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カインの末裔 クララの出家 岩波文庫
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カインの末裔 クララの出家 岩波文庫

有島武郎(著者)

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カインの末裔 クララの出家 岩波文庫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 岩波書店/岩波書店
発売年月日 2003/02/17
JAN 9784003103647

カインの末裔 クララの出家

¥440

商品レビュー

3.3

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2024/12/15

主人公の仁右衛門は、まさに野性そのままの人間だ。無知で粗暴、そして暴力的。人間社会の約束事を守ることなく、感情のままに振る舞い、暴力を振るい、人を憎む。手元に金があれば、酒を飲み、博打を打ち、散財する。 人間は自然の脅威に対抗するために協力し合い、社会を築いてきた。社会の中で生き...

主人公の仁右衛門は、まさに野性そのままの人間だ。無知で粗暴、そして暴力的。人間社会の約束事を守ることなく、感情のままに振る舞い、暴力を振るい、人を憎む。手元に金があれば、酒を飲み、博打を打ち、散財する。 人間は自然の脅威に対抗するために協力し合い、社会を築いてきた。社会の中で生きるためには、他者から協力を得る代わりに、一定のルールや約束事を守らなければならない。それができない人間は、仁右衛門のように社会から排除され、孤独な道を歩むことになる。 この物語を読んで、「奇跡の人」という映画を思い出した。見えない、聞こえない、話すこともできない三重苦を背負ったヘレン・ケラーと、彼女を導いた教師サリバンの物語だ。サリバンがヘレンに最初に教えたのは、「服従」だった。善悪を論じる以前に、服従は人間が持つべき第一の知性なのだろう。私たちは、主人の命令に従順な犬を「賢い」と評価する。それと同じように、人間も社会で生きていくためには、まず服従という能力が必要だ。それができなければ、あるいはそれを拒むならば、仁右衛門のように永遠の放浪者として生きるしかない。

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2024/12/01

有島武郎著『カインの末裔・クララの出家 改版(岩波文庫)』(岩波書店) 1940.9発行 1980.5改版発行 2020.9.23読了 「カインの末裔」  カインとは、旧約聖書に登場するアダムとエバの息子のことである。弟にアベルがおり、カインはアベルの兄にあたる。楽園を追放され...

有島武郎著『カインの末裔・クララの出家 改版(岩波文庫)』(岩波書店) 1940.9発行 1980.5改版発行 2020.9.23読了 「カインの末裔」  カインとは、旧約聖書に登場するアダムとエバの息子のことである。弟にアベルがおり、カインはアベルの兄にあたる。楽園を追放されたアダムとエバは、二人の兄弟をもうけ、カインは土を耕す者となり、アベルは羊を養う者となった。ある日、カインとアベルの兄弟はそれぞれの収穫を神にささげた。カインは大地の実りを、アベルは肥えた羊の子を神に差し出した。ところが、神はアベルの貢ぎ物には喜んだが、カインの方には目もくれなかった。怒りを覚えたカインは弟のアベルを殺してしまう。それを知った神はカインに向かって「血に汚れた土は、耕してももうあなたのために作物を生みだすことはない。あなたは地上をさまよう者になるだろう」と宣言する。こうしてカインは人類最初の人殺し(弟殺し)の罪を背負って永遠にエデンの東をさまよう人となる。  本書は、北海道の荒野から生まれた野生そのままの農民仁右衛門をカインの末裔と見立てて、神の国から永遠に追放された放浪者の姿を描く。仁右衛門は粗暴極まりない性格で感情移入できるような人間ではない。マッカリヌプリ山麓の農場にどこからともなく流れ込んでくるが、農場の規則などは無視して無法者的振る舞いを次々と重ねた挙句、農場関係の全ての人たちから見放され、赤ん坊は病気で失い、愛馬も競馬のときの事故で失い、妻とともにどこへともなく淋しく立ち去っていく。仁右衛門は平気で妻や他人の幼い子供を殴り、他人の妻と姦通し、笠井の娘をレイプした嫌疑までかけられる。しかし、蟻のように小さく林に吞み込まれていく姿にはどこか哀愁が漂う。仁右衛門にとって人間とは敵であり、自然だけが彼を受け入れてくれる懐を持っているようだ。実際、畑で人一番精を出す彼の姿は誰よりも輝いている。初めて来た土地にも関わらず、「十年も前から住み馴れているように」(p20)何をすればいいか熟知している。野蛮人であるが、彼ほどに自然と親しんでいる者はいない。自然からやってきて自然にまた帰っていく。本能の赴くままに流浪を続けていく彼らに少しの尊敬を抱いてしまうのは私だけだろうか。 「クララの出家」  アッシジのフランチェスコもアッシジの貴族の娘クララも史実に基づいた実在の人物である。聖フランチェスコは富裕な商人の子として生まれ、騎士的な生活に憧れて派手な青春時代を送るが、やがて回心し、乞食となって施与にすがって生活した。この体験で福音中のキリストの貧しさを経験した彼は、それ以降、世俗の事物への執着を断ち、無一物となってキリストの生き方を己の生活の手本とし、奉仕と托鉢の生活を始めた。1209年頃、教皇インノケンティウス3世から修道会としての認可と説教の許可を受け、フランシスコ会を創立した。  クララは、アッシジの貴族の出で、1212年、18歳のとき聖フランチェスコの最初の女弟子(修道女)となった。聖フランチェスコの指導のもとクララ会を創立。クララ会はきびしい清貧、禁欲生活を通じ、神との交わりを目指す観想生活を特色としている。  本書は聖人フランチェスコではなく、キリストに嫁ぐ聖処女「クララ」の内面にスポットを当てている。単純な人間味のないクララ像を描くのではなく、普通の18歳が抱くような恋心と肉欲の葛藤を持ち、妹との別れに涙する聖女”前”のクララを描いている。回想シーンが多く挿入されているが、これは著者の想像だろう。恐ろしく完成されている。官能的欲求に魅惑されながらもそれを振り切り、見事に宗教的昇華という形で解消させた手腕は鮮やかの一言に尽きる。「カインの末裔」を書き、「クララの出家」を書き切る有島武郎の創造力の振幅の大きさに只感嘆するばかりだ。 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001458566

Posted by ブクログ

2024/07/25

私は、人間というものはある程度、憎悪というものを燃料にしてつき動かされる部分があると思っている。 恵まれない境遇に、素手で憎悪を握りしめ、両腕をかなぐり振るう主人公に安らぎを与えて欲しい気もする私は、この主人公にシンパシーを感じ、どこか肯定的に読んでしまった。 ニーチェ的に読め...

私は、人間というものはある程度、憎悪というものを燃料にしてつき動かされる部分があると思っている。 恵まれない境遇に、素手で憎悪を握りしめ、両腕をかなぐり振るう主人公に安らぎを与えて欲しい気もする私は、この主人公にシンパシーを感じ、どこか肯定的に読んでしまった。 ニーチェ的に読めば、信仰宗教に身を委ね、資産家に取り入る笠井をルサンチマンの犠牲者として描き、主人公を超人として描いたとも言える。 クララに対しては、抑圧された、進んで内的自制へ傾く、思い込みの激しい人物として、少し距離を置きたいと感じる。

Posted by ブクログ

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