- 中古
- 店舗受取可
- 書籍
- 書籍
- 1215-02-12
それは私がしたことなのか 行為の哲学入門
定価 ¥2,640
2,475円 定価より165円(6%)おトク
獲得ポイント22P
在庫あり
発送時期 1~5日以内に発送
店舗受取サービス対応商品【送料無料】
店舗到着予定:3/19(木)~3/24(火)
店舗受取サービス対応商品
店舗受取なら1点でも送料無料!
店舗到着予定
3/19(木)~3/24(火)
商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 新曜社 |
| 発売年月日 | 2013/08/05 |
| JAN | 9784788513440 |

店舗受取サービス
対応商品
店舗受取なら1点でも送料無料!
さらにお買い物で使えるポイントがたまる
店舗到着予定
3/19(木)~3/24(火)
- 書籍
- 書籍
それは私がしたことなのか
商品が入荷した店舗:0店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
それは私がしたことなのか
¥2,475
在庫あり
商品レビュー
4.4
6件のお客様レビュー
「手を挙げた」から「手が上がった」を引くと何が残るのか? 「やってしまった事」から「起こった出来事」を引くと何が残るのか? これらを検討しながら人の意識、心についてそのメカニズム(そう呼べるだろうか)を解き明かす。 人の心って印象としては心臓を中心とする胸にあるとするのが一般的だ...
「手を挙げた」から「手が上がった」を引くと何が残るのか? 「やってしまった事」から「起こった出来事」を引くと何が残るのか? これらを検討しながら人の意識、心についてそのメカニズム(そう呼べるだろうか)を解き明かす。 人の心って印象としては心臓を中心とする胸にあるとするのが一般的だけど、科学的には脳にあるわけだし、本書では身体全体にあるとする。違和感あるよね。
Posted by 
第2章までの行為論の概説は著者の見解ではなく、主要な議論の紹介なのだが、この時点でかなり面白い。後書きにある通り、広く一般に読まれるために文章を工夫されているということのようだが、見事に成功していると感じる。参考文献として挙げられている本を手に取りたくなる。 第3章の行為論と倫...
第2章までの行為論の概説は著者の見解ではなく、主要な議論の紹介なのだが、この時点でかなり面白い。後書きにある通り、広く一般に読まれるために文章を工夫されているということのようだが、見事に成功していると感じる。参考文献として挙げられている本を手に取りたくなる。 第3章の行為論と倫理学のところは、意図だけでなく運に着目した整理がなされ、前章とはガラッと変わったテーマの感を呈する。著者の関心はこの運の方により重きが置かれているように感じる。倫理学が捨象せんとする運と向き合う倫理学にワクワクした。著者の別の著書も読んでみたい。
Posted by 
行為とは何か。 という問いに始まって、意図すること、意図せざること。行為と責任。不慮の出来事に対する責任。 こうした考察を経て、倫理という立ち位置からも、行為にまつわる人間の姿に迫っていく。 分かりやすいけど、追いきれないのが不思議。 レビューも、ズレているかもしれない。すい...
行為とは何か。 という問いに始まって、意図すること、意図せざること。行為と責任。不慮の出来事に対する責任。 こうした考察を経て、倫理という立ち位置からも、行為にまつわる人間の姿に迫っていく。 分かりやすいけど、追いきれないのが不思議。 レビューも、ズレているかもしれない。すいません。 池袋の自動車暴走事故のニュースとやや重なってくるような内容だった。 たとえば、運転に注意を払っていたとして、目の前に子どもが飛び出してきて、はねてしまい、その子どもが亡くなったとする。 運転手が酷くショックを受け、自分を責め苛んでいたとしたら、周囲の人は「不幸なことだったんだ」と慰めるかもしれない。 しかし運転手が「あれは不慮の事故だったんだ」とケロッとしていたら、どうだろうか。 行為は、必ずしも意図通りに進んでいくわけではない。さまざまな偶然性によって曲げられてもいる。 それは、良いこととして捉えられる事象もあれば、悪いこととして捉えられる事象もある。 そして、「だってあれは仕方のないことなんだ」とは言えず、偶然が組み合わされた悲劇を、自ら背負ってしまうことに人間の苦悩が見えてくる。 話を戻して、自動車暴走事故の原因が、人ではなく車にあったとしたら。 それは、そうした車を作った人が悪かったのだ、一切悔いることはない、と思うだろうか。 はたまた、そう主張する人を、素直に受け入れられるだろうか。 筆者が、トロッコ問題に対し、レバーを引くべきか引くべきでないかという所に、重要なポイントはないと述べる。 しかし、レバーを引くか否かに対して葛藤する人間の姿に、本質的な事柄を感じる、と。 この言葉が、深く響いた。
Posted by 