夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです の商品レビュー
インタビュアーの春樹愛がすごい。 村上春樹のぶれなさもすごいけど、頑固な感じがしない。 話し言葉がもうあの文体ってなぜ。
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好きな作家がいるという幸せをもててよかったなーと思います。そしてその幸せを確認できた本でした。好きな人の事って知りたいと思いますよね?そんな感じです。
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村上春樹の初のインタビュー集。 彼がどの様に、「小説を書く」ことと向き合って来たかが分かる。 彼は言う、「もうすぐ六十歳になりますが、僕はまだ自分自身の多くの部分を知らないでいます。自分というものを知るためにこれまで書いてきたけれど、まだ先は長い。」今もなお、説執筆中は、とてもス...
村上春樹の初のインタビュー集。 彼がどの様に、「小説を書く」ことと向き合って来たかが分かる。 彼は言う、「もうすぐ六十歳になりますが、僕はまだ自分自身の多くの部分を知らないでいます。自分というものを知るためにこれまで書いてきたけれど、まだ先は長い。」今もなお、説執筆中は、とてもストイックな生活をされている。 「小説家として、フィクションを書く人間として、僕は良い物語の力を信じています。」
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2013年11月11日読了。村上春樹の初のインタビュー集。(日本の)メディアに顔を出すことが少なく、インタビューを受けることも好まないと言う村上春樹であるから、その思想や著作にこめた思いはエッセイ集などからうかがい知ることしかできないわけだが、主に海外で受けたインタビューなどをま...
2013年11月11日読了。村上春樹の初のインタビュー集。(日本の)メディアに顔を出すことが少なく、インタビューを受けることも好まないと言う村上春樹であるから、その思想や著作にこめた思いはエッセイ集などからうかがい知ることしかできないわけだが、主に海外で受けたインタビューなどをまとめたこの本でより彼の人間性や創作のスタンスについて理解できた、気もする。感覚で文章を書いているような印象もあるが、非常にテクニカルな点に留意してそれを駆使して文章を書いており、また自分の中で「この作品ではこの目標を達成しよう」「何年後には何ができるようになろう」と目標を定めて仕事をしている人(マラソンや肉体トレーニングはその手段)なのだな、と改めて思った。イチローのインタビューを読んでいるような気にもなった。1997-2011という期間設定もあるが、ノンフィクションの「アンダーグラウンド」やこの期間に書いたいくつかの短編集が、今に至るまで氏が重厚な長編を書き続けることのできる体力・筋肉をつけることに役立っているということなのだなあ。氏の愛好する外国作家、ドストエフスキーやレイモンド・カーヴァー、フィッツジェラルドなどの作品を読まなければ、とも思った。(英語で?)
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二年半前の震災から、小説というものをほとんど読む気がしなくなっていた。いま起きている事は小説の世界を超えていて、フィクションの世界に浸って夢を見ている場合じゃないような気がして、今までのようにフィクションに没頭する事が難しいような気がしていた。また、あの圧倒的な震災後(しかもフク...
二年半前の震災から、小説というものをほとんど読む気がしなくなっていた。いま起きている事は小説の世界を超えていて、フィクションの世界に浸って夢を見ている場合じゃないような気がして、今までのようにフィクションに没頭する事が難しいような気がしていた。また、あの圧倒的な震災後(しかもフクイチはまだ継続して汚染をまき散らしてる)、文学の世界にいる人たち(とくに著名人といわれる人々)が個人的にもまた作品を通しても大きな声を上げてこなかったことにとても残念な気持ちがあった。しかし、村上春樹が震災後行ったいくつかのスピーチやインタビューは、そんな中でちょっとした希望のようなものを抱かせてくれた。真摯で謙虚な態度というのがこの作家の一貫した姿勢だと思うのだが、日本人の作家として震災後に何ができるか、そういうことを真剣に考えてくれている事がとても嬉しかった。 私は村上春樹がどんな思いで各作品を書いたとか、正直あまり興味がない。作品を読んで面白かったらそれでよいから。だから本人からの解説とかはどうでもよい(実際村上春樹はそういうことはあまりしない)。私がいまいちど確認したいのは、フィクションの中にある物語が、どんなふうに自分の中で開花して生きる力につながるかということである。どう考えても絶望的な現実の中で(放射能汚染されて好戦的で全体主義国家的な様相を帯びてきた超資本主義自由主義経済/反福祉/自己責任社会である日本は、どう考えても私には明るい社会には思えない)、フィクションが私たちに与える意味はなんなのかと。そして、日本は国を挙げて自前の「物語」(つまり幻想のようなもの)を積極的に推進しようとしている。絆がそうだし、食べて応援もそうだし、復興もオリンピックもそうだ。本当に必要なものってそんなことじゃないのに、いまだに自然を削り取って箱ものを作って人を呼べばなんとかなると思ってる。汚染された場所に子どもたちを置き去りにして、スポーツで夢と希望を与えましょうと言う。農家や漁師に、汚染地でも作物を作って頑張って生きろと言う。そしてそれが美しい事であると信じ込ませようとしている。そういう場所から、日本語で、同じ言葉をもって読者の中に何かを生まれさせようという努力を怠らない村上春樹は、私は数少ない信用できるものの一つであると思う。 村上が、僕たちは僕らの物語で彼らの物語に対抗しなければならない、というとき(このインタビューでもページは見つけられなかったがそんなことを言ってた)、私は自分の中に力強いものが生まれるような気がする。私がこうありたいと思う私、生き方、社会は私の中から生まれ得るんだという確信、それはフィクションのような物語によって励まされるんだという、味方を得たような心強さがある。そういうことができる作家というのは、正直、あまりいないのである。村上春樹の技術的な部分はもちろん超一流なのだが、そういうものを超えた根本的な魅力というのは村上春樹が物語に絶対的な信頼をおいてるからだろうなと思う。
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あとがきにもあるように、似たような質問と答えが重複する箇所が結構ある。インタビュアーは、過去のインタビューについては読まないらしい。村上春樹の答えがぶれていないのがすごいなと思った。
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脱-村上春樹の昨今に読んでも、圧倒的な内容。圧倒的というのは、小説など作品もそうだが、その後の生活に影響する力強さというか、もっといえば「魔力」のようなものがある。触発。これは、村上春樹アレルギーの人と、村上春樹中毒患者を分ける力だろう。 村上春樹といえども、書き始めてすぐに完...
脱-村上春樹の昨今に読んでも、圧倒的な内容。圧倒的というのは、小説など作品もそうだが、その後の生活に影響する力強さというか、もっといえば「魔力」のようなものがある。触発。これは、村上春樹アレルギーの人と、村上春樹中毒患者を分ける力だろう。 村上春樹といえども、書き始めてすぐに完成されたものを書いたわけではなく、徐々に書きたいものを書けるようになっていったという。そういう謙虚さに触れて、好きになる読者もいるだろう。 ものをつくるという想像を絶する孤独(毒)を乗り越えるバランス感覚を備えた稀有な自由人が、たまたま小説家なので、その秘密や考えを言語化することができた好例。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
僕にとって潜在意識は「テラ・インコグニタ(未知の大地)」なのです。p26 僕自身が最も理想的だと考える表現は、最も簡単な言葉で最も難解な道理を表現することです。p33 今、世界の人がどうしてこんなに苦しむかというと、自己表現をしなくてはいけないという強迫観念があるからですよ。だからみんな苦しむんです。僕はこうゆうふうに文章で表現して生きている人間だけど、自己表現なんて簡単にできやしないですよ。それは砂漠で塩水を飲むようなものです。飲めば飲むほど喉が乾きます。にもかかわらず、日本というか、世界の近代文明というのは自己表現が人間存在にとって不可欠であるということを押しつけているわけです。 作家にとって書くことは、ちょうど、目覚めながら夢見るようなものです。それは論理をいつも介入させられるとはかぎらない、法外な経験なんです。夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです。p165 いちばん重要なことは、お金があってもなくても、自分の魂をどこまで「飢えた状態」に置いておけるかということだと思います。p184 何かを人に呑み込ませようとするとき、あなたはどびきり親切にならなくてはならない。「いや、自分さえわかっていればそれでいいんだ」という態度では、ほとんど誰もついてきてくれない。簡易な言葉と、良きメタファー、効果的なアレゴリー。それが僕が使っているヴォイスというか、ツールです。僕はそのようなツールを使って、ものごとを注意深く、そしてクリアに説明します。p210 僕はセックスというのは一種の...なんといえばいいのかな、soul-commitment(魂の結託)のようなものだと考えています。もしそれが良きセックスであれば、あなたの傷は治癒されるかもしれないし、イマジネーションは強化されるかもしれない。それはひとつ上のステージへと、より良き場所へと通じる通路なのです。僕の小説においては、そういう意味合いにおいて、女性は霊媒=巫女的なのです。やがて姿を見せるであろう世界の先触れなのです。だからこそ常にいつも、彼女の方から主人公に接近してくるのです。彼自身がそちらに接近することはない。p229 カーバー「足もとに流れる深い川」p268 【創作について―音楽と小説】p389 僕は、音楽においても、小説創作においても、集中力というものふは等しく中心的な役割を担っていると考えています。ただその集中力の外見が違っているだけです。音楽においては、パフォーマンスそれ自体が最終的な表現形態になっている事が多いので、その集中のありようはどうしてもより短期的で、より表現的で、よりtangibleなものになってきます。しかし小説創作の場合、集中よりは長期的で、より内向的で、より耐性を持つものでなければなりません。エモーションは、僕の観点からすれば、むしろ日常でありふれたものです。誰の中にも存在しています。エモーションを持たない人間はいないはずです(そうですね?)。しかしそれをしっかりと手のうちにとらえ、客観性のあるイディオムで正確に表現するためには、時間を一時的に止めることのできるほどの強い集中力が必要とされます。そしてその集中力を少しでも長く維持することのできる体力、耐久力が必要とされます。 【フルマラソンの最後記録】p437 1991年のニューヨークマラソン 3時間27分。
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物語ということについて考えさせられる。物語の性質について様々な切り口から語っているが、いずれも納得のできる、というか身体にすっと入ってくるものだった。物語において、感情は本質的である(p169)。健康じゃないと、不健全なものは扱えない(p532)。「自己表現」の罠からどのように脱...
物語ということについて考えさせられる。物語の性質について様々な切り口から語っているが、いずれも納得のできる、というか身体にすっと入ってくるものだった。物語において、感情は本質的である(p169)。健康じゃないと、不健全なものは扱えない(p532)。「自己表現」の罠からどのように脱するか(p114)?向こうから来る力に対抗する一種の「動かされる力」について(p112)etc.物語を"story"ではなくて"narrative"と表現してるところからも、著者がそれをどう捉えているのかが伝わってくる。とても面白い。
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読んで本当によかった。借りて読んだけど、買ってもよかった。付箋を貼りたい箇所がたくさんあった。と言うか、こんなん出していいのかな、と思うくらい、一挙にまとめて読むと村上春樹と言う人となりと作品の世界観がよく理解できる。職人的だったり天才的だなと思う小説を書くうえでの細かなテクニッ...
読んで本当によかった。借りて読んだけど、買ってもよかった。付箋を貼りたい箇所がたくさんあった。と言うか、こんなん出していいのかな、と思うくらい、一挙にまとめて読むと村上春樹と言う人となりと作品の世界観がよく理解できる。職人的だったり天才的だなと思う小説を書くうえでの細かなテクニックの話も面白かったし、彼の哲学・美学もたくさん知り得ることができて、ますますファンになった。次の新作を読むのが楽しみ。
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