春の庭 の商品レビュー
一読した時は何も感じず、そのうっかりすると、読み手の側を、いともあっさりと通り抜けていくような掴み所の無さは、主人公の「太郎」や、写真集『春の庭』に魅せられた、「西さん」といった、あまりにもありふれていて印象に残らない名前だからこそ、再読することによって、少しずつ見えてきたこと...
一読した時は何も感じず、そのうっかりすると、読み手の側を、いともあっさりと通り抜けていくような掴み所の無さは、主人公の「太郎」や、写真集『春の庭』に魅せられた、「西さん」といった、あまりにもありふれていて印象に残らない名前だからこそ、再読することによって、少しずつ見えてきたことを、拾い上げてみる。 本書の主人公である太郎は、何をするにも面倒になりそうなことを回避する質ではあるが、先の先にもっと面倒なことになるところまでは考えない大雑把な一面とは対照的に、自分の生きている世界に対する見方は、とても繊細なものがあると感じ、それは自分の暮らすアパートのみならず、日常で見かける動植物や建造物、更には町の構造や地面の下に長い間存在するものへと思いを馳せる姿に、自分自身を慰めているような印象を抱かせた、それは人間のみならず、彼らと共に移り変わる世界と共存共栄することに生き甲斐を見出しているようなセンチメンタルさがありそうで、実はそうでは無い、淡々とした、ものの見方が却って気になってしまう。 しかし、そんな彼の見方に於いて、時折、彼のモノローグに現れる、亡くなった父親への思いには、一際特別な思いがありそうで、それは、かつて人が住んでいた空き家を見るときの、彼の思いと似ているような気がする。 それは彼が未だに、すり鉢と乳棒を目に見えるところに置いておきたい気持ちとも重なった、現実だったものが現実で無くなってしまうことに対する恐怖心であり、それは雲の上から地上を眺めたときに、初めて地図と同じ形をした世界を知ることによる、彼の世界に対する安堵感へと繋がっているように思われた。 また、エゴノネコアシフシやトックリバチの巣を見た、彼の心境は、何故わざわざ面倒くさいシステムで生きているのかということであったが、それは『そうした仕組みができてしまったから続けている』といった、進化の過程に於いて、必ずしも効率性が重視されるとは限らないことに、彼自身気付いたことは、三年前の離婚時に元妻から言われた、彼自身の性格をそっと癒してくれるような、様々な生き方を後押ししてくれた出来事だったのかもしれない。 彼にとって、とても愛着のあったアパートの立て壊しが決まり、次々と去っていく住人たち。かつて人の住んでいた部屋は、空き家のように、外見は同じようでいて全く雰囲気の異なるものへと変貌してゆき、それを肌で感じ取る彼の姿には、まるで人が去ることによって、命の火が消えてしまったような建物の見えざる思いを映し取っているかのようであったが、現実はいとも容易く、それを壊して更地に変え、そして気が付いたら、何事も無かったかのように違うものが建っている。 それでも、そこで暮らしていた、人から人へと受け継がれていった建物の歴史や思い出は、何かのきっかけで人から人へと話されて、時には共感を呼びながら、いつまでも心に残るような感慨も抱かせる、そんな人と住まいとの関係性は人生とも深く密着し、より彩り深くもしてくれるのだろう。 しかし、そうした思いを抱いても、何か釈然としないものが漂うのは、物語に於いて、太郎の内面を推し量ることが出来る機会は、あくまで断片的な、時折ひっそりと顔を覗かせる程度の少なさであり、おそらく終盤の別の者の視点の描写が無ければ、もっと得体の知れない人間として印象づいただろうと思われた上に、お墓や不発弾、そして上記のすり鉢と乳棒の使い方も含め、いくつかの不穏なワードが何気なく登場しながらの、太郎自身の、西さんのことをあれこれ言っておきながら、それに矛盾した行動と、勿論それらに対して、自分事のように共感出来るのであれば、どんな奇異なものでも構わないのだが、そうした全ての出来事が、そこかしこに浮かび上がっては消えてゆくのを、ただ眺めているだけといった、結局は、最初に書いた掴み所の無い印象へと帰ってきてしまった。 人と住まいに纏わる、日常のささやかな出来事を切り取った物語は、主人公の繊細な内面を覗かせながらも、そう感じさせない言動と、写真集の家に魅せられた、西さんの怖いほどの無邪気さと、彼らを取り巻く、愛情があるのか無いのか、よく分からない人達と、どこか歯車の一つが微妙に噛み合わないような、そんな漠然とした違和感が絶えず付き纏う感じでありながら、上記のような世界と同化するような眼差しを感じられたのも確かなことが、結局は私の心に何も置いていかずに、ただ通り過ぎていったのだろうか? 出来うる限り、こうなのではないかといった、私なりに、作品の意義に思いを馳せてはみたものの、これだけ心に響くことも書いてありながら、読後に何も感じない小説を読んだのは正直久しぶりであったし、これが誉め言葉なのか、そうで無いのかも、正直なところ、未だに分からないのである。
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一件の家とその家にまつわる人達の話 どうでも良いような些細な出来事や会話から この家に対する登場人物それぞれの思いが伝わり 飽きずに読み進められたのは共感出来たからかもしれない 結局 主人公は人か家か庭か?
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なんかぞわぞわした 観察と興味とプライバシー……時間と空間と個人の境目がむにゃむにゃ溶けていく感じが面白かったです。でも最後姉の視点に急に切り替わるのと謎の映画撮影シーンが挿入されるのは本当にわからなかった笑
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不思議な読後感を残す物語だった。 一見たんたんと、さほどの起伏もないまま話は進んでいくのだけれど、進行とともに微かな違和感や、緊張感が少しづつ高まってくる感じ。 ラストに至っては、それまで読み手が頭の中で描いていた作品の世界観をひっくり返したような展開となり、冒頭とは全く違う...
不思議な読後感を残す物語だった。 一見たんたんと、さほどの起伏もないまま話は進んでいくのだけれど、進行とともに微かな違和感や、緊張感が少しづつ高まってくる感じ。 ラストに至っては、それまで読み手が頭の中で描いていた作品の世界観をひっくり返したような展開となり、冒頭とは全く違う物語となって終わる。 騙し討ちにあったような気分。 そしてこの小説の主人公はあの家だったんだな、と最後に知ることになる、面白い形の小説でした。 【追記】 柴崎さんの「百年と一日」という小説を過去に読んでいて、そこでも「不思議な読後感」と書いていた(笑)。 私にとってこの方は、不思議な読後感を残す作家さんなのかもしれないな。
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舞台女優とCMディレクター夫婦のお宅をお洒落に写した写真集「春の庭」。その家の裏手にあるアパート住人の話。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
芥川賞受賞作。 う~ん、やっぱり、よくわからない。 主人公・太郎は、「ビューパレス サエキⅢ」のアパートに住む住人。30代前半で離婚歴あり。 同じアパートに住む、太郎の姉と同じ年の女性・西さんは、隣の豪邸が気になっている漫画家・イラストレーター。 隣の豪邸は、昔、アーティスト夫妻が住んでいて、「春の庭」という写真集に家の写真が収められていた。それを見て、西さんは憧れていた。 西さんは、「春の庭」の家を見るために、住人と仲良くなり、家を訪問するようになる。太郎も、西さんに誘われ、「春の庭」の家に訪問。西さんが、見たかった緑のバスルームを見るための計画を手伝うよう言われるが、子どもの失敗で、西さんはケガをしながらもバスルームを見る事ができた。 「春の庭」の住人が引越すことになり、太郎と西さんに欲しい家具を譲ってくれた。 「ビューパレス サエキⅢ」は、取り壊しが決まっており、徐々に住人が引越していく。 西さんも引越していった。 太郎の姉が、太郎の部屋に2泊ほど滞在。 姉は、「春の庭」の写真集のことを知っていた。 太郎は、ある夜「春の庭」の家に忍び込み… 写真集で疑問に思った庭の穴を掘ってみた。 2階に忍び込んで、和室の畳で寝てしまった。 朝、目覚めると階下で物音がして… ドラマか何かの撮影だった。 太郎は、こっそり、2階に戻り、自分のアパートの庭へもどって行った。 う~ん…なんだかわかりません。 ブクログ内で、小説読了213冊。
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花の名前や小難しい情景の説明がスッと頭に入って来ず、大まかな流れを読んでいた前半だったが、後半は登場人物に動きがあり引き込まれた。 水色の家に執着する人間。その一部を覗き見たイメージ。こういう人もいるんだなと一つ勉強になった感覚。
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何気ない日常を描いた作品ではあるのだが、不思議と面白いと感じた。アパートの少し不思議な住人、西がアパートの裏にある水色の壁の家を覗く冒頭のシーン。そして西が持っている写真集と同じ家だという水色の壁の家。その家に入りたい、特に風呂場の緑のタイルを見たいという謎の思考。主人公の太郎も...
何気ない日常を描いた作品ではあるのだが、不思議と面白いと感じた。アパートの少し不思議な住人、西がアパートの裏にある水色の壁の家を覗く冒頭のシーン。そして西が持っている写真集と同じ家だという水色の壁の家。その家に入りたい、特に風呂場の緑のタイルを見たいという謎の思考。主人公の太郎もその事を深く突っ込まないので、そんなに不思議な話では無いのか。そんな謎の住人、西が気になる読み手の自分は、後半を一気に読み進めてしまった。 本当に何気ない話なのに、なぜここまでこの作品に惹かれてしまったのか。初めての柴崎友香さんの作品、この作風が癖になるかも。他の作品も日常色が強いらしいので、読みたいところ。 この読後感を上手く言語化できる人間になりたい。
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あまりよくわからなかったな。 運がいいとはまさに。というか、なんというか。 日常が出会いで変わっていく様子がすらすら読めた。
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何気ない日常のよう。 ある日、同じアパートに住む女が不可解な行動をしていた。 気になってあとをつけると裏に建つ水色の家を眺めてアパートに戻るというだけ。 そのうちベランダを貸してくれと言う。 水色の家を見たいだけたと。 そんな会話から彼女が、「春の庭」という写真集を見せて、それが...
何気ない日常のよう。 ある日、同じアパートに住む女が不可解な行動をしていた。 気になってあとをつけると裏に建つ水色の家を眺めてアパートに戻るというだけ。 そのうちベランダを貸してくれと言う。 水色の家を見たいだけたと。 そんな会話から彼女が、「春の庭」という写真集を見せて、それが水色の家であること。 本当は家の中までも見たいのだと… そんな流れで始まる物語。 そこに人が住み始め、仲良くなり念願かなって家の中に入ることもでき… やがて、引っ越してゆく。 アパートの住民も次々と…。 そう、春は引っ越しも多いのだと感じた。 つい昨日も息子が引っ越しする予定だと言ってた。 これから物件探しだそうだ。 春の庭を見ていると引っ越ししたくなってきた。 行くあても理由もないけれど。 なぜか、そんな気持ちになってきた。
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