日没 の商品レビュー
どことなくジョージ・オーウェルの『1984』を彷彿とさせるディストピア小説だった。 だがSFには思えない。この物語に描かれるような検閲、監禁、教育が行われるような世界は明日起きてもおかしくないように思える。 それくらいに差し迫った未来の出来事に感じる作品だった。 あいちトリエンナ...
どことなくジョージ・オーウェルの『1984』を彷彿とさせるディストピア小説だった。 だがSFには思えない。この物語に描かれるような検閲、監禁、教育が行われるような世界は明日起きてもおかしくないように思える。 それくらいに差し迫った未来の出来事に感じる作品だった。 あいちトリエンナーレによる表現の不自由展なんかの問題も記憶に新しい。 大衆も政府の不正にもそっぽを向いている。そうなってくると、いずれ政府の都合の良い表現以外は規制され検閲される未来が来てもまったくおかしくない。 そして、もしも『日没』のような状況が明日起きたとしても、恐らく今の日本でなら正しいこととして受け入れられるような気がする。
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小説家の私・マッツ夢井は、ある日総務省からの召喚通知を受け取る。出頭してみると、マッツの書く小説は性や暴力表現があり正しい小説ではない、というのだ。出頭したこの地、茨城県の海沿いの施設で更生するように言われ有無を言わさず収容される。そういえば最近亡くなったり行方不明になっている小...
小説家の私・マッツ夢井は、ある日総務省からの召喚通知を受け取る。出頭してみると、マッツの書く小説は性や暴力表現があり正しい小説ではない、というのだ。出頭したこの地、茨城県の海沿いの施設で更生するように言われ有無を言わさず収容される。そういえば最近亡くなったり行方不明になっている小説家が何人かいた。 施設は「総務省文化局・文化文芸倫理向上委員会」のメンバーが管理し、マッツの小説に対する考えを述べても受け入れてはもらえない。何人か収容されているようだが、話は禁じられ、所長や精神科医との面談はよけいマッツを追い込む。・・一体マッツはこれからどうなるのか? ほぼマッツの独白で進む文体にずんずん引き込まれてしまう。 章立てが、「召喚」、「生活」、「混乱」、「転向」、となっているので最後に何か光明がさすのかと思いきや、ずどんと暗黒に崩れ落ちる。・・この最後は参る。「表現の自由」~ネットやテレビで漏れ聞く中国ではこれに近い状況じゃないのか、などという気もするが、戦争中の日本でも似たような状況だったのかも。・・しかしこんな世の中になったらいやだよなあ。 「文学」2016.7・8月号、11・12月号 「世界」2017.4月号~6月号、9月号~2020.3月号 に掲載 2020.9.29第1刷 図書館
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会社の上司が「嫌な小説を読んだ」と愚痴った後、「読んで感想聞かせて」と押し付けてきた。 彼は「イヤミス」を知らないのだろう。彼の中で物語はわかりやすく完結しなければならない。 仕方なく週末の貴重な時間を使って読んでみた。 桐野夏生はどちらかというと好きな作家だから読むのが楽しみだ...
会社の上司が「嫌な小説を読んだ」と愚痴った後、「読んで感想聞かせて」と押し付けてきた。 彼は「イヤミス」を知らないのだろう。彼の中で物語はわかりやすく完結しなければならない。 仕方なく週末の貴重な時間を使って読んでみた。 桐野夏生はどちらかというと好きな作家だから読むのが楽しみだった。読み進めても、予め上司の感想を聞いていたので、対してワクワクすることなく最後は「あ、こういうことね」と想定内の結末でした。 違うカタチでこの本と出会っていたら、もっと楽しめただろうに…。 結論。読書好きに、安易に本を進めてはいけない。 (好きに物語読ませてほしい)
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あなたの書いたものは、良い小説ですか、悪い小説ですか。小説家・マッツ夢井のもとに届いた一通の手紙。それは「文化文芸倫理向上委員会」と名乗る政府組織からの召喚状だった。出頭先に向かった彼女は、断崖に建つ海辺の療養所へと収容される。「社会に適応した小説」を書けと命ずる所長。終わりの見...
あなたの書いたものは、良い小説ですか、悪い小説ですか。小説家・マッツ夢井のもとに届いた一通の手紙。それは「文化文芸倫理向上委員会」と名乗る政府組織からの召喚状だった。出頭先に向かった彼女は、断崖に建つ海辺の療養所へと収容される。「社会に適応した小説」を書けと命ずる所長。終わりの見えない軟禁の悪夢。「更生」との孤独な闘いの行く末は―。 えっ、マッツそれはどういうことなの! 成田の手引きで七福神浜療養所から抜け出て東京へ帰れる手筈ではなかったの。連日の暑さで読解力がおかしくなってしまったのかと何度も読み返すが、やはり最後の一行は”崖の方へ近づいていった”と結ばれていた。しかも夕暮れではなく朝日が昇ろうとするのに、太陽は赤黒くまるでこれから日が沈むように見えたというフレーズが不穏で、妙にひっかかり胸騒ぎを覚えながら先を読み進んだ。 マッツは、拷問の末に衰えた身体に鞭打ちながら、療養所からの脱走を試みる。療養所の職員が脱走を手引きしてくれたので、彼女はそれを信じて脱走の決意をする。療養所の建物を出ると、かつての顔なじみが待っていて、彼女を入り江へ導いていく。彼女が入り江の崖の淵に立つと、その顔見知りは早く飛び降りろよと促す。そこで彼女は初めて、自分が飛び降り自殺を決心させられていることに気づくのだ。自身の脳をイカレタ研究者の手に渡さないためには飛び降りて粉々に砕くしかなかったから。 ディストピア物は好きではない。本作は今まで読んだ中で最高ランクのディストピア小説だった。いつ読むのを止めてもおかしくない状況だったのを、最後の光を見出そうと何とか最後まで読み終えたのに。彼女をサポートする人間もいるにはいたが、最後まで真意が分からず不気味な存在のままで、マッツ自身も揺らいでいた。マッツが転向して娑婆に戻ってもまた引き戻されて、結局は似た顛末になる可能性は高い。 桐野さんがラスト15行を校了直前に加筆したのを、読み終えた後から知った。
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じわじわ沁み込んでくるような恐怖感、 閉所に閉じ込められ、空気が薄くなって窒息していくような切迫感、 時折、光が見えそうな希望を感じた刹那、 再び暗い海の底へ引き摺り込まれていく絶望感。 あ、やばい、もう読むのやめようとしても、ページを繰る手が止まらず、一気に読み終えた。 そ...
じわじわ沁み込んでくるような恐怖感、 閉所に閉じ込められ、空気が薄くなって窒息していくような切迫感、 時折、光が見えそうな希望を感じた刹那、 再び暗い海の底へ引き摺り込まれていく絶望感。 あ、やばい、もう読むのやめようとしても、ページを繰る手が止まらず、一気に読み終えた。 そして、何とも言えないざらざらとした嫌な感覚が残っている。
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デストピアの世界というのでしょう。小説家が文化倫理向上に反しているからと言って、あるところに収容されてしまう。外に出ることを禁じられ、「向上学習」をさせられる。って、噓のようなホントの話にみえてきてぞっとします。というか、現実に近隣国にありますね~。
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国家が人々の声=密告にもとづく表現者の排除と統制を行っている世界を描いた長篇。市民社会の道徳から逸脱した性愛や欲望を記述する作家、反政府的な立場から発言してきた書き手が次々と収容所に送られ、実験材料にされるか死を強いられるかという設定にはそこはかとないリアリティがある。一度収容...
国家が人々の声=密告にもとづく表現者の排除と統制を行っている世界を描いた長篇。市民社会の道徳から逸脱した性愛や欲望を記述する作家、反政府的な立場から発言してきた書き手が次々と収容所に送られ、実験材料にされるか死を強いられるかという設定にはそこはかとないリアリティがある。一度収容所に送られてしまった作家の心性や欲動の変質を描く展開に引き込まれた。また、視点人物となった作家の口から語られたすがすがしいまでの表現者の正論も気恥ずかしさを感じさせなかった。 しかし、桐野作品の多くに言えることだが、設定はどきどきするほど面白いのに、その設定が生かされない。その設定を喰い破って世界が展開することがない。収容された作家の視点から描かれるので仕方がないのだが、収容所職員の人間関係の方に力点が置かれてしまい、密告社会を作った側の恐怖が問題化されていない。むしろマッツ夢井の弟や歴史小説家・成田麟一(成田龍一の戯画化だろう)の妻など、収容所の「内」と「外」をつなぐ人物たちから掘り下げることはできなかったのか、と問うのは望蜀の言だろうか。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
ブンリンという政府の機関が小説家マッツ夢井が召喚されるところから物語は始まる。 ありえない展開とわかってはいるが、面白く読み進める手が止まらない。 エンディングで救われると思い、読んでいたのだが後味が悪い終わり方だったので星は少なめ。
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「有害都市」というマンガもあったが、これも近しいテーマの作品。小説で拉致監禁や過激な性描写を扱っただけでコンプライアンスの名のもと作家を矯正のための強制入院させ、反抗すればその期間が1週間延びる。ディストピアでありつつ妙に生々しい。当初の目的はどこへやら好き勝手に拡大解釈される法...
「有害都市」というマンガもあったが、これも近しいテーマの作品。小説で拉致監禁や過激な性描写を扱っただけでコンプライアンスの名のもと作家を矯正のための強制入院させ、反抗すればその期間が1週間延びる。ディストピアでありつつ妙に生々しい。当初の目的はどこへやら好き勝手に拡大解釈される法律の危うさも突きつけられる。
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久しぶりに度肝を抜かれた小説に出会った。 桐野夏生作品初体験だが、凄い。 黙って言う事を聞いていればいいのに... と正直なところ思っていたが、 マッツ夢井の 作家魂が駆り立てているであろう 屈しない姿を見て、 表現の自由を制限したその先には 何が残るのだろうと 考えさせられた...
久しぶりに度肝を抜かれた小説に出会った。 桐野夏生作品初体験だが、凄い。 黙って言う事を聞いていればいいのに... と正直なところ思っていたが、 マッツ夢井の 作家魂が駆り立てているであろう 屈しない姿を見て、 表現の自由を制限したその先には 何が残るのだろうと 考えさせられた。 主張が認められるほど 自由が制限されているような現代。 どこまでが正しいラインなのだろう。
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