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コリオレイナス ちくま文庫シェイクスピア全集14
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房/筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2007/04/12 |
| JAN | 9784480033147 |

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商品レビュー
4.3
12件のお客様レビュー
早く戰が始ればいい、その方が平和よりずつとましだ、それは晝の方が夜よりましな様なものさ、陽氣で、目も耳も生き生きしてゐて、何も彼も活氣に滿ちてゐる。それに較べて平和と來たら、正に中風病みさ、冬籠りの動物そつくり、氣抜けで、聾で、何も感じない、半分眠つてゐる様なものだ、戰で人間が死...
早く戰が始ればいい、その方が平和よりずつとましだ、それは晝の方が夜よりましな様なものさ、陽氣で、目も耳も生き生きしてゐて、何も彼も活氣に滿ちてゐる。それに較べて平和と來たら、正に中風病みさ、冬籠りの動物そつくり、氣抜けで、聾で、何も感じない、半分眠つてゐる様なものだ、戰で人間が死ぬより、平和で生み落された父無し子の方がずつと數が多いだらう。
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4ヶ月前くらいに読んだ『暴君』という岩波新書で、この『コリオレイナス』が取り上げられ、読んだことがなかったがとても面白そうだと思って、読んでみた。その時のブクログの感想を引用すると、「「父親のいないコリオレイナスの無慈悲な心理と政治は、その母親である厳格なヴォラムニア譲りのよう...
4ヶ月前くらいに読んだ『暴君』という岩波新書で、この『コリオレイナス』が取り上げられ、読んだことがなかったがとても面白そうだと思って、読んでみた。その時のブクログの感想を引用すると、「「父親のいないコリオレイナスの無慈悲な心理と政治は、その母親である厳格なヴォラムニア譲りのようだ」(p.212)ということで、息子を男勝りに育てる母、ってあんまり想像できないなあと思った。結構過激な感じなので興味が湧く。「文明化された国家では、指導者少なくとも最低限の大人らしい自制心があるとみなされ、思いやりや、品位や、他者への敬意や、社会制度の尊重が期待される。コリオレイナスはそうではない。そうしたものがない代わりに、育ちすぎた子供のナルシシズム、不安定さ、残酷さ、愚かさがあり、それに歯止めをかける大人の監督も抑制もないのだ」(pp.216-7)という状態で、「怒りっぽさ、脅したがる無情さ、共感の欠如、妥協の拒絶、圧倒的な支配欲」という性質を獲得し、そして国家でこういう人物が最高権力を握るとどうなるのか、という物語」ということだった。 確かに、基本的にすぐにキレる人で、昔の人ならともかく、現代の政治家には絶対になれないそういう人だろうな、と思った。そういう大衆に頭を下げ、彼らのご機嫌をとらないといけない、というのは、コリオレイナスにとって、いかに下らない、許せない、屈辱的な振る舞いかということがよく分かった。むしろコリオレイナスはそういう「市民」とは対照的な性格の権化みたいな感じ。ちなみに、シェイクスピア自身も、そういう無責任でいい加減な大衆には批判的らしい。 あとは印象に残ったセリフ。戦争を肯定する召使いたちのセリフで、「俺も戦争対歓迎だ。(略)元気いっぱい歩き回り、声を張り上げ、いっときもじっとしていない。ところが平和ときたら中風病みのよいよいだ、目はかすみ、耳は聞こえず、生ける屍だ。戦争が殺す人間より、平和が生み落とす私生児のほうが数はずっと多い」(略)「平和になると人間はお互いに憎み合う。」「なんとなれば、そうなると人間はお互いを必要としなくなるからだ。俺は大枚はたいても戦争は買いたいね。」(p.203)とか、なんか捻くれて頓知の利いている感じがシェイクスピアっぽくて(?)、面白い。おれも、個人についてだったら平和な人生を起こるよりは何かと戦う人生を送った方が鍛えられていいと思う。もちろん限度はあるのだけど。あとは脚注のところで、五幕五場の最初のト書き、「貴族たちが客性から舞台に上がる」(p.257)は、脚注によればpassing over the stageとなっていて、「平土間の観客をローマ市民に見立てる演出がなされえいたと言える説」(p.257)らしい。『ジュリアス・シーザー』とかで、こういう演出になってるの見たことあるなと思った。でも結構客席から舞台に行く演出は今のシェイクスピア演劇でよく見るけど、これは本当に当時もポピュラーなことだったのだろうか。最後に、「息子を男勝りに育てる母」に興味があったのだけど、確かにヴォラムニアというお母さんは、息子の傷を喜んだり、一見現代の母親と違うかなと思うけど、でも息子に積極的に関わろうとして、支配的になる点、今の親と変わんないんじゃないかな、と思ったりした。 結構分かりやすいし面白いけど、これが舞台になってるのを見たことないなあ。ぜひとも見てみたい。(25/07)
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※このレビューにはネタバレを含みます
シェイクスピア作品のなかでも比較的後になって作られた悲劇作品。舞台はローマでその将軍である主人公は、ローマの隣国ヴォルサイとの戦いで成果をあげた。のちにコリオレイナスという名を与えられたが、ローマ市民との関係が悪かった。ついにはローマから追放されることになり、その後ヴォルサイの将軍オーフィデェアスと手を組んでローマに攻め込もうと決意した。このように、本作は国家の内側と外側それぞれの対立や衝突、また登場人物たちの葛藤に注目すると面白い。あとがきにあるように、多くの人々がさまざまな場面で二者択一を迫られる。『ハムレット』以上に板ばさみ状態が続いている。 また解説では、終盤におけるコリオレイナスとその母であるヴォラムニアの対話について言及している。訳者の松岡和子はこの場面からコリオレイナスをマザコンと見なした(新潮選書『シェイクスピア「もの」語り』より)が、その一方で解説者の河合祥一郎はこの意見に反論する。河合はこの場面を絶対的権威としての母親と解釈した。これは武人のコリオレイナスにとって、自身のアイデンティティの基盤である母親はヒエラルキー構造上、上の立場であった。だから跪いたのだと解釈した。
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