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居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書 シリーズ ケアをひらく
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居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書 シリーズ ケアをひらく

東畑開人(著者)

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居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書 シリーズ ケアをひらく

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 医学書院
発売年月日 2019/02/18
JAN 9784260038850

居るのはつらいよ

¥2,200

商品レビュー

4.4

227件のお客様レビュー

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2026/08/30

- 第2章 「いる」と「する」 - 「いる」ことを目的として「いる」。「いる」とは何か?居場所とは何か?そもそもそれでいいのか? - 僕らは誰かにずっぽり頼っている時、依存しているときには、「本当の自己」でいられて、それができなくなると「偽りの自己」をつくり出す。...

- 第2章 「いる」と「する」 - 「いる」ことを目的として「いる」。「いる」とは何か?居場所とは何か?そもそもそれでいいのか? - 僕らは誰かにずっぽり頼っている時、依存しているときには、「本当の自己」でいられて、それができなくなると「偽りの自己」をつくり出す。だから「いる」がつらくなると、「する」を始める。逆に言うならば、「いる」ためには、その場に慣れ、そこにいる人たちに安心して、身を委ねられないといけない。 - 第4章 専門家と素人 - 「依存労働」とは、誰かにお世話をしてもらわないとうまく生きていけない人のケアをする仕事だ。「弱さ」を抱えた人の依存を引き受ける仕事といってもいい。 - 僕らにとって、依存は本質的な営みなのだ。弱ったときに、誰かに頼る、ケアしてもらう。あるいは、弱った人のお世話をする、ケアをする。それは僕らの本能だ。 - 自立を良しとする社会では、依存していることそのものが見えにくくなってしまうから、依存を満たす仕事の価値が低く見積もられてしまうのだ。 - 人は本当に依存しているとき、自分が依存していることに気がつかない。子どもがいちいち母親のしていることに感謝しているとするなら、それは何か悪いことが起こっている。依存がうまくいっていないということだ。依存労働は当たり前のものを、さも当たり前のように提供することで、自分が依存していることに気がつかせない。感謝されなければされないほど、その仕事はうまくなされている。依存労働の社会的評価が低いのには、きっとそういう事情もあるのだろう。依存は気がつかれない。だけど、普通の一日、ありふれた日常、そして僕らのデイケアは、そうやって誰かが依存させてくれているおかげで成り立っている。 - 第5章 円と線 - 遊びは中間で起こるのだ。主観と客観のあわい、想像と現実のあわい。子どもと母親のあわい。**遊びは自己と他者が重なるところで行われる**。それはすなわち、人は誰かに依存して、身を預けることができたときに、遊ぶことができるということを意味している。 - 幕間口上 ケアとセラピーについての覚書 - ケアとは傷つけないことである - ケアとはそのときどきのニーズに応えることで、相手を傷つけないことです。そうやって、彼らの依存を引き受けることがケアです。ですから、ケアとは基本的に個体が変わるのではなく、環境が変わることです。 - セラピーとは傷つきに向き合うことである - セラピーでは痛いところを触ります。痛みを取り除くのではなく、その苦痛を作り出している当の部分を変化させるために、その痛いところに触ります。 - セラピーでは「ニーズを満たすこと」ではなく、その「ニーズを変更すること」が目指されます。 - 世の中のビジネスの大半は、ニーズを満たすことに全力を注いでいるんだけど、ある種のニーズはね、満たされることで、逆に生きづらくなってしまうということがあるわけです。 - ここには、抜きがたく「自立」の思想があります。ケアが依存を原理としているとするなら、セラピーは自立を原理としています。ケアでは変化するのは環境でしたが、セラピーでは個人が変化していくことが目指されます。 - 最終章 アジールとアサイラム - 「ただ、いる、だけ」は、効率性とか生産性を求める会計の声とひどく相性が悪い。 - セラピーにはお金がつきやすく、ケアにはお金がつきにくい。会計の声が持ち込む市場のロジックは、セラピーに好意的で、ケアの分は圧倒的に悪い。 - アジールは、予算がつくとアサイラムになる。会計はアジールを殺す。その光は、アジールの薄暗さを隈なく照らして、アサイラムにしてしまう。逃げ込んだ罪人を庇護するアジールに、効率性とエビデンスが求められるとき、そこには罪人を画一的に管理するアサイラムに変わるのだ。

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2026/08/16

 著者が沖縄のクリニックで働いていたときのことが物語でつづられている。  私自身も実習で、デイケアではないけど作業療法室に「いる」ことになったとき、何してればいいんだろう、これでいいのか、という虫の居所の悪さを感じていたから共感しながら読んだ。  「ただ、いる、だけ」の価値を会計...

 著者が沖縄のクリニックで働いていたときのことが物語でつづられている。  私自身も実習で、デイケアではないけど作業療法室に「いる」ことになったとき、何してればいいんだろう、これでいいのか、という虫の居所の悪さを感じていたから共感しながら読んだ。  「ただ、いる、だけ」の価値を会計係にそのまま話すなんてできないって言ってくれてすくわれたような気がした。

Posted by ブクログ

2026/08/15
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

本書の舞台は、待遇の良さに惹かれてやってきた駆け出しの超高学歴臨床心理士(主人公)が働く、沖縄の精神科クリニックにある「居場所型デイケア」です。 何をするでもなく、ただそこに「居る」こと。 それだけで傷ついた人が少しずつ回復し、ケアされていくプロセスが、沖縄独特のゆったりとした時間の流れや湿度、そして登場人物たちの優しい沖縄言葉とともに描かれていきます。 今回、沖縄旅行中に読み返したことで、なぜ舞台が「沖縄」でなければならなかったのかが、より深く身体に染み込んできました。 効率や成果を追い求める都会の喧騒から離れ、ゆるやかな風が吹き抜ける空間だからこそ、「何もしないで、ただ居る」というケアの本質が立ち現れてくる。沖縄という土地の持つ包容力と空気感が、「居る」ことの重みと尊さをよりいっそう引き立てているのだと感じました。 しかし、この物語は単なる心温まる美談では終わりません。 「ただそこに居る」ことに決定的な意味があるからこそ生じる構造的な矛盾によって、一見平和に見えたデイケアの世界がゆっくりと瓦解していく様が、あまりにもリアルに、丁寧に描かれています。 効率性や生産性、そして診療報酬体系という数字の世界。 「何も生み出していない時間」「成果が見えにくいケア」は、現代の合理主義社会において真っ先に削減の対象とされてしまいます。 どれだけ「居場所」が患者さんにとって必要不可欠なものであっても、制度や経営の壁は容赦なく押し寄せてきます。 結果として、現場を守ろうと奮闘するスタッフたちが疲弊し、心血を注いだ「居場所」を守りきれないまま、悔しさを残して現場を去らざるを得なくなっていく……。 後半の展開は、臨床心理士・公認心理師として現場を見てきた身として、あまりにも身につまされ、胸が締め付けられる思いでした。 特にラスト近くで、主人公が沖縄のスタッフ(ヒガミサ)にプレゼントした「あの品」。 読んだ瞬間、「ヒエッ…」と背筋が凍るようなリアルさがありました。(実は以前の職場でも似たような光景を目の当たりにしたことがあり、トラウマ級の生々しさでした…) 専門書でありながら漫画化されるほど広く読まれましたが、それは多くの人が「常に何かをし続けなければならない」「生産的でなければ価値がない」という社会のプレッシャーに疲れ果てているからではないでしょうか。

Posted by ブクログ

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