすぐ来たw 保険外交員で気の強い石橋佳乃、おっとりした眞子、疑い深い沙里の3人が天神のバーで知り合った大学生の金持ち増尾圭吾たちと遊んでから、佳乃は眞子と沙...
今日はチャリでりとるもんすたぁと図書館へw ってな事で吉田修一の『悪人』 怒りを読んで面白かったのでこちらも予約したらすぐ来たw 保険外交員で気の強い石橋佳乃、おっとりした眞子、疑い深い沙里の3人が天神のバーで知り合った大学生の金持ち増尾圭吾たちと遊んでから、佳乃は眞子と沙里に圭吾と付き合ってると嘘をつく…。 実は佳乃は他にも出合い系サイトで清水祐一と言う車好きな土木作業員とも遊んでいた。 そんなある日、福岡市と佐賀市の間にある三瀬峠で佳乃が絞殺され発見された。 その直後に行方不明になった増尾圭吾が容疑者として捜査線上に浮かぶが…。 ここから更なる登場人物やそれぞれの生い立ちからの展開が何とも切ないw やり切れない気持ちと共感する気持。 分からん事も無いけど犯罪はいけんよなぁと…。 現実の事件で公にされない当人だけの真相には、似た様な感情と生き様が有るんじゃろうな考えさせられた。 人殺しが悪人と言い切れず、根の腐ってる奴が悪人なのでは…。 2015年40冊目
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日常の暗い描写が凄まじい 満たされた生活をしていないの人間の解像度が高過ぎる 読んでいるだけでメンタルが少しずつ削られる それだけ描写が上手いということではあるが読んでてしんどい ただ終盤にかけて絶望の中から希望を見出す人々の姿は素晴らしかった 誰が悪人だったのかというのは考...
日常の暗い描写が凄まじい 満たされた生活をしていないの人間の解像度が高過ぎる 読んでいるだけでメンタルが少しずつ削られる それだけ描写が上手いということではあるが読んでてしんどい ただ終盤にかけて絶望の中から希望を見出す人々の姿は素晴らしかった 誰が悪人だったのかというのは考えさせられた というか悪人が誰かのために悪人になっているケースがあるのか
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暴力で命を奪ってしまったことは許されることではないが、祐一の気持ちも分からないこともなく、祐一が悪人だとは思えない。 それよりも罪には問われないが、人の心を踏み躙る他の登場人物たちの方がよっぽど悪人だと感じました。
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朝日新聞に2006年に連載された。今から17年前であるが、全く記憶にない。 朝日新聞の佐賀か長崎か福岡を舞台にした小説ということで紹介されていた。場所が不案内なせいかいまいちよくわからない。長崎の坂と中華街が少しわかる程度である。2時間ぐらいで読み終わると考えていたら意外と時間...
朝日新聞に2006年に連載された。今から17年前であるが、全く記憶にない。 朝日新聞の佐賀か長崎か福岡を舞台にした小説ということで紹介されていた。場所が不案内なせいかいまいちよくわからない。長崎の坂と中華街が少しわかる程度である。2時間ぐらいで読み終わると考えていたら意外と時間がかかった。
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出会わなけれ良かったのか 好きにならなければよかったのか 出会う順番が間違っていたのか 「悪人」は誰なのか 切ないよりも やるせない 殺さないで欲しかった ただそれだけ
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-2007.06.19記 「ブックレビューガイド」というWebサイトがある。 年間15万件以上あるという新聞.雑誌などの書評紹介記事をデータベースに、多種多様の氾濫するBooksの現在まさに旬の情報を提供しようというものだ。 このサイトによれば、本の紹介件数ランキングでこのところトップに君臨しているのが、昨年の朝日新聞の朝刊小説でこの4月に単行本化された吉田修一の「悪人」なのだ。私はといえば、毎日新聞の今週の本棚-5/20にあった以下のような辻原登の書評に動かされて本書を買い求めたのだったが、昨夕から今日にかけて一気呵成に読み継いだ。私にすればめずらしく久しぶりの小説読みに酔った時間といっていい。 辻原曰く「すべての『小説』は『罪と罰』と名付けられうる。今、われわれは胸を張ってそう呼べる最良の小説のひとつを前にしている。渦巻くように動き、重奏する響き-渦巻きに吸い込まれそうな小説である。渦巻きの中心に殺人がある。日常-リアルをそのまま一挙に悲劇-ドラマへと昇華せしめる。吉田修一が追い求めてきた技法と主題-内容の一致という至難の業がここに完璧に実現した。 主題-内容とは、惹かれあい、憎みあう男と女の姿であり、過去と未来を思い煩う現在の生活であり、技法とはそれをみつめる視点のことである。視点は主題に応じてさまざまに自在に移動する。鳥瞰からそれぞれの人物の肩の上に止まるかと思うと、するりと人物の心の中に滑り込む。この移動が、また主題をいや増しに豊かにして、多声楽的-ポリフォニックな響きを奏でる。無駄な文章は一行とてない。あの長大な『罪と罰』にそれがないように。主人公祐一の不気味さが全篇に際立って、怪物的と映るのは、われわれだけが佳乃を殺した男だと知っているからだが、もし殺人を犯さなければ、彼はただの貧しく無知で無作法な青年にすぎなかった。犯行後、怪物的人間へと激しく変貌してゆく、そのさまを描く筆力はめざましい。それは、作者が終末の哀しさを湛えた視点、つまり神の視点を獲得したからだ。それもこの物語を書くことを通して。技法と内容の完璧な一致といったのはこのことだ。最後に、犯人の、フランケンシュタイン的美しく切ない恋物語が用意されている。悔悛の果てから絞り出される祐一の偽告白は、センナヤ広場で大地に接吻するラスコ-リニコフの行為に匹敵するほどの崇高さだ。」と。 読み終えての感想はといえば、とても小説読みとはいえそうもない私に、この書評に付け加えるべき言葉など思い浮かぶべくもない。彼の書評に促されてみて、決して裏切られはしなかったというだけだ。 「彼女は誰に会いたかったか?」、「彼は誰に会いたかったか?」、「彼女は誰に出会ったか?」、「彼は誰に出会ったか?」、そして最終章に「私が出会った悪人」と、些か哲学的或いは心理学的なアナロジーのように章立てられた俯瞰的な構成のもと、紡ぎだされてゆくその細部はどれも見事なまでに現実感に彩られ、今日謂うところの格差社会の、その歪みに抑圧されざるをえない圧倒的多数派として存在する弱者層の、根源的な悲しみとでもいうべきものが想起され、この国の現在という似姿をよく捉えきっている、と書いてみたところで、辻原評を別な言葉で言い換えて見せているにすぎないだろう。 また、辻原評に先んじて、読売新聞の書評欄「本よみうり堂」-4/9で川上弘美は、 「殺された女と殺した男とそこに深く係わった男と女と。そしてその周囲の係累、同僚、友人、他人。小説の視点はそれら様々な人々の周囲を、ある時はざっくりと、ある時はなめるように、移動してゆく。殺されたという事実。殺したという事実。その事実の中にはこれほどの時間と感情の積み重なりと事情がつまっているのだということが鮮やかに描かれたこの小説を読みおえたとき、最後にやってきたのは、身震いするような、また息がはやまって体が暖まるような、そしてまた鼻の奥がスンとしみるような、不思議な感じだった。芥川龍之介の『藪の中』読後の気分と、それは似ていた。よく書いたものだなあと、思う。」と記しているが、この実感に即した評も原作世界によく届きえたものだと思われるが、果たしてこの川上評から促されて本書を求めたかどうか、おそらく私の場合そうまではしなかっただろうというのが正直なところだ。
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読みやすくてラストまであっという間。読み終わった後、悪人とは…じわじわ考えた。読みごたえあり面白かったけど、どうも心がザワザワして落ち着かなかったので評価は低めです。
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結局のところ何が悪で何が悪出ないかなんて私たちにはわかりやしないのだ。 人を殺してしまった祐一、しかし祐一が佳乃を殺してしまうには理由があって仕方がない殺しだともいえる。逆に言えば佳乃は殺されて仕方がないとも思える。 増尾は罪に問われるような悪はしていない。しかしそれは本当に悪ではない、罪ではないのだろうか。 光代は祐一と逃げたいと望んだ。それはいい言い方をすれば愛ともいえる。しかしそれは本当に愛なのだろうか。一緒にいたいからと言って自首を許さなかったそれは本当に愛なのだろうか、悪ではないだろうか。 私たちが法でさばける悪などほんの一部で、悪なんてものは私たちの主観でしかなくて、手に及ぶものではないのではないか。
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