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ガラスのうさぎ フォア文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 金の星社 |
| 発売年月日 | 2005/06/17 |
| JAN | 9784323090429 |

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商品レビュー
3.7
14件のお客様レビュー
本屋で文庫版を発見!…
本屋で文庫版を発見!私が小学生の時読書感想文を書いた本なんですが、戦争を知らない世代の私達に戦争の悲惨さを教えてくれる貴重な本です。粗筋「1945年3月10日の東京大空襲で、十二歳の敏子(この本の作者)は母と二人の妹を失い、その後父までも機銃掃射で…。焼け跡には、彼女の家にあった...
本屋で文庫版を発見!私が小学生の時読書感想文を書いた本なんですが、戦争を知らない世代の私達に戦争の悲惨さを教えてくれる貴重な本です。粗筋「1945年3月10日の東京大空襲で、十二歳の敏子(この本の作者)は母と二人の妹を失い、その後父までも機銃掃射で…。焼け跡には、彼女の家にあったガラスのうさぎが変わりはてた姿でころがっていた。うさぎは燃えさかる炎に身を焼かれながらも、戦争の悲惨さを見つめ続けていたのだった」ノンフィクションだけに戦争の凄惨さが生々しく綴られていました。あんな光景一生忘れられないのでしょうね
文庫OFF
戦争の時代に生きた少…
戦争の時代に生きた少女の話です。お母さんも、家もなくなり、兄は戦争に向かいそして目の前で、父が死に。。。一人で父の埋葬を済ませたりと辛いことを一人で立ち向かう少女の強さが書かれています。
文庫OFF
著者、高木敏子さんの戦時中の実体験を書いた小説。東京大空襲で母と二人の妹を亡くし、列車を待っていた二宮駅で機銃掃射に遭い、父を亡くす。物語は、その後、戦地から兄が復員し、日本国憲法が発布された1947年までの戦後の生活を描く。 東京大空襲、玉音放送、日本国憲法。歴史の教科書に載っ...
著者、高木敏子さんの戦時中の実体験を書いた小説。東京大空襲で母と二人の妹を亡くし、列車を待っていた二宮駅で機銃掃射に遭い、父を亡くす。物語は、その後、戦地から兄が復員し、日本国憲法が発布された1947年までの戦後の生活を描く。 東京大空襲、玉音放送、日本国憲法。歴史の教科書に載っている大きな出来事の中で、実際に当時11歳だった少女が、どのような生活をし、どのような経験をしたのかを伝えている。かなり衝撃的だった。特に、読んでいてとても印象的だったのが会話だ。 「空襲がなければよいが……。汽車が順調に東京へつけば、夕方には上野を発つことができる。そうすれば明日の夕方までには、新潟につくものなあ。」(p65) 語り手の敏子の疎開先から、父の工場のある新潟へ行くときに駅で父の言うセリフである。「空襲」という言葉が、まるで天気のように会話の中に出てくる。この何気ない会話で、普通に語られる言葉の中に、日常化した戦争の様子が生々しく感じられた。 上のセリフの直後、父は、米軍艦載機P51による機銃掃射で死んでしまうのである。 「もう大丈夫だぞ。P公、帰ったらしいぞ。」(p67) この言葉から、機銃掃射を受けた人たちの遺体や怪我人が、近くの医院へと運ばれていく。そこで敏子は、お医者さんから死亡診断書を出してもらい、埋葬許可書と火葬許可書を役所でもらうように説明を受けるのである。ことは、事務的に進んでいく。 もう一つ、印象に残ったのが、主人公の敏子が普通に女学校に入学し、転校をしていくところだ。入学式が行われ、疎開先や東京、親戚の家を移動していくたびに、休学届や転校届を出し、そうした手続きが普通に進められていく。その間に、空襲があり、母と妹の死があり、父の死があったのである。 この物語の中では、今でも変わらない「手続き」が、戦争という異常事態の中でも続いていく。学校で勉強し、入学すればお祝いがある。おそらく、そうした普通の生活でやっていたこと続いていくことが、敏子が生きていく心を支える一つにもなっていたようにも思った。 「わたしはまだ死んではいけないのだ。父の遺体を火葬しなければならないし、烏山の寺に納骨するまでは、絶対死んではならないのだ。そう思うと、海に背を向け、両手に下駄をぶらさげて、西山さんの家に無我夢中でかけもどった。」(p88) 他にも、考えさせられることがたくさんある。田舎の生活と都会の生活。米兵。メモリアルホールとなった両国国技館。復員した二人の兄
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