ぼくらの戦争なんだぜ の商品レビュー
とても近いところの空が、とても遠いところの言葉が、「戦争」を呼んでいる。ぼくらは、誰に、何を、話しているのかわからなくなった。「そのことを、心にとどめておきたいと思った。」
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どの文献も選び抜かれたものだけあって精神的に それはかなりきついのだ。 だからこそ 読み続けなければならないのだが、 林芙美子の従軍の手記だけは いけなかった。 グロテスクの極みに読んでしまった。 戦後の自らの全集には収録しなかったというが、何という 卑怯な振る舞いだろう。 その...
どの文献も選び抜かれたものだけあって精神的に それはかなりきついのだ。 だからこそ 読み続けなければならないのだが、 林芙美子の従軍の手記だけは いけなかった。 グロテスクの極みに読んでしまった。 戦後の自らの全集には収録しなかったというが、何という 卑怯な振る舞いだろう。 そのことがまた さらに グロテスクで。
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910.263 タカハ 教科書の「戦争小説」を読むと、人々を戦争に駆り立てることばの正体がわかるという。 古い日本の教科書、世界の教科書を読んで作者が作品の中に埋め込んだサインを読む。
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『僕らの◯◯なんだぜ』が高橋氏のトレードマークになっているようで、この本では戦争にまつわる文学作品を取り上げて紹介し、様々思索したことを書き連ねている。その引用がものすごく多くて長く、旧仮名遣いや詩文など、普段読み慣れていない様式の引用文に苦労しながら読んだ。筆者の思索も哲学的か...
『僕らの◯◯なんだぜ』が高橋氏のトレードマークになっているようで、この本では戦争にまつわる文学作品を取り上げて紹介し、様々思索したことを書き連ねている。その引用がものすごく多くて長く、旧仮名遣いや詩文など、普段読み慣れていない様式の引用文に苦労しながら読んだ。筆者の思索も哲学的かつとりとめのない印象で、もう少し整理してメリハリのあるを編集してくれるとよかったのに、と思った。 引用文の中で印象に残ったのは、ドイツの高校生用教科書で、ナチスが合法的に政権を取り独裁体制を敷いてファシズムに取り込まれる加害の歴史をきっちり記述していることだ。一度あったことは二度三度起こり得る、現在の問題であることを教えている。政府が検閲して加害の事実を隠蔽する国との相違は著しい。また、太宰治が戦時中世に傑作を出し続けた特異性、天才性も強く印象に残った。今まで戦争という視点で読んだことがなかったので、目から鱗だった。
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センセーショナルなタイトルに惹かれて、手に取った。高橋源一郎 氏のことは、その昔、日テレの「スポーツうるぐす」で顔と発言内容は知ってだけれど、著作は読んだことが無かった。 戦争は他人事ではない、というタイトル通りと言えばタイトル通りのような、期待外れのような、微妙な読後感。(戦...
センセーショナルなタイトルに惹かれて、手に取った。高橋源一郎 氏のことは、その昔、日テレの「スポーツうるぐす」で顔と発言内容は知ってだけれど、著作は読んだことが無かった。 戦争は他人事ではない、というタイトル通りと言えばタイトル通りのような、期待外れのような、微妙な読後感。(戦中の自分の態度を指して)「あのときはどうかしてたんだ」と安易に言うような人は、また別の時にも、簡単にどうかしてしまう可能性が高い、と自戒しないと、いつのまにか戦争状態となってしまうかもしれない、という指摘はその通りかもしれない、と思った。 少なくとも、筆者が戦争のことをとことん考え尽くしながら書いたことはよく分かった。 この本の白眉は、最終章(第五章)の太宰治に関する考察だろう。太宰治と言えば、女と心中を失敗ばかりしている、自堕落でどうしょうもない男、という印象だが(人間失格という自伝的作品のせいだろう)、実際には、活動期間の大半は戦争中で、厳しい言論統制・出版統制の中、嘘はつかず、ギリギリのテクニックを駆使しながら、自分の本心を発信し続けた、攻めた作家、と見るのが事実に近いようだ。例として挙げているのが、「十二月八日」、「散華」という小品二作品。前者は、奥さんの日記の体をとり、百年後(の皇紀二千七百年)に開戦当時を振り返った際に、一市民(一作家)がなにを考えていたかを残したい、という動機で書かれており、国家への(学のない役人が読む分には気が付かない程度の)あからさまで無い不信が滲み出ている。 P358 (三田君から太宰治への四通目の手紙) 御元気ですか。 遠い空から御伺いします。 無事、任地に着きました。 大いなる文学のために、 死んで下さい。 自分も死にます、 この戦争のために
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率直に言って自分は高橋源一郎の小説の良い読者では無いのだが、源一郎さんの新書が間違いなく面白いことは知っている。本作も期待して読んだ。 だが、本作はそんな気軽な期待を遥かに超える射程距離を持っていて、度肝を抜かれてしまった。もう一度源一郎さんの小説もその心構えで読み直してみようと...
率直に言って自分は高橋源一郎の小説の良い読者では無いのだが、源一郎さんの新書が間違いなく面白いことは知っている。本作も期待して読んだ。 だが、本作はそんな気軽な期待を遥かに超える射程距離を持っていて、度肝を抜かれてしまった。もう一度源一郎さんの小説もその心構えで読み直してみようと思う。
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メモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1842878300190064729?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw
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なかなか面白いこと書く人なのね。新たな視点がいいですね。 野火のこと書いてある。その昔読んだ時すごい感動したけど、なんかこう解説されると、これフィクション実は半分入ってるとか思ってしまった。
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分かりやすい文体で読み手に問いかける。戦争は、穏やかな顔をしてやってくる。気がつかねばならない。大きい言葉、大きい声に、と。印象的だったのは太宰治の作品に隠された反戦の文意。恥ずかしながら知識不足で今回初めて知ったのが詩集「大東亜」。高村光太郎や室生犀星などが詠んだ国策の詩。「正...
分かりやすい文体で読み手に問いかける。戦争は、穏やかな顔をしてやってくる。気がつかねばならない。大きい言葉、大きい声に、と。印象的だったのは太宰治の作品に隠された反戦の文意。恥ずかしながら知識不足で今回初めて知ったのが詩集「大東亜」。高村光太郎や室生犀星などが詠んだ国策の詩。「正しさ」に向かって人々が、言葉が動員されたと。それに対して、無名の兵士詩人たちの詩のすごさ。 印象的だったのは、「敗戦当夜、食事をする気力もなくなった男は多くいたが、しかし、夕食を整えない女はいなかった」という文章。日常を捨てない、ということの大切さ、正常な感覚を非常時に捨てないことが、戦争への道を阻止する大きな手段だということがよく分かる。
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「作家は、誰よりも、ことばの意味と 美しさに敏感だ。 だから、逆に、美しくないものにも 敏感だ。 ことばがいい加減に使われることにも 敏感だ」(P448) 本好きには頼もしい先達の高橋源一郎。 上野千鶴子同様、 上には上がいるなと思わせる。 こういう存在が尊い。 だからこういう文...
「作家は、誰よりも、ことばの意味と 美しさに敏感だ。 だから、逆に、美しくないものにも 敏感だ。 ことばがいい加減に使われることにも 敏感だ」(P448) 本好きには頼もしい先達の高橋源一郎。 上野千鶴子同様、 上には上がいるなと思わせる。 こういう存在が尊い。 だからこういう文章も説得力がある。 P126 読んだら、世界がちがって見えてくる、 そういう本が「いい本」だ ※ P130 「『小さい記憶』としての戦争は、 なんだか、とても、『大きな記憶』に 似ているのだ。 『大きな記憶』としての戦争」がまずあって、 その断片としての意味しかないように 見えるのだ」 「小さな記憶」「大きな記憶」という表現は 初めて聞いた。言い得て妙だ。 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの 『戦争は女の顔をしていない』が頭をよぎる。 (実際、P418にその名が出てくる) 「大きなことば」の例として 「『大東亜』なことば」(P135)もしかり。
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