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考えるという感覚/思考の意味 講談社選書メチエ799
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 2024/12/12 |
| JAN | 9784065352939 |
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考えるという感覚/思考の意味
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商品レビュー
4.3
5件のお客様レビュー
気鋭の哲学者であるマルクス・ガブリエル氏の三部作最終章。三部作のなかでは(文章が平易であるという点において)最も分かり易いものの、相変わらず内容はさっぱり理解できず。ただ、知的刺激は大いに受けた。 前々作は「世界」、前作は「私」、本作は「考える」がテーマ。唯物論的神経中心主義を論...
気鋭の哲学者であるマルクス・ガブリエル氏の三部作最終章。三部作のなかでは(文章が平易であるという点において)最も分かり易いものの、相変わらず内容はさっぱり理解できず。ただ、知的刺激は大いに受けた。 前々作は「世界」、前作は「私」、本作は「考える」がテーマ。唯物論的神経中心主義を論駁した前作に対し、思想ならびにその表象化モデルである思考とはそもそも何かを再定義していく。著者は「考える」ことを「考覚」と言い、生物として元来備わっているものではなく、人間が生み出した「(人工知能ならぬ)人工知性」という捉え方がユニーク。 著者が語る「考える」ということが持つダブルミーニングつまり感覚器官と表象手段は、「テセウスの船」が示すような「思想」というものの物理との分離性と一体不可分性を感じる。 「哲学のロックスター」とも称される著者だが、三部作を通じて最も伝わることはTV番組に対する深い造詣と愛情であろう!
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『考えるという感覚』の主張は大きく分けて四つ。 1.「考える」ということは五感のような”感覚”である。 2.「新しい実在論」の提唱 3.構築主義を根幹とするトランスヒューマニズム、機能主義、神経中心主義、自然主義、ポストトゥルースを痛烈に批判 4.「新しい実在論」で啓蒙的ヒューマニズムを援護し、人類が直面している危機に立ち向かおう 一番興味をもったのは、「AIは”考える”ことはできない」という主張だった(1と3の混合)。以下にその道筋を自分なりにまとめたものを示す。 著者は、AIには何かを理解することができず、「考える」という感覚を持たないと主張する。それはなぜか。結論から書くと次のように言える。 生物ではないただの計算機では、意識が介在されることなく情報処理が進行し、その情報を理解しないまま統語論的に処理する為である。 では、それは何故か。AI(人工知能)とHI(人間知性)の関係が、思考モデルと思考の関係に対応する為だ。つまり、AIは人間の思考のコピーではなく、あくまで思考のモデルとして機能する。その思考モデルとは論理(学)である。論理学は「(思考の本質が考えを把握することにある限りにおいて)思考の諸法則を研究する」ものであり、まさしく人間が思考のモデルとして作り出したものなのだ。AIが知的に、つまり意味を理解しているように見えるのも、(人間の)論理をインストールしているからにすぎない。 まず、人間が或る文や考えを理解するのは、それらに人間の志向性(現実のものに意識を向けること)を貸し与えているからである(志向性貸与テーゼ)。つまり、私たちが現実に意味を付与しているのであり(投影テーゼ)、裏を返せば意味は思考する主体(人間)の外部にある現実との関係性によって与えられる(意味論的外在主義)。 そして人間は、「貸与された志向性というニッチ(適所) を作り出すことで、自分たちの生にかかる環境の圧力を減らして」いる(「存在の意味論化)。つまり「人間の文化的活動の本質は、私たちが自分たちにはまったく制御できないさまざまな要因の手中にある、という印象を減らすこと」と言えるらしい。 何故そんなことになっているのか。それを著者は次のように説明する。「私たちは思考する生き物として、自分自身に対して一つの態度をとっている、ということです。考えるという活動とその内容(つまり思想) を、私たちは常にある一定の仕方で経験しています。したがって、感情によって染められてもいます」 こうしたその時々の心的状態である現象的意識は、志向的意識と相互作用があり、そのために思想に「色合いと陰影」(感情)を与える。つまり、「真理は私たちの思考プロセスを説明する唯一の要因ではありえ」ず、「人間としての生の形式と個人の人生が、意識的経験という背景のもと、私たちの頭に浮かんでくる思想を選び出す」。 このプロセスを「感情的知性」と呼ぶ。そして、真なる思想も偽なる思想も無限に存在し、従って現実の殆どが無限に複雑である為、こうした感情的知性なしでは、無限の対象から何かを選び出すことは不可能とすら言えるのだ。つまり、感情的知性のおかげで、私たちはこの接触をある特定のあり方で体験し、そうすることで、私たちは選び出した現実のものの一部を志向的に、つまり論理的にフォーマットし、さらに処理を進めることができるのだ。 ということはつまり、AIも、感情的条件から解放されて複雑な現実を把握することは難しく、故に、人間の質的な経験を、(人間の思考のモデルという完璧ではない形で、)模造するしかないのだ。これはAIというシステムは、「システムの創造主たる人間の価値体系を暗黙裡に推奨している」ことを意味し、それにも拘らず、それを推奨していることを明らかにしないあり方に、著者は警鐘を鳴らしている。 さて、ここまでが本書の主張のまとめだ(ホントはまだ続くけど)。 うーん、結局、「AIが意味を理解しえないのは思考する主体を持たない為」とするのは循環論法になってしまうように思えるし、つまるところ「生物学的にあまりに複雑な人間の思考を完璧に再現することはできないから、人間の不完全なモデルでしかないAIは永遠に意味を理解しえない」ということだろうか。そうなってくると、哲学的にあり得ないというより、技術的にあり得ないというような、機能主義的なイメージに戻ってきてしまう気がする。
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哲学書としては異例のわかりやすさである。ただ、多くの映画を引用していたが、日本でそれほど人気を博した映画だけではないように思われる。AIについて言及しているので、AIには教育ができないということを説明している、ということを示す場所を探したが、それはなかった。
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