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フランスの高校生が学んでいる哲学の教科書
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 草思社 |
| 発売年月日 | 2023/11/01 |
| JAN | 9784794226808 |

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商品レビュー
3.4
20件のお客様レビュー
バカロレアの参考書ということで,フランスの哲学教育がどんなものなのかがイメージできる。基本的には,述語定義,問題抽出,弁証法的論証が求められる試験なのだろう。ちょっと日本の司法試験に似ていると思った。 多くの高校生は受験のために仕方なくやっているのかもしれないが,これをやるのとや...
バカロレアの参考書ということで,フランスの哲学教育がどんなものなのかがイメージできる。基本的には,述語定義,問題抽出,弁証法的論証が求められる試験なのだろう。ちょっと日本の司法試験に似ていると思った。 多くの高校生は受験のために仕方なくやっているのかもしれないが,これをやるのとやらないのとではだいぶ違う人材になるのではないだろうか。市民を創る教育。 結論を示して,根拠を3つ提示するというアメリカ流のロジカルライティングとは違う論理的文章の型があるというのは誰かが書いてたけど,まさにその型の教科書でした。
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読み始めてまず感じたのは、「フランスの高校生は本当にこれを理解できるのか」という驚きだった。日本でイメージする教科書とはかなり異なり、哲学史の流れを追うのではなく、「主体」「道徳」「自由」などのテーマごとに議論が展開される。最初の「主体」の章から相互主観性やデカルト批判が登場し、...
読み始めてまず感じたのは、「フランスの高校生は本当にこれを理解できるのか」という驚きだった。日本でイメージする教科書とはかなり異なり、哲学史の流れを追うのではなく、「主体」「道徳」「自由」などのテーマごとに議論が展開される。最初の「主体」の章から相互主観性やデカルト批判が登場し、かなり抽象的で手強い。 ここで印象に残ったのは、「主体は本当に孤立して存在するのか」という問いだった。私は当初、世界を見て認識するのはまず個人であり、その後に社会や他者の影響が入ってくるのではないかと考えた。しかし、本書で扱われる相互主観性の考え方は、そもそも世界を「何として見るか」が言語や社会によって形作られているというものだった。空を見て「青い」と思うことは言葉を介しているとしても、晴れた日に空を見て心地よいと感じる感覚は自分固有のものではないのか、という疑問も湧いたが、それも社会的に形成された感覚かもしれない。身体的な感覚と社会的な意味づけはどこまで切り分けられるのだろうか。 デカルトの「我思う、ゆえに我あり」についても考えさせられた。自分の存在だけは疑えないというコギトですら、「私」「考える」「存在する」という概念や言語の枠組みに依存しているのではないかという疑問を持った。もちろんそれだけでデカルトが自己矛盾しているとは言えないのだろうが、「孤立した主体」そのものが本当に成立するのかという問題につながっていく。 「道徳」の章は特に興味深かった。私は道徳を、社会を維持するための装置として存在するものだと考える傾向がある。しかしその立場に立つと、他者への義務は説明できても、「自分自身への義務」は何を根拠に成立するのかという問題が出てくる。自分の能力を伸ばすべきだ、自分を大切にすべきだ、といったことは、本当に道徳なのだろうか。 また、サルトルのレジスタンスに参加するか病床の母に寄り添うかで苦悩する青年の例も印象的だった。ここには正解はない。どちらを選ぶべきかを示してくれる神も普遍的原理も存在しない。それでも人は選ばなければならず、その選択を自ら引き受けなければならない。私は、昔から一貫した確固たる「自分」が最初から存在するという感覚をあまり持っていない。むしろ、その時々の状況や感情や偶然に左右されながら行った選択の積み重ねが結果的に「自分」になっているという感覚の方がしっくりくる。その意味で、「選択することで自分は自分になる」というサルトルの考えには強く共感した。 一方で、その選択を本当に決めているのは誰なのかというニーチェ的な疑問も残る。引用されていた「それが私のなかで決めた」という言葉は印象的だった。私たちは自分で決めたと思っていても、実際には欲望や本能や習慣のせめぎ合いの結果にすぎないのかもしれない。それでもなお、その選択を自分のものとして引き受けなければならないという点に、人間の自由と責任の重さがあるのだろう。 さらに「起源と根拠」の議論も興味深かった。ニーチェは『道徳の系譜』において、キリスト教道徳の「根拠」とされていたものを歴史的な「起源」へと引き戻した。私はこれを読みながら、道徳や信仰に限らず、自分が当然のものとして受け入れている価値観についても、その根拠だと思っているものが実は単なる歴史的・社会的な産物ではないのかと考えさせられた。 答えを教えてくれる本というより、自分が当然だと思っていた前提を次々と揺さぶってくる本である。完全に理解できたとは言えないが、読んでいる最中に生まれた疑問や違和感そのものが、この本を読んだ価値なのかもしれない。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
なんだか自分が読んできた本のカテゴリーにない本でした。哲学。 高校で必修科目ってのがすごいですね。 あとがきにあったようにみんながこれで思考が変わるとか哲学的になるわけではないだろうけど、でも社会に出ていろんなことに直面した時の考えるヒントや材料、引き出しは増えそうな気はしました。 とくに政治のプラトンのところ、賢人となり、知識を得ることが純粋な喜びになったらもはや権力を欲しいとは思わないのではってところがなるほどなと思いました笑 学生の頃にこういういろんな思想について学校で学べるの面白いなぁ。
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