青い眼がほしい の商品レビュー
白人による黒人の差別だけでなく、黒人の間でも差別があること、それも無邪気な子供の頃から。悲劇は何故起こったのかを考えるとズシッと心に響く。この本が立派に出版されるまでに25年もかかったと言う。それでも社会は少しずつ動いている。
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白人思想に覆われた日常に、白い肌や青い眼であれば自分も自分として愛されるのか?という黒人少女の純粋で真っ当で身を切るような願い。 自分たちが劣っているとされる、値打ちがないとされるとしても、同じ黒人のモーリーンは「かわいい」。彼女を美しくしているものを憎むべきだ、という観察眼の鮮...
白人思想に覆われた日常に、白い肌や青い眼であれば自分も自分として愛されるのか?という黒人少女の純粋で真っ当で身を切るような願い。 自分たちが劣っているとされる、値打ちがないとされるとしても、同じ黒人のモーリーンは「かわいい」。彼女を美しくしているものを憎むべきだ、という観察眼の鮮やかな切れ味が随所に描かれ、堪能した。現実の根深さに心をえぐるような小説だけど、決して読むのを諦めたくなるようなものではなかった。 日を跨いで読むよりも一気に読むのがおすすめです。
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これはなんというか、、ポエムだ。 いやポエムを挟むことでこの貧困の辛さを紛らわせようとしている、というべきか、いやよく分からなくて難しいんよ。 とは言え黒人のー、貧困のー、と言ってるだけでは誰も読んでくれんのだから、そういう意味ではすごいのだ。ともかく白人が人種差別をしているとい...
これはなんというか、、ポエムだ。 いやポエムを挟むことでこの貧困の辛さを紛らわせようとしている、というべきか、いやよく分からなくて難しいんよ。 とは言え黒人のー、貧困のー、と言ってるだけでは誰も読んでくれんのだから、そういう意味ではすごいのだ。ともかく白人が人種差別をしているというより、黒人に染み込んでしまった、というか白人に刷り込まれた劣等感が半端ないんだろうというのがよく分かる。日本人の白人に対する意識もそう変わらんかもだし、何しろ白人なのかアーリア人なのか、やつらの支配者としての歴史の凄まじさよ。
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西加奈子がどこかで激推ししていた本作。 冒頭の「秘密にしていたけれど、1941年の秋、マリゴールドはぜんぜん咲かなかった。」の文を読んで稲妻が走ったと話していたが本当に吸い込まれるような冒頭。 黒人の被差別、黒人間の差別については描き方や起きている現象は全く違うが映画グリーンブッ...
西加奈子がどこかで激推ししていた本作。 冒頭の「秘密にしていたけれど、1941年の秋、マリゴールドはぜんぜん咲かなかった。」の文を読んで稲妻が走ったと話していたが本当に吸い込まれるような冒頭。 黒人の被差別、黒人間の差別については描き方や起きている現象は全く違うが映画グリーンブックと似たテーマだなと感じた。黒人だからと言って、一枚岩なわけではなくむしろ、黒人にも白人にも除け者にされる人生。原題のthe bluest eyesを「青い眼がほしい」と訳したセンスには脱帽。 個人的には色や温度の感覚を伝える描写が美しくて好きだ。 「だから、チョリーがやってきて、わたしの足をくすぐったとき、それはちょうど、あのこけももと、レモネードと、コフキコガネが描いた緑色の筋が、みんないっしょに襲いかかったみたいだった。」 チョリーとポーリーンの出会いの最初期を描いたとてもとても美しい描写。後に二人の関係は罪を犯すものとそれを罰するものの関係に行き着くわけだが、歪んだ関係のそこには愛情があるときっと思う。
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1941年のオハイオで、黒人の少女ピコーラは「青い眼にしてください」と熱心に祈っていた。黒い肌で縮れ毛の自分は醜い。美しかったら、不幸な人生は違っていたに違いないのだ。ピコーラは貧しく、学校ではいじめられ、父親の子どもを宿すことになる。 語り部を担当する少女がいるにはいるが、...
1941年のオハイオで、黒人の少女ピコーラは「青い眼にしてください」と熱心に祈っていた。黒い肌で縮れ毛の自分は醜い。美しかったら、不幸な人生は違っていたに違いないのだ。ピコーラは貧しく、学校ではいじめられ、父親の子どもを宿すことになる。 語り部を担当する少女がいるにはいるが、物語はあちこちに飛び、何の話だか分からなくなる。これには著者の狙いがあり、読者が「責任を顧みることをせず、彼女を憐れんでしまうというという気楽な解決のほうへ」流されないよう、読者自身が語りを再構成するようにしむけたかららしい。 この手法のせいかは分からないが、確かに「ピコーラがかわいそう」「父親や白人が悪い」で済ませられない。ピコーラの受難に対して、読者も責任を感じ、罪悪感を覚えずにいられない。貧困も差別もいじめも虐待もない世界だったら、おとぎ話の悲劇として読めると思う。しかし、現実は違っていて、今もピコーラがあちこちにいるのを私は知っている。ニュースで虐待事件が読まれ、ドキュメンタリーでサバイバーが声を上げるのを聞く。ネットでは信じられないような差別発言を目にする。そして、私は何もしていない。 「彼女の上でからだを洗ったあと、とても健康になったような気がしたものだ。わたしたちは彼女の醜さの上にまたがったとき、ひどく美しくなった」「彼女は口下手だったので、わたしたちは雄弁だと思い込んだ」「彼女の貧しさのおかげでわたしたちは気前がよくなった」「彼女はこういうことをわたしたちに許してくれたので、わたしたちの軽蔑を受けるのにふさわしいものとなった」。この言葉に、良心が動揺し、うしろめたさを感じない人が、一切身に覚えがなく純粋な義憤を持てる人がいるだろうか。他人の不幸で自分がそうでないことを確かめたことがなかっただろうか。 また、『青い眼がほしい』はピコーラをいじめ、犯す人間がなぜそうなったかも描き出す。人種差別やそれに伴う貧困に無力感と羞恥心を植え付けられ、それが自分より弱い者への嫌悪感に変わるのだ。他人の不幸で自分の運の良さを確認し安心するときほどではないが、この感情の転換も残念ながら私にはよく分かる。得られなかったものをどうして人に与えることができようか。 人種差別が本書のバックボーンではあるが、「逸脱」させられる側と、「逸脱」を定義する側の相剋の物語として、普遍的な意味を持っていると思った。とにかく重く深刻な物語なのに、非常に美しく繊細に書かれている。心の奥深くに届く作品だった。 【追記】 物語の冒頭の「家があります。緑と白の家です」はアメリカの小学校のリーディングの教科書に登場する白人の兄と妹、ディックとジェインの物語の一節だそう。 file:///C:/Users/tanak/Downloads/annual_intl_17_83-85.pdf
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文体は比喩が長く、読みにくさがあるが、わたしたちの固定観念を見事に払いのける強さがある。 淡々と語られる日常は、祖先から受け継ぐ圧倒的な強さに基づく諦念を浮き彫りにする。
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差別を受かる黒人の精神的苦痛の表現がすごい。読めてしまう。 嫉妬心と羨望。ミスターヘンリーの淡緑色の言葉。
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「情欲のように静かに」で挫ける。 https://sessendo.blogspot.com/2022/01/blog-post_31.html
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自分の容姿を醜いと思い込み美しい青い眼に変われるよう祈る少女ピコーラ。いつか自身の持つ美しさを見つけ人生を変えて行く物語かと期待していたが…更に厳しい苦難が。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
既に形成された価値観を覆すことは難しい…… だけど、2020年を迎え、今まさにアメリカを中心に、黒人達が立ち上がろうとしている 日本人達は対岸の火事の様相。外国の著名人が声を上げてもシラーっとしてる。だけど、日本に住む外国人に対する排他的な視線や感情を、彼等は敏感に感じ取っているはず……。 日本人も、自分の価値観を今一度確かめてみる必要があると思う。 しかし、この本の素晴らしいところは、ピコーラを破滅に追いやっていった人物達をも鬼畜な敵として描くのではなく、『人間』として描いているところだと思う。どんな想いを抱いて生き、価値観が形成されていったのか、その足跡を丁寧に描いている。 自分と相手。一人の人間として相対することこそ、今求められているのでは。
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