第一阿房列車 の商品レビュー
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著者の語り口が飄々としていて、果たして旅を存分に楽しめているのだろうかと思いながら読んでいました。 ヒマラヤ山系さんも気ままな著者に連れ出され、そんなに楽しんでいるようにも思われないのですが、それでも毎回お供するということは、それなりに楽しいのだろうと思いしました。 横手の小鯛は例外ですが、旅の楽しみの一つの食事も外ればかり。(毎回大量に飲むお酒は美味しそうで、宴会も楽しそうに見受けましたが。)そんな感じでも再々列車に乗って旅に出るのは、やっぱり著者なりに楽しいからなのだろうと思いました。
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区間阿呆列車:東京から御殿場線経由で沼津、静岡まで行く編。途中、横浜駅で購入した弁当が代用米使用と表示のある支那料理風の焼き飯、甚だうまくない、外米をふやかしたのを油でどうにかしたような、丸で飯粒の姿のない代物、後味が悪い。山北駅、富士岡は今もスイッチバックがあるのか? 山北駅は...
区間阿呆列車:東京から御殿場線経由で沼津、静岡まで行く編。途中、横浜駅で購入した弁当が代用米使用と表示のある支那料理風の焼き飯、甚だうまくない、外米をふやかしたのを油でどうにかしたような、丸で飯粒の姿のない代物、後味が悪い。山北駅、富士岡は今もスイッチバックがあるのか? 山北駅は2022年11月16日に訪問。広い構内が当時をしのばせた。昔は映画館が複数あったそうな。 興津、由比は気分的にスイッチバック? 最後のコメント、一等車にいながら食堂車に居座って一等車の意味が無いは心当たりあり。(スイスの食堂車) 鹿児島阿呆列車(前編)37列車、博多行き筑紫号、寝台で晩酌、なかなかよいもんだ。呉線がそこまで景色が良いとは思わなかった。再訪しないといけない。 三石駅、吉井川、瀬戸駅、線路がコウコウと鳴る、砂塵をあげて西大寺駅通過、リアルに記載されている。鹿児島駅を降りた時、目の前に山があり、その間に海がある。なので桜島。 鹿児島阿呆列車(後編):鉄道ど関係無い記述が多い。肥薩線は様子が良くわかった。三等編成、魚臭い、矢岳、吉松駅、ループ線、球磨川。無縁のおむすびの部分は笑えた。 東北本線安房列車:大阪に行く特別阿呆列車にも匹敵する良い内容であった。東北本線101列車は仙台止まりであるが一部車両が常磐線経由201列車に併結、更には1両が会津若松、院内に行くというきめの細かい車両運用には驚いた。朝の弱い百閒は1日早く出て福島に宿泊するのはなかなかの名案。東京駅と違い上野駅の薄暗い感じがかえってドブネズミのようなヒマラヤ山系に似合う。 赤羽に着いて、大宮に着いて、利根川の鉄橋を渡って、段段馴染みのない景色の中へ這入って行った。宿の女中が”準急”で来たのかと聞いたのを”選挙”で来たと聞き間違えたのは笑える。福島から山形へ行くのに青森を経由すると言えばとんでもないと言われる。いろいろトラブルのある女中であったが茶代と心付けを断るのを見て高潔と称賛する。 翌日、本来予定していた101列車に乗車、仙台で車両を移り松島の綺麗な景色を眺めながら北上。沼宮内駅では駅弁が売れない。駅員が駅名のまくまないを”うまくない”と連呼するから。金田一(きん”た”いち)駅というのは知らなかった。現在は金田一温泉駅と改名されている。 小川原、沼崎(現在の上北町)の間で右側に恐ろしく大きな沼を見た。→小川原湖 野辺地からは陸奥湾に沿って走る。暮れかけた水明かりで、空の色を下から明るくしている。反対側の西空は、浮雲の切れ目に夕日が残り、ほろせの様なぶつぶつした小さな山が、いくつも連なって、遠い陰を作っている。文章が素晴らしい。 ほろせ:皮膚に出来る小さな発疹の事。 奥羽本線後章:お酒に関するコメントが面白い。行く先々で 毎晩お酒を飲み、それはいいけれど必ず飲み過ぎて酔っ払う。 お酒は酔うまでがいいので酔っ払ってからの事は、いいのかよくないのか判然しない。そうして翌日は歴然とよくない。嫌な気持ちで鬱陶しくて世界の終わりに近づいたような気がする。安房列車の何の用事も気苦労もない旅行でもしお酒というものを飲まなかったら宿から宿への出立がどんなにすがすがしいだろうと思う。しかし今晩からもうお酒を飲むのはよそうと考えるのは六ずかしい。せめてあまり飲みすぎないように心がけたい。太宰治の津軽でも同様の記述があった。
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特に何の目的も持たずに長距離列車に乗る旅を綴った物語。 目的が無いだけに大きな出来事も起こらず単調ですし、文章や感じも古くて少し読みにくいのですが、現代との違いが生々しく感じられて面白い。 内田百閒という人は偏屈で惚けたオヤジながら、何とも憎めない雰囲気を持つ魅力的な人ですね。
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用事がなくても旅に出る。お金がなくても旅に出る。忙しい現代人には考えられない(当時も?!)、旅をすること自体が目的になった究極の旅本。 内容はくだらない(失礼!)ことばかりなんですが こんな旅に出たいな、と思わせる名著です。
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若い時は、余り電車に興味はなかったが、歳を取るにつれ、長時間乗るようになってきた。 決して乗り鉄ではないと思うが、遠くに行ってみたいと思う。 乗り鉄ということばがなかったであろう時代の、百閒先生目的のない旅。 あー、リタイアしてお金があったら、列車で旅に出たいと思わせる良書。
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戦後直後の乗り鉄の旅。 近代文学的な淡々とした展開で、読むのに時間がかかった。 「用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。」 「今度は用事はないし、一等車はあるし、だから一等車で出かけようと思う。 (中略) しかし用事がないと云う、そのいい境涯は片道しか味わえない。なぜと云うに、行く時は用事はないけれど、向うへ着いたら、着きっ放しと云うわけには行かないので、必ず帰って来なければならないから、帰りの片道は冗談の旅行ではない。そう云う用事のある旅行なら、一等になんか乗らなくてもいいから三等で帰って来ようと思う。」
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なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う、という有名な冒頭の一節が、これがどんな本かをあらわしてます。 偏屈爺の作者ととぼけた国鉄職員の二人の鉄分の多すぎる珍道中が綴られます。作者のボヤキがいちいちおもしろい。
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大好きな百けん先生のこのシリーズをようやく読む。 なんともこの表紙がぐっとくる。 続く、2,3のどの表紙もほれぼれ。 なかなか今の時代、こんな重鎮はお目にかかれない。 電車(汽車)に乗ること、お酒が目的で、目的地にはなんの思入れもないこの姿勢がなんともあっぱれ。 辛口かと思...
大好きな百けん先生のこのシリーズをようやく読む。 なんともこの表紙がぐっとくる。 続く、2,3のどの表紙もほれぼれ。 なかなか今の時代、こんな重鎮はお目にかかれない。 電車(汽車)に乗ること、お酒が目的で、目的地にはなんの思入れもないこの姿勢がなんともあっぱれ。 辛口かと思いや、アイスクリームを2つも平らげる。 なんとも豪快な人物だけど、描写は繊細。 東海道線をはじめとした昔の趣もまた楽しい。
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著者、内田百閒さん、どのような方かというと、ウィキペディアには次のように書かれています。 內田 百閒(うちだ ひゃっけん、1889年〈明治22年〉5月29日 - 1971年〈昭和46年〉4月20日)は、日本の小説家、随筆家。本名榮造。別号は百鬼園(ひゃっきえん)。 夏目漱石の...
著者、内田百閒さん、どのような方かというと、ウィキペディアには次のように書かれています。 內田 百閒(うちだ ひゃっけん、1889年〈明治22年〉5月29日 - 1971年〈昭和46年〉4月20日)は、日本の小説家、随筆家。本名榮造。別号は百鬼園(ひゃっきえん)。 夏目漱石の門下生の一人で、夢の光景のように不可解な恐怖を幻想的に描いた小説や、独自の論理で諧謔に富んだ随筆を多数執筆し、名文家として知られる。 鉄道に関しては「目の中に汽車を入れて走らせても痛くない」というほど愛しており、国鉄職員であった「ヒマラヤ山系」こと平山三郎をお供に、全く無目的に、ただひたすら大好きな汽車に乗るためだけの旅を実行、それを『阿房列車』という鉄道紀行シリーズにまとめた。のちに『南蛮阿房列車』を書いた作家の阿川弘之、鉄道紀行作家の宮脇俊三も、自らの先達として百閒を挙げている。 81歳にて亡くなられていますので、当時としては大往生になると思います。 で、今回手にした、『第一阿房列車』。 無目的な鉄道旅をユーモラスに綴った作品になりますが、なかなか面白いですね。 文体も読みやすくて良いです。 冒頭は、次のように始まっています。 阿房と云うのは、人の思わくに調子を合わせてそう云うだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考えてはいない。用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。 ●2023年4月21日、追記。 現在の、乗り鉄。 私も、高校生時代は、国鉄全制覇などと考えたが、何もしないまま、現在に至りました。
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一度読んでみたかった内田百閒さんの随筆。今で言うところの「乗り鉄」であり、国鉄職員の「ヒマラヤ君」と一緒に、日本国中を旅して回る。ただ、目的を決めないことがルールになっていて、誰と会うとか、どこにいくとか、何を見るとか、そいういうことは一切ない。行って温泉宿などに泊まり、飲み食い...
一度読んでみたかった内田百閒さんの随筆。今で言うところの「乗り鉄」であり、国鉄職員の「ヒマラヤ君」と一緒に、日本国中を旅して回る。ただ、目的を決めないことがルールになっていて、誰と会うとか、どこにいくとか、何を見るとか、そいういうことは一切ない。行って温泉宿などに泊まり、飲み食いして帰ってくるだけ。その旅の記録と洒脱な会話が面白く、こんな旅もいいなあと思う。そろそろ旅に出ようかなあ。
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