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15歳の日本語上達法 15歳の寺子屋
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15歳の日本語上達法 15歳の寺子屋

金田一秀穂【著】

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15歳の日本語上達法 15歳の寺子屋

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 講談社
発売年月日 2010/01/25
JAN 9784062160094

15歳の日本語上達法

¥1,210

商品レビュー

3.4

23件のお客様レビュー

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2025/10/24

おいしい刺身が食卓に出たとき・・・ 「今日の晩ごはんは、死んだ魚だよ」と言われたらどう? 言葉って使い方次第。 タイトルはかたぐるしいけれど、「言葉(日本語)っておもしろいよね」と語りかけてくれる本です。

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2025/06/13

漢字 小6以上レベル フリガナ なし(難しい字のみあり) 文字の大きさ 中 長さ 中くらい(94ページ) 出版年 2010年 内容 言葉の力について深く考察し、言葉を使って考え、伝える力の重要性を訴える。 感想 言葉は、伝える道具である以前に「考える道具」であり、客観的に考え、正...

漢字 小6以上レベル フリガナ なし(難しい字のみあり) 文字の大きさ 中 長さ 中くらい(94ページ) 出版年 2010年 内容 言葉の力について深く考察し、言葉を使って考え、伝える力の重要性を訴える。 感想 言葉は、伝える道具である以前に「考える道具」であり、客観的に考え、正確に定義し、判断を下すうえで、人間がいかに言葉に支配されているかがまず語られていく。したがって、語彙を豊富に持ち、かつ言葉の意味を正確に理解することが、思考の整理と正しい判断をする上で必要であり、日本語力とは「頭を柔軟にし、視野を広げて」「ある知識を全く別の知識と結び付けて、別の考え方を作り上げる力」と定義する。一方、言語以外の言葉でしか伝わらない感情もあることも強調する。また、「言葉には自分が表れ、相手からもその言葉で判断される」ことから、自分の考えや気持ちを齟齬なく伝えるためにも言葉の力は必要だと説く。 以上のことを中学生に語りかける調子で、身近な例を多く取り上げながら、易しく説明していく。理解は難しくない。ただ、タイトルの「日本語力上達法」という言葉のイメージに捉われていると、話が予想の斜め上を行く感じ(いい意味で)なので、ぼんやりとした印象が残るかもしれない。もっと違うタイトルの方が良かった気がする。小学生には高学年でも少し難解か。

Posted by ブクログ

2024/04/05

『15歳の日本語上達法』 著者 金田一秀穂 講談社 2010年 この本は日本語学者である金田一秀穂さんが15歳の少年少女に向けて日本語に関するあれこれを語ったものである。 本書は日本語というのはどういうものか、そもそもの言語の成り立ちそして日本語をうまく扱うためにはどうすれば...

『15歳の日本語上達法』 著者 金田一秀穂 講談社 2010年 この本は日本語学者である金田一秀穂さんが15歳の少年少女に向けて日本語に関するあれこれを語ったものである。 本書は日本語というのはどういうものか、そもそもの言語の成り立ちそして日本語をうまく扱うためにはどうすればいいのかなどが書かれている。 この本では国語力と日本語力を分けているところがポイントである。著者にとって国語力とは言葉を覚えるものであり、いわゆるお受験的なものを想像されている。それに対して日本語力というのは言葉で考えるということに重きを置いており、ある知識とある知識を言語として整理し、別の考え方を作り上げていくという過程が日本語力の真髄であると書いてある。 そしてそのような日本語力を培っていく方法を3つ紹介している。 1つ目が外国語を身につけようということ。なぜなら外国語を身につけることで、その国の言語を通した見方が身につけられるということできるからだ 2つ目が古典と言われる名作に挑戦することである。そうすることでどの時代でも通用する「ホンモノ」を獲得できるからである。 3つ目が目にしたものをなるべく正確な言葉で表現するよう努めることである。そもそも言葉には情報を正確に伝える機能と自分の気持ちを表現する機能がある。著者曰く国語では得てして後者が重視されがちであるが、前者も鍛えておかないとそれが必要な場面で苦労してしまう。なので、目にしたものをなるべく正確な言葉で表現する必要性があるということである。鍛え方は簡単で、目にしたものをたとえ、たとえば照明のリモコンだったらボタンが10個ある、ボタンの大きさはそれぞれ違う、よく使うボタンは大きくしている…など観察記録のように個人的な感想は一切抜きにして書いていくことである。 最後に個人的に面白いと思った箇所を引用する 彼らが最も大切にしていたのは「お互いに一緒に生きていこう」という認識だったというんですね。 これは、とても魅力的な仮説です。この説が正しければ、言葉は本来、人と人とが仲良くするための「平和の道具」として生まれたことになります ぼくたち人間は、言葉を通じて世界とつながっています。 それはまた、僕たちが常に世界とワンクッション置いてしかつながれないということでもあります。僕たちは「刺身」とつながることはできても、そのもの自体と直接つながること、直接、向き合うことは永久に不可能です

Posted by ブクログ