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思いがけず利他 の商品レビュー

4.2

117件のお客様レビュー

  1. 5つ

    43

  2. 4つ

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  3. 3つ

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  4. 2つ

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2026/04/09
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【要約】 ・利他は与えた時に発生するのではなく、受け取られた時に発生。与えた側は利他的であるかどうかを決定できない。 ・利他は未来からやってくるもの。 ・しかしながら、他力本願でゴロゴロしていればいいわけではない。大切なのは自分の限りを尽くすこと。偶然を呼び込む器になること。毎日を精一杯生きること。 【感想】 ・今の私は偶然の組み合わせでできている。→思い返せば様々な出会いの偶然で今ここにいる。嫌なこともあるけど良いことも沢山ある。 ・Giveをやらないかと言うと違くて、過去giveしてもらったことがあるから、それを渡す役目になる。俺はそう思って行う。 ・だから思いがけず利他。 ■また次の本を読みたいな。 ・歎異抄 ・九鬼周造『偶然性の問題』

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2026/03/28
  • ネタバレ

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利他行動についてその仕組み、受け取られ方についての解釈本という感じでした。利他行動に支配欲があるという指摘には頷かされる。確かにこの心理が働く時、合理的利他主義は、相手を制御しようとする打算が生じ、そもそも合理的でなくなる危険がある。 利他とは受け取り手の意識が重要であり、利他の発信者が司ることができる範囲は非常に狭いのだと理解した。これを踏まえると合理的打算主義が成り立たず、やっと第一章での主張である、利他とは無意識のうちに、不可抗力的に機能するもの、という主張がうっすらとわかってくるようになる。第一章は通しで読んで全体を踏まえないと、少し理解が難しい。 筆者はかなり世界を優しい目で見ているように感じた。博物館では、過去から現在へと時間が流れているのではなく、現在の日本の視点から過去を逆行的に振り返り、今の日本に含めることのできる物語達に(地理的、文化的な観点から)因果をつけて展示が作られている。という視点は面白い。

Posted byブクログ

2026/03/27

土井先生との共著を読んで、読み始めた。 利他とは相手があって初めて成り立つもの。 行為を行った時ではなく、未来からやってくるもの。悪人正義とは、ヒンドゥー語の与格、落語や民藝など色々な事柄か、利他について教えてもらえた。いのちの器である私、その今を、精一杯生きること、足りない自分...

土井先生との共著を読んで、読み始めた。 利他とは相手があって初めて成り立つもの。 行為を行った時ではなく、未来からやってくるもの。悪人正義とは、ヒンドゥー語の与格、落語や民藝など色々な事柄か、利他について教えてもらえた。いのちの器である私、その今を、精一杯生きること、足りない自分を受け入れて生きること、その先に利他がやってくる。自動的にやってくる。

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2026/03/16

土井先生との料理と利他を読んでとても面白かったため、こちらも手に取ってみた。内容は、料理と利他のテーマと比べて落語や浄土真宗の引用など頭を使って読むような話が多かったが、別の方もレビューで書かれているように、おわりにの章に全てが要約されている。利他の本質を理解するには、まだまだ人...

土井先生との料理と利他を読んでとても面白かったため、こちらも手に取ってみた。内容は、料理と利他のテーマと比べて落語や浄土真宗の引用など頭を使って読むような話が多かったが、別の方もレビューで書かれているように、おわりにの章に全てが要約されている。利他の本質を理解するには、まだまだ人生を生きてみる必要がありそうだ。 (以下引用) 利他的であろうとして、特別なことを行う必要はありません。毎日を精一杯生きることです。私に与えられた時間を丁寧に生き、自分が自分の場所で為すべきことを為す。能力の過信を諫め、自己を超えた力に謙虚になる。その静かな繰り返しが、自分という器を形成し、利他の種を呼び込むことになるのです。

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2026/02/10

いろいろと小難しい話を絡めて利他について説明してくれるが、詰まるところ、おわりに、の数行に凝縮されている。自分がやれることを精一杯やる。過信せず謙虚に生きる。それが利他を呼び込む。あまりにも当たり前で、だからこそ自分が自分が、という人には理解できないし実践できないことなんだろう。

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2026/02/08

誰かのためにいい事をしようと思うと、それはもはや“利他”ではなく、大きなお世話・お節介になる。関係性が希薄になってる今、自然に“利他”ができる器になりたい。

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2025/12/26

利他とは何なのかを様々な視点から考える本。 例えば、相手を想って贈り物をしたとしても、その相手が「お返しをしなくてはいけない」と負債の気持ちを持ったら、それは利他ではなく利己になってしまう。 利他のつもりでやった行為が、結局のところ利己になっている事、多いと思う。 または、親切...

利他とは何なのかを様々な視点から考える本。 例えば、相手を想って贈り物をしたとしても、その相手が「お返しをしなくてはいけない」と負債の気持ちを持ったら、それは利他ではなく利己になってしまう。 利他のつもりでやった行為が、結局のところ利己になっている事、多いと思う。 または、親切と見せかけて相手の気持ちをコントロールしようとしたり、ありがとうと言われたがったりする事、無いとは言えないな… この本を通して本当の「利他」とはどういうことなのか、知ることができた。

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2025/12/15
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与格的主体。 やってくるものを受け止める。 身を委ねる。 私はやってくるものを受け止める器。 「私が作る」なんておこがましいな。 意思を超えたものが宿る。 自我があっては超えられないものがある。 「美」は作るのではなく、やって来るもの。 一生懸命日々を過ごした先に 「宿る」瞬間が来る。 偶然性。 偶然そのものをコントロールできない。 しかし偶然が宿る器になることは可能だ。 一生懸命その瞬間を生きる。 「器」育てるしかない。 それしかない。 与格。 私にやってきて留まっているというニュアンス。すごく好きな表現だ。 主格を消したところにやってくるもの。 つまり自己を消す。自我を消す。 自力の限界を受け入れる。認める。 「自分で何でもやってやる!」という自力本願。 これはとても良いことだ。 だけど。 一生懸命にやっていても限界が来る。 「己の限界」を否定的に捉えるのではなく、潔く「認める」 やり切ったところにある「諦め」 清々しい「諦め」 これは「物事の事情や真理をはっきり見極めて、納得して手放す」という意味だ。 そこでやっと「他力本願」になれる。 他力本願。 これは何でもかんでも「人任せにする」ということではない。 「自力」で懸命に生きた先に見えるものだ。

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2025/12/06
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人にすすめられて、ミシマ社。 利他という言葉を聞くとまず思い浮かぶのはボランティアやドネーションなのだけど、宗教的なものとの関連を深めたいところ。本作はそれが仏教からアプローチされていて、面白かった。(すぐキリスト教を思い浮かべていたので) 以下メモ。 ーやって来るものを受けとめること。そこに身をゆだねること。このような与格的主体のあり方は、多くの「名人」「職人」「達人」と言われる人たちによって、さりげなく語られてきました。(p.81) …ボランティアの人たちの「身が動く」という言葉は、「宿業として表現される人間の様態を、直角的に表したもの」です。…「業」とは仏からやって来る力です。この「仏業」が宿ったとき、私たちは「浄土の慈悲」の器になります。ここで行われるオートマティカルな行為こそ、利他的なものです。それはどうしようもないもの。あちら側からやって来る不可抗力です。つまり、業の本質は与格的構造にあります。主格は、業という非意思的行為を退け、自己の行為を所有しようとします。それは利他の契機を排除し、行為を利己に還元してしまいます。利他が持つ豊かな可能性に蓋をしてしまい、自己を利己の中に閉じ込めてしまいます。(p.97) …特定の行為が利他的になるか否かは、事後的にしかわからないということです。…与え手が「利他」だと思った行為であっても、受け手にとってネガティブな行為であれば、それは「利他」とは言えません。むしろ、暴力的なことになる可能性もあります。 つまり、「利他」は与えたときに発生するのではなく、それが受け取られたときにこそ発生するのです。自分の行為の結果は、所有できません。…あくまでも、その行為が「利他的なもの」として受け取られたときにこそ、「利他」が生まれるのです。(p.122) …発信者にとって、利他は未来からやって来るものであり、受信者にとっては、過去からやって来るもの。これが利他の時制です。(p.132) 死者と対話し、事故の被贈与性に思いを巡らせるとき、そこに「弔い」が生じ、「利他」が起動します。私たちは死者たちの発信を受け取り、まだ見ぬ未来の他者に向けて、発信しなければなりません。…(p.134) …親鸞が見つめたのは「私が私であることの偶然性」であり、その「偶然の自覚」が他者への共感や寛容へとつながるという構造です。(p.143) 偶然性が可能性を生み、それが必然性へと発展することで、「運命」が生まれる。これが「仏の本願」であり、「人間の救い」である。… ー「仏の本願」と「人間の救い」。それは偶然を受け止め、偶然の中を懸命に生きることによってもたらされます。自己の能力に対する過信を諌め、自己の存在の否定性を凝視する。その先で、私たちは他者に開かれ、未来の可能性に向かって生きることができるのです。(p.170)

Posted byブクログ

2025/11/29

利他に対する著者の深い洞察に溢れた1冊だった。ただ、私が期待していたのは具体的なアクションなどであったため、あまり個人的には刺さらなかった。事例や偉人の言葉を引用しながら、利他を哲学していた。

Posted byブクログ