第一阿房列車 の商品レビュー
こんな飄々と味わい深…
こんな飄々と味わい深い汽車旅の書は他に類を見ない。本当は旧仮名使いが良いのだけど、せっかく復刊したのだから、まあいいっか☆読めば汽笛一声、富士の日本晴れが見えます。
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百閒先生が、汽車に乗…
百閒先生が、汽車に乗り、酒を飲み、人を食った話で煙に巻く。ただそれだけで、絵になるのですから凄いです。
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元祖乗り鉄百閒先生の紀行文、面白すぎる… ダラダラして余白があって偏屈で 、しかも小気味いい名文 ヒマラヤ山系さんをお世話係?に連れ歩くのは、今の感覚では気詰まりじゃないの?と思うけど、そこはやはり当時の有閑階級なんだろうな
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約20年の積読からの読了。しかも、まさかの音読。大学生の頃百閒先生が好きで色々読み漁ったが、阿房列車はあまりに内容がダラダラして肩の力が抜けすぎて、読み切らずにおいていた。保育園の息子がなぜか古い電車に興味を持ったので、本棚にあった阿房列車を毎晩読み聞かせたところ、なんと一冊読了...
約20年の積読からの読了。しかも、まさかの音読。大学生の頃百閒先生が好きで色々読み漁ったが、阿房列車はあまりに内容がダラダラして肩の力が抜けすぎて、読み切らずにおいていた。保育園の息子がなぜか古い電車に興味を持ったので、本棚にあった阿房列車を毎晩読み聞かせたところ、なんと一冊読了できてしまった。 声に出して読みたい日本語じゃないけれど、やはりとても美しい文章だった。 内容はやっぱりダラダラして肩の力が抜けるというか、まあ、阿房列車だ。こういう読書は本当に良い。ありがたい。息子に感謝。 それにしても、保育園児の心もつかむ百閒先生はやっぱりすごい。彼は毎晩これを聴きながら安らかに眠っていた。第二阿房列車もあるので、当面の寝る前の読み聞かせになりそうだ。
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ユーモアと自由を感じる、観光ではない紀行文の名著。 一部には戦争の爪痕も残る1950年、鉄道での移動がそこまで一般的でなかった時代。特別急行列車の一等で大阪へ、というのはファーストクラスで海外へ、くらいの感覚だったのでは。それを、用もなくただ行って帰ってくる。酔狂だなぁ… 1....
ユーモアと自由を感じる、観光ではない紀行文の名著。 一部には戦争の爪痕も残る1950年、鉄道での移動がそこまで一般的でなかった時代。特別急行列車の一等で大阪へ、というのはファーストクラスで海外へ、くらいの感覚だったのでは。それを、用もなくただ行って帰ってくる。酔狂だなぁ… 1. 「乗り鉄」の大先輩への感謝 2. ユーモラスな振る舞い・文章 3. 「自由」には「余白」が必要 1. 「乗り鉄」の大先輩への感謝 百閒先生、気難しい大御所という感じですが、そういう方がこの酔狂をやってくれたことで「移動は目的がないといけない」のような固定観念が取り払われた面はあろうかと思います。 残念ながら鉄道会社の方は、この時代のような長距離列車も夜行列車も瀕死状態ですが、鉄道を楽しむ文化はしっかり育ったようにも思います。 青春18きっぷが使いづらくなって、若者が鉄道で旅をしなくなるのでは(中長期で文化が衰退する?)という危惧はありつつ、本著はこの種の文化の相当根っこの方にあるもので、今回触れられて良かったと思います。 2. ユーモラスな振る舞い・文章 百閒先生、「何事によらず、明日にのばせる事は、明日にのばした方がいい」というのは有閑階級だなぁ思いつつ、浮世離れした痛快さも感じます。 飲みのお誘いを断るにあたり「何も用事がないのは、何も用事がない様にして来たからで、用事がないと云うのが私の用事である」というのはお見事? 「お酒は酔う迄がいいので、酔ってからの事は、いいのか、よくないのか判然しない。そうして翌日は歴然とよくない。」全くその通りだなと(笑 3. 「自由」には「余白」が必要 さて、本著を読了して思ったのは、1950年の日本にはそこかしこに「余白」があり、それが百閒先生の自由な旅を支えていたということ。 満席の特別急行の座席もかけあうと確保できる(調整席かしら?)、旅館の部屋も変更できる、乗車中の食事は食堂車・駅売り+一等車のボーイに酒を買ってくるよう頼むこともできる… 2025年は、当時より自由になってるんだろうか…?と考えてみると微妙で、イールドマネジメントが徹底されて交通機関も宿泊施設も当日飛び込みへの対応は難しい気がします。(当時ですら流石に予約している旅程もありましたが) もちろん、当時より旅は安くなっているので「早めに旅程を固めて予約すれば」今は皆にとって旅に出やすいいい時代なのでしょう。 という訳で、今では少しやりづらい自由気ままな旅、続刊をもう少し楽しんでみたいと思います! ちなみに、著者の履いている靴「キッド皮の深護謨」って何だろうと思って調べたら、高級な生後1年未満の山羊革を使ったサイドゴアブーツとのこと。確かに洒落てる。
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極度の面倒臭がりの割には、やたらと列車で特に用もないのに遠出をするのがお好きな百閒先生の、死んだ猫に取っ手を付けたような鞄、とか、死んだ鼠の毛をむしり掛けた様なぼろ靴、という描写が可笑しくてしようがない。 面白おかしく読んでいるけれど、たまにわからない難しい言葉がふいと出てくる...
極度の面倒臭がりの割には、やたらと列車で特に用もないのに遠出をするのがお好きな百閒先生の、死んだ猫に取っ手を付けたような鞄、とか、死んだ鼠の毛をむしり掛けた様なぼろ靴、という描写が可笑しくてしようがない。 面白おかしく読んでいるけれど、たまにわからない難しい言葉がふいと出てくる。 「蕭殺」という言葉は恥ずかしながら初めて知った。 いずれにせよ、めんどくせぇ爺さんだなあ、という感想。
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<目次> 略 <内容> 百閒先生の「阿房」なことと言ったら…。元祖”鉄オタ”なんだけど、本の中ではそうしたことは詳説しない。それ以外の部分がやたら詳しく、そして可笑しい。列車に乗る前の宿の様子、女中とのやりとり、相棒の「ヒマラヤ山系」さんのこと、朝食は食べないけど、進められて閉...
<目次> 略 <内容> 百閒先生の「阿房」なことと言ったら…。元祖”鉄オタ”なんだけど、本の中ではそうしたことは詳説しない。それ以外の部分がやたら詳しく、そして可笑しい。列車に乗る前の宿の様子、女中とのやりとり、相棒の「ヒマラヤ山系」さんのこと、朝食は食べないけど、進められて閉口する様子…。『第二阿呆列車』も読まないとね…
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偶々出会った一冊だが、或る種の「古典」であると思う。内田百閒(うちだひゃっけん)(1889-1971)の作品だ。「旅をする」という内容で、頁を繰りながら作中の人達と共に、やや遠い時代の列車に揺られて旅をしているような気分にもなれる。 「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ...
偶々出会った一冊だが、或る種の「古典」であると思う。内田百閒(うちだひゃっけん)(1889-1971)の作品だ。「旅をする」という内容で、頁を繰りながら作中の人達と共に、やや遠い時代の列車に揺られて旅をしているような気分にもなれる。 「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う」という、本作の冒頭部に出ているフレーズは少し知られているようだ。本当にこのフレーズのように、本作中の「私」または「先生」と呼ばれる人物、作者自身は格別の目的を持たずに列車で旅をして、そういう様子を綴っている。それが本作だ。実際の様子に些かの脚色も加わっていて、作者自身は「小説を綴る」というような様子に近い感覚で綴っているのかもしれない。現在の読者の目線では「往年の旅行記」で、「少し知られている作品」ということにもなる。 「用事がないけれど」ということで乗車する列車を作者は「阿房列車」(あほうれっしゃ)と名付けている。その題の下に紀行のような文章を綴り続け、何回にも亘って発表している。それを一冊に纏めたモノの“第1集”というようなことで、本書は『第一阿房列車』と名付けられたのであろう。 内田百閒は岡山出身であるという。郷里の岡山と活動していた東京との間は、列車で何度も往復していた筈だ。それを伺わせる記述も本書には在った。そして「用事がないけれど」と列車に乗って出掛けてみることを繰り返しているのは、列車で移動すること、そういう状態に身を置くことを何となく好んだのであろうと、本書を読んでいて感じられる。 本書の最初の方、大阪へ向かう篇を読み始め、<はと>という列車愛称やC62形蒸気機関車の名が登場し、「新しい制度の中学校の生徒」という表現が在った。これらから「1950(昭和25)年前後?」と推察した。後から調べると思ったとおりであった。 本書に在る紀行(大阪、静岡県方面、鹿児島、東北線や奥羽線の各地)は1950(昭和25)年の旅で、各篇はその翌年、翌々年に雑誌掲載され、『阿房列車』の題で本となった。(このシリーズが続いたので、後に「第一」というのが冠せられたのであろう。) 昭和10年代の末から昭和20年代の初めは、戦時の影響が色々と在って、鉄道に関しても「戦前の最盛期」の様子が色褪せてしまっていた。1950(昭和25)年頃になって来ると、「戦前の最盛期」の様子に近い状況になり、新しい車輌や新しい列車も登場するようになっている。本書の各篇で、そういう様子が感覚的に存外に強く伝わって興味深かった。 本作中の「私」または「先生」と呼ばれる人物(=内田百閒)は、「ヒマラヤ山系」というニックネーム、作中では「山系君」というように呼ばれる場合が多い、若い友人を伴って旅に出ている。「山系君」は鉄道職員で、訪ねた各地に知人が居る、または訪ねた場所の鉄道関係者に泊まる宿の手配を依頼するというようなこともしていた。 「用事がないけれど」と列車に乗って出掛けてみるとしているが、本当に用事らしい何かは無い。辿り着いた場所で積極的に何かを観るようなことをするのでもない。「山系君」の知人や鉄道関係者や、その他の人達と宿等で酒席を設ける場合が在る程度だ。本当に「用事がないけれど」と列車に乗ってみるという紀行なのだ。 本作が綴られたような頃、内田百閒は60歳代に差し掛かったような頃だった。戦時の困難、御自身も戦禍で家が焼けて色々と苦労して落ち着いたというような経過を辿って、街や交通の様子も復興の色彩が濃くなっている中に在った。そういう中で、「自由な心で自由に動き回る」ということを謳歌し、そういう気分を小説調な紀行文として綴ってみようとしたのではないかと思う。更に「飽く迄も自分の流儀」を貫き、他人が何を如何言おうが、殆ど斟酌しない辺りも痛快だ。そういう辺りが本作の興趣なのであろう。 そうした作品の興趣を愉しんだが、同時に「1950(昭和25)年頃の各地の列車」というような事情も解るのがかなり興味深かった。 なかなかに興味深い一冊に出会った。広く御薦めしたい。
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百閒先生、おもしろすぎ! いわゆる紀行文に分類されているのですが 先生、あんまり旅先で出歩かずに 飲んでばかりなんですけど。 だいたい、目的のない旅をしたいと言って 「しかし行きは目的なく行っても 帰りは帰るという目的が」 なんて屁理屈こねるし。 でも、なんでもいいから列車に...
百閒先生、おもしろすぎ! いわゆる紀行文に分類されているのですが 先生、あんまり旅先で出歩かずに 飲んでばかりなんですけど。 だいたい、目的のない旅をしたいと言って 「しかし行きは目的なく行っても 帰りは帰るという目的が」 なんて屁理屈こねるし。 でも、なんでもいいから列車に乗って旅をしたいのだ! というその気持ちは 乗り鉄子としては非常にわかるぞ〜。 とにかく百閒先生と同行者の 通称「山系」君の会話がいい。 まるで漫才のようですよ。 わがまま先生に山系君が振り回されているかと思いきや 柳のごとく受け流しているのがスゴイ。
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昔読んで、友人に勧めたら読んでいるとのことで再読。 百閒先生とヒマラヤ君の迷コンビが汽車で特に用もない旅をする。それだけの超名作。
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