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敗戦後論 ちくま学芸文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2015/07/10 |
| JAN | 9784480096821 |
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敗戦後論
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商品レビュー
4.5
11件のお客様レビュー
「侵略戦争を認めない欺瞞」や「平和憲法の矛盾」を批判した「敗戦後論」のインパクトが大きい ちくま学芸文庫 加藤典洋 敗戦後論 次の論文「戦後後論」は 文学論。太宰治作品に自由思想を見出している。「敗戦後論」の続きという位置付けらしいが、かなりトーンダウンしている ...
「侵略戦争を認めない欺瞞」や「平和憲法の矛盾」を批判した「敗戦後論」のインパクトが大きい ちくま学芸文庫 加藤典洋 敗戦後論 次の論文「戦後後論」は 文学論。太宰治作品に自由思想を見出している。「敗戦後論」の続きという位置付けらしいが、かなりトーンダウンしている 自由思想(反抗精神)は、事が起きたリアクションとして 同時に発生し、闘争する性質の思想であり、事が終わった後に後付けした戦後思想と区別している 同時に発生するために、誤りうる思想であるが、人はどのような誤りの中に置かれようと そこにいることを足場に、ある真にたどりつくことができる、という結論 「他者と自己は、自己の観点に徹するときのみ、対立しない」 *自己が先〜人は、それに関与していない限り、どのような痛切な問題にも、オレは関係ない、という権利をもつ *自己がなければ他者と会えない〜自己は他者に支えられたものではない *水門を開いても水が動かない〜そのように自分を持する *他者とは、正しさに着地しないもの、名指しされないもの
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お堅い歴史の話がずっと続く感じかと思いきや、『トカトントン』や『ライ麦畑でつかまえて』やらアーレントの話やらで結構後半は楽しく読めた。244頁あたりから分かりだす感覚。敗戦によって生じたねじれというか人格分裂を、クリーンな感じで解決するというより、共同性というか私性をきわめるよう...
お堅い歴史の話がずっと続く感じかと思いきや、『トカトントン』や『ライ麦畑でつかまえて』やらアーレントの話やらで結構後半は楽しく読めた。244頁あたりから分かりだす感覚。敗戦によって生じたねじれというか人格分裂を、クリーンな感じで解決するというより、共同性というか私性をきわめるような形で公共性へと突き抜けて解決していくというのは実に曖昧と言われがちだが実は筋の通っている日本人的な思考を上手く言い表してると思う。こういう透かし見的発想が戦争を忘れるとラブ&ポップみたいな感じになるのかなと思った。 誤りうることの中で真を探すとか、奇跡に従属しない形の自由とか、あんまピンと来なかった椎名麟三の精神性と繋がってるのかな。まぁ無頼派と戦後文学はここではきっかり分けられているのですが…
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親本が刊行された頃(一九九七年)に手に取り、目を通したはずの本。大学生時代にレポートの参考文献としても使ったはず。約三十年も経っているので内容はほとんど忘れていたのだけれど、改めて、ちくま学芸文庫版で読み直してみると、いまの自分もかなり影響を受け続けているのだなあ、と気づくこと...
親本が刊行された頃(一九九七年)に手に取り、目を通したはずの本。大学生時代にレポートの参考文献としても使ったはず。約三十年も経っているので内容はほとんど忘れていたのだけれど、改めて、ちくま学芸文庫版で読み直してみると、いまの自分もかなり影響を受け続けているのだなあ、と気づくことになった。自らを引き受けることでしか、他者とは出会えない。太宰治やサリンジャーにとっての文学は、マルクス主義のような他者の思想に抗い続けるための生きるすべであり、その語り口が批判されたアーレント『イェルサレムのアイヒマン』は、その硬質でおしゃれで皮肉をまじえた文体をアーレントが選び取ったからこそ、発表の場がニューヨーカーだった。戦後憲法は当時の連合軍総司令部によって作られ、占領下の日本に押しつけられた憲法である。そこに書かれている価値観をその後自ら良しとし続けている「ねじれ」を、わたし達はそのまま受け止めなければいけない。ちくま学芸文庫版が発売された当時(二〇一五年)に付された「ちくま学芸文庫版によせて」で、日本社会はいまや「ねじれ」と無縁な「一本気」な世界になってしまった、と著者は憂う。二〇二四年のいま、さらにその傾向は加速している気がする。わたし達は、自らを引き受けないまま、他者ばかりみているのではないか。
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