- 中古
- 店舗受取可
- 書籍
- 書籍
- 1220-05-05
思いがけず利他
定価 ¥1,760
1,210円 定価より550円(31%)おトク
獲得ポイント11P
在庫あり
発送時期 1~5日以内に発送
店舗受取サービス対応商品【送料無料】
店舗受取なら1点でも送料無料!
店着予定:1/6(火)~1/11(日)
店舗到着予定:1/6(火)~1/11(日)
店舗受取目安:1/6(火)~1/11(日)
店舗到着予定
1/6(火)~1/11
店舗受取サービス対応商品
店舗受取なら1点でも送料無料!
店舗到着予定
1/6(火)~1/11(日)
商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | ミシマ社 |
| 発売年月日 | 2021/10/25 |
| JAN | 9784909394590 |

店舗受取サービス
対応商品
店舗受取なら1点でも送料無料!
さらにお買い物で使えるポイントがたまる
店舗到着予定
1/6(火)~1/11(日)
- 書籍
- 書籍
思いがけず利他
商品が入荷した店舗:0店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
思いがけず利他
¥1,210
在庫あり
商品レビュー
4.2
111件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
与格的主体。 やってくるものを受け止める。 身を委ねる。 私はやってくるものを受け止める器。 「私が作る」なんておこがましいな。 意思を超えたものが宿る。 自我があっては超えられないものがある。 「美」は作るのではなく、やって来るもの。 一生懸命日々を過ごした先に 「宿る」瞬間が来る。 偶然性。 偶然そのものをコントロールできない。 しかし偶然が宿る器になることは可能だ。 一生懸命その瞬間を生きる。 「器」育てるしかない。 それしかない。 与格。 私にやってきて留まっているというニュアンス。すごく好きな表現だ。 主格を消したところにやってくるもの。 つまり自己を消す。自我を消す。 自力の限界を受け入れる。認める。 「自分で何でもやってやる!」という自力本願。 これはとても良いことだ。 だけど。 一生懸命にやっていても限界が来る。 「己の限界」を否定的に捉えるのではなく、潔く「認める」 やり切ったところにある「諦め」 清々しい「諦め」 これは「物事の事情や真理をはっきり見極めて、納得して手放す」という意味だ。 そこでやっと「他力本願」になれる。 他力本願。 これは何でもかんでも「人任せにする」ということではない。 「自力」で懸命に生きた先に見えるものだ。
Posted by 
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
人にすすめられて、ミシマ社。 利他という言葉を聞くとまず思い浮かぶのはボランティアやドネーションなのだけど、宗教的なものとの関連を深めたいところ。本作はそれが仏教からアプローチされていて、面白かった。(すぐキリスト教を思い浮かべていたので) 以下メモ。 ーやって来るものを受けとめること。そこに身をゆだねること。このような与格的主体のあり方は、多くの「名人」「職人」「達人」と言われる人たちによって、さりげなく語られてきました。(p.81) …ボランティアの人たちの「身が動く」という言葉は、「宿業として表現される人間の様態を、直角的に表したもの」です。…「業」とは仏からやって来る力です。この「仏業」が宿ったとき、私たちは「浄土の慈悲」の器になります。ここで行われるオートマティカルな行為こそ、利他的なものです。それはどうしようもないもの。あちら側からやって来る不可抗力です。つまり、業の本質は与格的構造にあります。主格は、業という非意思的行為を退け、自己の行為を所有しようとします。それは利他の契機を排除し、行為を利己に還元してしまいます。利他が持つ豊かな可能性に蓋をしてしまい、自己を利己の中に閉じ込めてしまいます。(p.97) …特定の行為が利他的になるか否かは、事後的にしかわからないということです。…与え手が「利他」だと思った行為であっても、受け手にとってネガティブな行為であれば、それは「利他」とは言えません。むしろ、暴力的なことになる可能性もあります。 つまり、「利他」は与えたときに発生するのではなく、それが受け取られたときにこそ発生するのです。自分の行為の結果は、所有できません。…あくまでも、その行為が「利他的なもの」として受け取られたときにこそ、「利他」が生まれるのです。(p.122) …発信者にとって、利他は未来からやって来るものであり、受信者にとっては、過去からやって来るもの。これが利他の時制です。(p.132) 死者と対話し、事故の被贈与性に思いを巡らせるとき、そこに「弔い」が生じ、「利他」が起動します。私たちは死者たちの発信を受け取り、まだ見ぬ未来の他者に向けて、発信しなければなりません。…(p.134) …親鸞が見つめたのは「私が私であることの偶然性」であり、その「偶然の自覚」が他者への共感や寛容へとつながるという構造です。(p.143) 偶然性が可能性を生み、それが必然性へと発展することで、「運命」が生まれる。これが「仏の本願」であり、「人間の救い」である。… ー「仏の本願」と「人間の救い」。それは偶然を受け止め、偶然の中を懸命に生きることによってもたらされます。自己の能力に対する過信を諌め、自己の存在の否定性を凝視する。その先で、私たちは他者に開かれ、未来の可能性に向かって生きることができるのです。(p.170)
Posted by 
利他に対する著者の深い洞察に溢れた1冊だった。ただ、私が期待していたのは具体的なアクションなどであったため、あまり個人的には刺さらなかった。事例や偉人の言葉を引用しながら、利他を哲学していた。
Posted by 