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みんなが手話で話した島 の商品レビュー

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45件のお客様レビュー

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2025/08/22

アメリカ北東部マサチューセッツ州にあるマーサーズ・ヴィンヤード島では、耳が聞こえる/聞こえないは関係なくコミュニケーションの一つとして手話が使われてきた。むしろ口語よりも手話の方が便利な場面すらあり、また聾者はとくに差別されることもなく普通に暮らしていた。 ヴィンヤード島の主要...

アメリカ北東部マサチューセッツ州にあるマーサーズ・ヴィンヤード島では、耳が聞こえる/聞こえないは関係なくコミュニケーションの一つとして手話が使われてきた。むしろ口語よりも手話の方が便利な場面すらあり、また聾者はとくに差別されることもなく普通に暮らしていた。 ヴィンヤード島の主要産業は漁業や牧畜業であり、1644年にイギリス・ケルト地方から移民がやってきて以降約3世紀12世代に渡って聾者が共同体の中に存在してきた。それは遺伝的な要因で、島という閉じられた共同体において婚姻が繰り返された結果と考えられており、10-20%という高い割合で聾者が生まれてきた。しかし現業を中心とした仕事をするのには耳が聞こえなくてもあまり差し支えなく、むしろ海上や牧草地などでは手話を使った方がコミュニケーションしやすいといった利点もあり、この島では当たり前にすべての住民が手話を使っていた。 アメリカ本土では、独立戦争や産業革命の影響で社会構造が変化していき、民主主義国家として国民を教育・訓練することで労働者にしていくプロセスが発展していく。19世紀になるとヴィンヤード島からも本土にある聾学校に5-10年程度入る子どもたちが出てきて、彼らは聾者でありながら文字を理解し識字率の低い島民にとってはむしろ知識階級としてその帰りを迎えられてきた。 20世紀に入ると、ニューヨークやボストンからも近いヴィンヤード島は避暑地として政治家や学者などの別荘が立ち並ぶようになる。これらの人々に「見つかって」しまったことで、ヴィンヤード島は文明化させるべき未開の地としてセンセーショナルに取り上げられることとなる。観光や遠洋漁業などの産業構造の変化によって多様な人々が流入するようになり、やがて聾者はこの島から姿を消していったのだった。

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2025/07/18

前から気になっていた一冊。 たしかに、ろう者のいる環境が当たり前だったら、聴こえようが聴こえまいが、手話を使うようになり、聴こえないことを意識しなくなるんだろうな、という、貴重な「実験」になったんだろうなときちんと読んで腑に落ちました。正直、情報だけ漁っていたら、ただの近親交配の...

前から気になっていた一冊。 たしかに、ろう者のいる環境が当たり前だったら、聴こえようが聴こえまいが、手話を使うようになり、聴こえないことを意識しなくなるんだろうな、という、貴重な「実験」になったんだろうなときちんと読んで腑に落ちました。正直、情報だけ漁っていたら、ただの近親交配の悪徳事例的な、侮辱的な歴史の物語かと思われる危険性がありますが、決してそうではない事。この史実を下に、色々な考えを巡らせる事ができる事、は書いておきたい。

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2025/07/07

タイトルの島の名はアメリカの「マーサズ・ヴィンヤード島」 多くの著名人の別荘がある風光明媚な観光地。 かって(20世紀初頭まで)この島には、聴覚障害のある人がたくさん住んでいて、聞こえる、聞こえないに関わらず、誰もが普通に手話を使って話していた。 「あの人たちにハンディキャップ...

タイトルの島の名はアメリカの「マーサズ・ヴィンヤード島」 多くの著名人の別荘がある風光明媚な観光地。 かって(20世紀初頭まで)この島には、聴覚障害のある人がたくさん住んでいて、聞こえる、聞こえないに関わらず、誰もが普通に手話を使って話していた。 「あの人たちにハンディキャップなんてなかったですよ。ただ聾(ろう)というだけでした」「あの人たちが特別と思ったことはありません。あの人たちは他の人とまったく同じでした。そうだとしたら、この島ほど素晴らしい場所は、他になかったんじゃないでしょうか」(本文より) 本当にその通りだと思う。

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2025/06/17

〈ヴィンヤード島で聾者が手に入れたステータスを最もよく示しているのはおそらく八〇代の島の女性による次の言葉であろう。あなたが小さい頃、聾というハンディキャップを負わされていた人たちはどんなふうでしたか、とたずねると、この女性は断固とした口調でこう答えた。 「あの人たちにハンディキ...

〈ヴィンヤード島で聾者が手に入れたステータスを最もよく示しているのはおそらく八〇代の島の女性による次の言葉であろう。あなたが小さい頃、聾というハンディキャップを負わされていた人たちはどんなふうでしたか、とたずねると、この女性は断固とした口調でこう答えた。 「あの人たちにハンディキャップなんてなかったですよ。ただ聾というだけでした」〉  二十世紀前半まで、二半世紀以上にわたり、アメリカ全体に比べて、遺伝性の聴覚障害が多かったとされるマサチューセッツ州のマーサズ・ヴィンヤード島では、島のほとんど住民が手話で話すことができたらしい。その島の歴史や人々の触れ合いを丁寧に紐解きながら、「他者を理解するとは、本当のところどういうことか」という、一言で安易に済ませてはいけない問いを投げかけてくれるようなノンフィクションでした。

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2025/05/10

読ませるドキュメンタリーではなく、文化人類学者のフィールドワークの研究結果としての本。だから多分に記録媒体としての部分もあるのだが、その事実や住民の声の記録が面白い。 アメリカ・マサチューセッツ州のマーサズ・ヴィンヤード島では、かつて聞こえない人だけでなく、聞こえる人も当たり前...

読ませるドキュメンタリーではなく、文化人類学者のフィールドワークの研究結果としての本。だから多分に記録媒体としての部分もあるのだが、その事実や住民の声の記録が面白い。 アメリカ・マサチューセッツ州のマーサズ・ヴィンヤード島では、かつて聞こえない人だけでなく、聞こえる人も当たり前のように手話を使っていた。場合によっては聞こえる人同士でも手話で会話する。聞こえないことがハンディキャップではない。手話は単なる第二言語のような扱いだ。 今ではもうこんなパラダイスな環境は失われているのだが、英語と手話のバイリンガルだ。多言語国家で公用語と第二言語を使い分けるようなものだ。 その歴史を移民前のイギリスにまでたどり、膨大な資料を研究し、生き残りの住民に話を聞き、この本を仕上げた作者。面白過ぎる。 私は元々外国語の勉強(趣味)が好きで、その延長として手話や点字にも興味を持っている。障害とか、そう言った文脈ではなく言語としての興味・関心だ。あいにくまだ興味のみで、手を出せていない。 数ヶ月前に書店でふと見つけた本だが、読んで良かった。そんなパラダイスを実際に体験してみたかったが、今はもう叶わない。叶わない代わりにこの本が体験させてくれる。

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2025/04/12

本当にあった聾唖者の多い島の記録。難しくてページが進まず…でも普通という概念が一般的という観点からいうと、聾唖者がいることが普通だから、健常者も手話を使うことが普通。なんだろう。近親相姦から聾唖者が増えたことの現実には、なるほどーと。興味深い本ではありました。

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2025/03/30

アメリカのボストンから南にあるマーサズ・ヴィンヤード島には 長きに渡ってろうの人が生活していて 誰も不自由なく暮らしていた。 聞こえないから差別されるのではなく、聞こえる人も自然に手話を習得して 自然に手話で会話をしていた人々についての 学者さんの まとめた本でした。 村の人は...

アメリカのボストンから南にあるマーサズ・ヴィンヤード島には 長きに渡ってろうの人が生活していて 誰も不自由なく暮らしていた。 聞こえないから差別されるのではなく、聞こえる人も自然に手話を習得して 自然に手話で会話をしていた人々についての 学者さんの まとめた本でした。 村の人はろうということに特に気に留めていなかったようです。 「あの人たちにハンディキャップなんてなかったですよ。ただろうというだけでした」 「何も変わったところなんてありゃしないのに」 と 過去を振り返った村人たちはこのように語っていたようです。 こういう場所があったのに 今はよそから人が入ってきて 状況が変わってきてるのが残念ですね。 これを読んだら 何が障害なのか って考えさせられますよね。 村に大勢ろうの人がいたから 子供も英語を覚えるより早く 手話を覚えたし。 現在も 車椅子の人が多ければ それを優先に道路など作るだろうし。 この世界で みんなが住みやすいようになると良いですね

Posted byブクログ

2025/03/26

聾であることがいい意味でその人のアイデンティティーじゃなかったってすごい。 障がいを障がいとして捉えるのは人によっては嫌な偏見になりうるってことを忘れないようにしようと思った。

Posted byブクログ

2025/02/01
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

アメリカのヴィンヤード島で、近親交配を繰り返した結果、聾者がたくさん産まれるようになった。聾者も健聴者も手話でコミュニケーションするようになり、聾者であることは島では特段の障壁ではなかった。という話。 ある人の特性がハンディキャップになるどうかはその人の生きる社会のあり方による、と示している。 その人のあるがままで生きられる社会っていいなと思った。現代日本で女性、ワーママとして生きている私は大変なこと色々あるけど、環境によるものも多い。自分自身も環境を構成する一員であるわけだから、自分が生きやすい社会を作っていきたいと思う。

Posted byブクログ

2025/01/26

アメリカにある、1700年代~1900年代前半まで遺伝性の聴覚障がい者が多く見られたマーサズ・ヴィンヤード島の調査記録を一般向けに記載した書籍である。 特筆すべきは、社会として聴覚障害がある人を「障がい者」として全く扱っておらず、現在の社会での認識と異なる社会が自然と形成されてい...

アメリカにある、1700年代~1900年代前半まで遺伝性の聴覚障がい者が多く見られたマーサズ・ヴィンヤード島の調査記録を一般向けに記載した書籍である。 特筆すべきは、社会として聴覚障害がある人を「障がい者」として全く扱っておらず、現在の社会での認識と異なる社会が自然と形成されていた事である。 以前どこかの書籍で、「視力が悪い人は眼鏡という道具で他の人と変わりない生活を過ごせている。車いすの歩けない人が他の人と変わりある生活をするのは、技術者の怠慢だ」という、技術者の指導をする人の意見を目にしたことがあったが、 まさに、「障がい」とは、社会(上記の場合であれば社会の中で持ちうる技術)が定義することである、とまざまざと見せつけられた。 また、当書籍では上記の事実を、当時を知る高齢者の証言、および公的記録から記述しており、主観による意見だけでなく、客観的な指標からも「聴覚障害がある人を「障がい者」として全く扱っていない」という事実を証明している。文化人類学者によるフィールドワークとはこういったやり方なのかと知ることが出来た。

Posted byブクログ