大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章- の商品レビュー
「大工よ、屋根の梁を…
「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」は、サリンジャーの作品の中で一番好きな作品です。自分に忠実に義務を果たそうとする青年「シーモア」と、形式化された社会システムの間で、何も考えずに社会システムの一部となっている人々(普通の人々)はシーモアの行動が理解できず、誤った判断をしてしまいます...
「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」は、サリンジャーの作品の中で一番好きな作品です。自分に忠実に義務を果たそうとする青年「シーモア」と、形式化された社会システムの間で、何も考えずに社会システムの一部となっている人々(普通の人々)はシーモアの行動が理解できず、誤った判断をしてしまいます。社会のルールを鵜呑みにしている人々(普通の人々)の悲しい行動を見せ付けられるようで初めのうちは悲しくもなりますが、そのうちにその言動が面白くなってきます。現代社会の雰囲気を暗くなりすぎずに伝えられるところ
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グラースサーガが2本…
グラースサーガが2本収録されています。とても深く、考えさせられる作品です。
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シーモアの自殺をめぐ…
シーモアの自殺をめぐって、その家族の混乱が描かれています。哲学的な文章です。
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大工よ〜は破茶滅茶に良かった。結婚式に現れなかったシーモアと、そのシーモアの弟であることを隠して新婦側の人間たちと交流することになってしまったバディの緊張感が物語を引っ張る。出てくるキャラクターも個性的で、思わずくすっと笑ってしまうような感じもあって豊かな短編だと思った。そうそう...
大工よ〜は破茶滅茶に良かった。結婚式に現れなかったシーモアと、そのシーモアの弟であることを隠して新婦側の人間たちと交流することになってしまったバディの緊張感が物語を引っ張る。出てくるキャラクターも個性的で、思わずくすっと笑ってしまうような感じもあって豊かな短編だと思った。そうそう、こういうのが読みたいんだよ、という感じだった。サリンジャーは長編も良いが、短編の切れ味もまた素晴らしい。 シーモア序章は、正直ハプワースと同様、読めたもんではなかった。何を言っているのかさっぱりわからないし、そもそも小説でもないような訳のわからない文章。生き生きとした小説を書くサリンジャーが、晩年?というか後期に入っていくとこういうぐるぐる回って出口のないような謎の文章ばかり書いていくようになったのは本当に残念なことだ。未発表原稿などもあるという噂だが、おそらくこういうテイストのものなんじゃないかと思う。
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「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」の方はとても好き。特にシーモアの日記が。 「シーモア序章」の方は、手探りで書かれている感じが生々しく、「地下室の手記」に通じるような自家中毒の感じがあり、でもさすがに錯綜しすぎていて疲労した。
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難解であることは間違いない。 「バナナフィッシュ日和」から一連で読みながら、バディがシーモアで、サリンジャーでもあるように思えた。 死ぬことによって永遠になり、バディの中で、生き続けているのかと。 本来、人は成長しながら産道を何度かくぐり抜けていく、その先に次の自分がいるよ...
難解であることは間違いない。 「バナナフィッシュ日和」から一連で読みながら、バディがシーモアで、サリンジャーでもあるように思えた。 死ぬことによって永遠になり、バディの中で、生き続けているのかと。 本来、人は成長しながら産道を何度かくぐり抜けていく、その先に次の自分がいるように思う。自意識が肥大し、抜け出せなくなったシーモア(自分)をサリンジャーは殺したのかもしれない。 くぐり抜けずに留まった自分を自分の中で飼い続けた結果が、「シーモア序章」のように思えた。
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「バナナフィッシュにうってつけの日」を読んでから、いつかは読まなくてはと思ってた本。 でも、読まなくても良かったかも。 「大工よ、」はバナナフィッシュの前日譚。グラース家の長兄、シーモアの結婚のドタバタを次兄バディが語る。子供の頃から天才で、兄弟姉妹でラジオ番組を持っていたとい...
「バナナフィッシュにうってつけの日」を読んでから、いつかは読まなくてはと思ってた本。 でも、読まなくても良かったかも。 「大工よ、」はバナナフィッシュの前日譚。グラース家の長兄、シーモアの結婚のドタバタを次兄バディが語る。子供の頃から天才で、兄弟姉妹でラジオ番組を持っていたというのは、フラニーとゾーイでも語られていたこと。所謂、世間と折り合いが悪い性格がうっすら伝わってくる。でも、浅い描写で終わっていると思う。 大工よ、…のタイトルは、文中に出てくるけれど、このタイトルにする理由ある? 「シーモアー序章ー」。しっかり読み終えたのは、翻訳家の優れた仕事のお陰。しかし、こんなに文章を読む喜びの無い読書って何だろう。普通だったら、さっさと途中で読書を辞めてたと思う。 次兄バディは40になり、小説家であり、大学での教職にも就いている。サリンジャーの分身のなのか。しかし、シーモアのことをダラダラ語っているけれど、何も語っていないと云っていいぐらい中身がない。 あとがきによれば、「大工よ、」がニューヨーカーに発表されたのが1955年11月。表紙の折り返しには、「大工よ、…」と「シーモアー」が刊行されたのが1963年。 この時間の間に作家としての才能が尽きたんじゃないのかな。 村上春樹さんや柴田元幸さんもサリンジャーは重要な作家だと聞く。だけど、チョッとした才能はあったんだけど、それが尽きて隠棲したんじゃないの。みんな勘違いして、有難がっているんじゃないかと思う。 「ライ麦畑」は村上訳のキャッチャーも読んだ。「フラニーとゾーイ」「ナイン・ストリーズ」も読んだ。結局、心が動かされことはなかった。もう。これでいいかな。
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内容ではないのだけど、やはり翻訳する方は揃えたほうが読みやすいかもしれない。 個人的には野崎孝さんの「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」の方が好み。 内容的にはシーモア〜の方が、“シーモア”についてバディが語る場面が多く、より“シーモア”に関する中身があってなかなか興味深いのだけど...
内容ではないのだけど、やはり翻訳する方は揃えたほうが読みやすいかもしれない。 個人的には野崎孝さんの「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」の方が好み。 内容的にはシーモア〜の方が、“シーモア”についてバディが語る場面が多く、より“シーモア”に関する中身があってなかなか興味深いのだけど、なんともお2人の日本語の使い方(?翻訳の仕方?)に困惑してしまい、少し、読むのに手間取った。 とはいえ、ナインストーリーズをまた手に取りたくなる。シーモアのことを知れば知るほど、他の兄弟についても知りたくなる。 とても中毒性のある作品たち。
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何を思ったか憶えていたいのだが、ふと Salinger の文庫本を手に取ってしまった。『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』は『バナナフィッシュにうってつけの日』などに登場するシーモアの結婚式の日のできごとを、シーモアの弟でありナレーターでもあるバディが回想する物語、『シーモア - 序...
何を思ったか憶えていたいのだが、ふと Salinger の文庫本を手に取ってしまった。『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』は『バナナフィッシュにうってつけの日』などに登場するシーモアの結婚式の日のできごとを、シーモアの弟でありナレーターでもあるバディが回想する物語、『シーモア - 序章』も同じくバディがシーモアについて語るが、すでに物語ではなく実験小説的な色合いが強い。『ナインストーリーズ』を20年ぶりくらいに読み返したいが、本棚の中に見当たらない。はて、どこへやったか…。
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サリンジャー作品で一番好き。バディがシーモアが原因で色んなことに巻き込まれても、ちゃんとずっとシーモアが好きで嬉しい。
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