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小林秀雄の恵み 新潮文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 新潮社 |
| 発売年月日 | 2011/02/26 |
| JAN | 9784101054162 |
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小林秀雄の恵み
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小林秀雄の恵み
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商品レビュー
4.6
7件のお客様レビュー
これは前代未聞の迷著の名著ではないだろうか。 著者の言い回しが、複雑巧妙で、冗談か本気かわからないところが随所にあり、正直言って、頭が悪い私は振り回されて、ついて行くのがやっとである。 何よりも、「じいちゃんと私」の一節を紹介したい。タイトルの「小林秀雄の恵み」の意味がわかる。 ...
これは前代未聞の迷著の名著ではないだろうか。 著者の言い回しが、複雑巧妙で、冗談か本気かわからないところが随所にあり、正直言って、頭が悪い私は振り回されて、ついて行くのがやっとである。 何よりも、「じいちゃんと私」の一節を紹介したい。タイトルの「小林秀雄の恵み」の意味がわかる。 <たとえて言えば、小林秀雄は、私に親しい「じいちゃん」である。「また学校で、先生に怒られた!友達の笑われた!」と言って帰って来る孫の私に、「なんだ、そんなこと気にするでねェ。昔の人はな、こういうことしてたんだぞ」と言って、とんでもなく難解な例を持ち出した慰めてくれる――こんなへんてこりんな小林秀雄の読み方をした人間は、そうそういるまいとも思うが、私にとっての小林秀雄は、「慰め励ましてくれるじいちゃん」だったのである。愚かな孫は、小林秀雄の『本居宣長』を読んで、「そうか、ちゃんと学問をすれば、じいちゃんが言うみたいに、自信を持って何でもやることが出来るのか。学問というのは、そういう自信を与えてくれるのか」と思ったのである。だから、「もう一度ちゃんと学問をしてみようかな」と思った。これがそもそも、私=橋本治にとっての、「小林秀雄の恵み」だったのである。> 小林秀雄を「じいちゃん」と呼んで手玉に取るような評論は他に例がないと思う。とは言っても、小林秀雄論などほとんど読まない私の狭い知見では、坂口安吾の「教祖の文学」は、そのよい「他の例」になるだろう。「去年、小林秀雄が水道橋のプラットホームから墜落して不思議な命を助かつたといふ話をきいた。泥酔して一升ビンをぶらさげて酒ビンと一緒に墜落した由で、・・・」という書き出しには大笑いしてしまった。そして「じいちゃん」が少し好きになった。 ******************** 【付録】 廣木寧氏の『小林秀雄と夏目漱石 その経験主義と内発的生』(133~135ページ)に次のようなことが書いてある。江藤淳氏の鋭い発言に、「じいちゃん」は狼狽えているように見える。 <保守派の文学者、思想家、論客の中で、江藤氏ほど幾度も三島氏の割腹自刃に疑念と不審と反撥を執拗に表明した人はなかった。小林氏はこの対談の機会を捕まえて若き俊秀を諭そうとしたと僕は思う。(略)再び近世の学者である、荻生徂徠、本居宣長、上田秋成を論じるところで、小林氏は語る、 《(略)宣長と徂徠とは見かけはまるで違った仕事をしたのですが、その思想家としての徹底性純粋性では実によく似た気象を持った人なのだね。そして二人とも外国の人には大へんわかりにくい思想家なのだ。日本人には実にわかりやすいものがある。三島君の悲劇も日本にしかおきえないものでしょうが、外国人にはなかなかわかりにくい事件でしょう。》 この小林氏の発言に江藤氏はすぐさま激越に反応した。以下、二人の応酬である。 《江藤 そうでしょうか。三島事件は三島さんに早い老年がきた、というようなものじゃないですか。 小林 いや、それは違うでしょう。 江藤 じゃあれななんですか。老年といってあたらなければ一種の病気でしょう。 小林 あなた、病気というけどな、日本の歴史を病気というか。 江藤 日本の歴史を病気とは、もちろん言いませんけれども、三島さんのあれは病気じゃないですか。病気じゃなくて、もっとほかに意味があるんですか。 小林 いやァ、そんなこというけどな。それなら、吉田松陰は病気か。 江藤 吉田松陰と三島由紀夫とは違うじゃありませんか。 小林 日本的事件という意味では同じだ。僕はそう思うんだ。堺事件にしたってそうです。 江藤 ちょっと、そこがよくわからないんですが。吉田松陰はわかるつもりです。堺事件も、それなりにわかるような気がしますけれども・・・。》 (略) 先に引いた「歴史について」の対談箇所のやり取りは、読む者に二人の語気の強さは伝わろうが、実際はこんなものでなく、双方掴み掛らんばかりの烈しさであったということである。ここに見られるものは日本の知識人の相の多様性ではない。戦後日本に、いや近代日本に日本の原理の衰滅が現れているのである。僕等はその内にいる。昭和四十五年は、小林秀雄氏六十八歳、江藤淳氏三十八歳。そして、三島由紀夫氏は四十五歳。ああ、日本よ、日本人よ。> こういう詠嘆が日本人のハートをくすぐるのは、私も日本人だからよくわかるつもりだ。しかし、そういう情緒に浸っているうちに、冷酷無比な欧米に何度でもやられてしまうのだろう。 江藤淳氏は、「じいちゃん」を凌ぐ、優れた保守思想家である。その舌鋒鋭い評論が何かの逆鱗に触れたのであろうか、夭折とも言える急逝が惜しまれる。 ********************
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https://yasu-san.hatenadiary.org/entry/20081012/1223771075
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古典をよくわかっている橋本治が、結局のところ古典を理解できていない近代人である小林秀雄を、その痛々しい本居宣長への自己投影に満ちた”読み込み”を解読していく。 この人のエッセイは、自分の言いたいことを徒然草よろしくのらりくらりと語っていくものが多いのだが、この本は小林秀雄の『本居...
古典をよくわかっている橋本治が、結局のところ古典を理解できていない近代人である小林秀雄を、その痛々しい本居宣長への自己投影に満ちた”読み込み”を解読していく。 この人のエッセイは、自分の言いたいことを徒然草よろしくのらりくらりと語っていくものが多いのだが、この本は小林秀雄の『本居宣長』という読み込む対象の本があるせいか、作者からの距離がほどよく取れていて読みやすい。小林秀雄とも本居宣長とも、そして著者自身とも、気持ちのよい距離感を保ったまま論が展開していく。モノフォニックなエッセイが多いこの作者にしては、三者の声でできたポリフォニーでできた、重層的な、コクのある評論である。 文庫版の方が、人名や難読漢字にルビがきちんと振ってあって、おすすめ。
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