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ムラブリ 文字も暦も持たない狩猟採集民から言語学者が教わったこと
定価 ¥1,980
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 集英社 |
| 発売年月日 | 2023/02/28 |
| JAN | 9784797674255 |
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ムラブリ
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ムラブリ
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商品レビュー
4.1
32件のお客様レビュー
ムラブリの研究を用いた筆者のエッセイのような作品。 ふと思ったことに進んでみたら、新しい世界や視点をたくさん得られた。 言語学にライトな人でも読みやすい。 言語調査結果だけでなくそれに関係するとも言える文化や生活のことについて筆者の見解をもとに書かれている。 未知の世界を覗ける、...
ムラブリの研究を用いた筆者のエッセイのような作品。 ふと思ったことに進んでみたら、新しい世界や視点をたくさん得られた。 言語学にライトな人でも読みやすい。 言語調査結果だけでなくそれに関係するとも言える文化や生活のことについて筆者の見解をもとに書かれている。 未知の世界を覗ける、読んでいてワクワクする本。
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タイの森の中で暮らす少数民族である、ムラブリの言語を研究している、独立研究者?!の著者が書いたお話。 言語が違えば、思考の癖や物事の感じ方や見えている世界も違うんじゃないか、と常々思っていて、自分のその疑問にぴったりフィットした本だった。 著者は嫌ではないことを選択し続けた結果、...
タイの森の中で暮らす少数民族である、ムラブリの言語を研究している、独立研究者?!の著者が書いたお話。 言語が違えば、思考の癖や物事の感じ方や見えている世界も違うんじゃないか、と常々思っていて、自分のその疑問にぴったりフィットした本だった。 著者は嫌ではないことを選択し続けた結果、言語学に行きつき、音の響きに惹かれてムラブリ語を研究対象に選んだとのこと。清々しい選択方法だけど、結果的に自分の人生を賭けて研究を続けているのだから、やはり研究者は変わった人が多いと思う。 ムラブリ達の生活は、暦もお金も決まった家族の居住スタイルもなく、現代人のいろんなしがらみから解き放たれている自由な人たちだった。 「7月なのに今年は涼しいですね」という会話自体、ムラブリには不要で、暑くなれば夏であり、7月は夏だと決めたのは後から人が決めただけ。というくだりはすごく納得できた。
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ムラブリとはタイの少数民族のことだ。ムラブリとは、彼らの言葉で「森の人」という意味だ。その名の通り、森を生活の拠点の一つとしている。また、彼らが使う独自の言語は、ムラブリ語と呼ばれ、この先消滅する可能性の高い「危機言語」に登録されている。 本書は、作者がムラブリと共に生活した中...
ムラブリとはタイの少数民族のことだ。ムラブリとは、彼らの言葉で「森の人」という意味だ。その名の通り、森を生活の拠点の一つとしている。また、彼らが使う独自の言語は、ムラブリ語と呼ばれ、この先消滅する可能性の高い「危機言語」に登録されている。 本書は、作者がムラブリと共に生活した中で、手にしたムラブリ語の知見や、考え方の変化について、述べられている。 私がこの本を読みながら、意外とムラブリの人は日本人と似ているところがあると感じた。 一つ目はシャイなところである。ムラブリは外部からの人間に対して、シャイである。少数民族を取り上げた番組では、出演者や、スタッフに対して好意的な少数民族を見ることがたびたびある。しかし、ムラブリ達は全く歓迎しない、あまり他者と干渉したがらないのだ。日本人も初対面の人に積極的にフレンドリーなコミュニケーションを取る人は少ない。 二つ目は、あいさつである。彼らの挨拶を直訳すると「ご飯食べた?」である。一方日本の挨拶は「おはよう」だ。意味としては、早いですね、といったところだろう。どちらも文字通りの意味はないのだ。つまり中身のない会話だ。だがこれにも、れっきとした役割がある。このような会話は、自身と他者の関係性を表す役割があり、メタメッセージと呼ばれている。意味のない会話を繰り返すことで、人はその人と仲良くなれる、あるいはそう錯覚するのだ。 また、彼らは婉曲的表現をよく用いる。例 「私は怒っているわけではない、本当だよ。けれどあなた達が大声を出すと、村の子ども達が怖がるかもしれない、怖がらないかもしれない。私は怒っているわけではない、本当だよ。」 これは、実際に作者がムラブリの人に言われた言葉である。こういう、はっきりとしたことを言うのを避ける風潮は、日本にも同様のものを感じた。また、先述したシャイな面も同様に、ムラブリの人たちは、心が上がることをマイナスだと捉え、下がることをプラスだと考えていることに関係している。つまり、感情を表すことを避け、脱力することを望ましいと感じていると、この本では述べられている。この感情を全面に出そうとしない点も日本人と近い。 この本の中でも好きな話がある。「タシーとの駆けっこ」と言う話だ。この話では、いろいろあって疎遠になってしまったタシーというムラブリとの思い出が作者の目線で語られている。後にこの本で語られるが、ムラブリの言葉に過去という意味はない。過去と未来が同じ言葉なのだ。私たち現代人は、過去の失敗や気まずい経験を引きずってしまう。一方ムラブリには過去という概念がないのかもしれない。私たちは過去を大事なものだと認識しているが、その過去によって、現在の悩みが生まれ、しがらみに囚われるのなら、過去というものを手放すのも、決して悪いことではないのかなと思った。また、自分も高校生の時に、気まずい感じになってしまってから、疎遠になってしまった友人がいる。本当は話しかけたかったけど、かけれなかったことがある。自分の感情を表すのを避ける傾向と過去に囚われることで、このようなことが今の自分に傷を残している。だからこそ、このエピソードが一番印象に残ったのだろう。 この本を読んで、ムラブリは多様性の最前線にいると思った。彼らがよく使う言葉に「カラム ドゥ モイ」(そいつしだい)という言葉がある。先述した通り彼らは直接的な表現を避ける。これも、他者という存在を認めているからできることなのではないだろうか。また、彼らが余所者を歓迎しないのも、その人がその人であることを認めているからじゃないのだろか。 彼らは、タイ人から持たない者として、施しの対象となっている。だが、彼らは昨今の欧米や日本で議論を巻き起こしている多様性を受け入れている。欧米人が、何千年もかけて至った考えに、早い段階でたどり着いている。そんな彼らを未開の人と言うことができるだろうか。 優劣という考えかたそのものが一面的であり、新たな視点を持つことで、他者の認識を改められる。そんなことを思った。
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