街場の文体論 の商品レビュー
内田タツルさん渾身の一冊ではないでしょうか。読み手に伝わる文章とはどういうものか、技術論でも(経営コンサルが押し売りする)コミュニケーション論でもない言語活動のすごく根源的な部分に踏み込んでいる一冊です。エクリチュールとか聞いたことあるけどよくわかんない、言語哲学はちょっと食わず...
内田タツルさん渾身の一冊ではないでしょうか。読み手に伝わる文章とはどういうものか、技術論でも(経営コンサルが押し売りする)コミュニケーション論でもない言語活動のすごく根源的な部分に踏み込んでいる一冊です。エクリチュールとか聞いたことあるけどよくわかんない、言語哲学はちょっと食わず嫌いという人もするする楽しめる、読み終わると、色んな本が読みたくなる、書くことに対しても誠実になれるそんな本です。
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(以下引用) 「凡庸なふりして生きる」ということは、ある意味、かなり正しい生存戦略だからです。悪目立ちしない、みんなと同じように生きていくという生き方は、たとえば、原始時代の、今よりすっとワイルドで危険な社会であれば、むしろ生き延びるチャンスが高いかもしれない。 でも今の時代はそ...
(以下引用) 「凡庸なふりして生きる」ということは、ある意味、かなり正しい生存戦略だからです。悪目立ちしない、みんなと同じように生きていくという生き方は、たとえば、原始時代の、今よりすっとワイルドで危険な社会であれば、むしろ生き延びるチャンスが高いかもしれない。 でも今の時代はそうじゃないだろうと僕は思います。トムセンガルの群れをライオンが襲ってくるというような単純な状況なら、目立たないように群れに紛れ込んでいるほうが生き延びる確立は高い。でも、リーダーもおらず、ヴィジョンもなく、ただ群れをなして、草を食べているだけ……というような集団だと、みんな同じようにふるまっていたらある日集団ごと全滅しました、ということだってありえる。 今の日本を見ていると「他人と変わらないようにふるまっていれば安全」という生存戦略はもう通用しなくなりつつある。帰属している集団のサイズが大きいということは、その集団が正しい方向に進んでいるということを必ずしも意味しません。今の日本のような、地殻変動的な社会の変化が起きているときは、むしろ最大集団のほうが環境に対応できなくなる可能性がある。(中略)マジョリティが危ない方向に向かっているとき、生き延びるためには、みんなは「向こう」に行くけれども、自分は「こっち」に行ったほうがいいような気がするという、おのれの直観に従うほかない。そういう危機に対する「センサー」を皆さんに身に着けていただきたいと思います。(P.35) バイクを傾けてコーナーの出口に向かうときは「もうコーナーを抜けて加速している自分」を思い浮かべて、それに創造的に「身体に放り込む」というふうに運転をしないといけない。コーナーを曲がりつつあるリアルタイムの自分に同化していると、バイクのリアタイヤは必ずずるずると滑り出し、運が悪いと転倒してしまう。不思議なことですが、「未来のある時点で、すでに仕事を終えている自分」という前未来的な幻想に同化しないと「今なすべき仕事」ができない。(P.93)
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ある集団でだけ使われる言葉は「符丁(argot)」とか「隠語(jargon)」というかたちで具体的にリスト化できますけれど、「そこでは使われない言葉」というのはリスト化する手立てがない。『虚の経験』
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気がつけば内田樹の著書多いな。 敷居はそんなに高くなさそうだから入っていき易いんだけど、いざ読み進めてくと中身は決してそんなに分かりやすいわけではない。 この本もそう。 クリエイティブ・ライティングとは何か。それを目指すための「読み手に届く言葉」とは何か…って序盤の第2講くらい...
気がつけば内田樹の著書多いな。 敷居はそんなに高くなさそうだから入っていき易いんだけど、いざ読み進めてくと中身は決してそんなに分かりやすいわけではない。 この本もそう。 クリエイティブ・ライティングとは何か。それを目指すための「読み手に届く言葉」とは何か…って序盤の第2講くらいまでは相当な期待があったのだが。それから後は意図的なのか、アナグラムやら記号学やら著者専門のフランス現代思想からの引用やらで、話は脱線気味に。 それでも随所に魅力あるセンテンスが散りばめられていて、読み手を引きつける。それはまさにこの本の主旨でもあるクリエイティブ・ライティングを目の当たりにしてくれた。 村上春樹など“説明がうまい”作家に共通することとして、全体を俯瞰させてそこからミクロなところへにズームイン・ズームアウトを自在にしてみせるみたいなことが挙げてあったが、この本もそんな勢いで、幾度となく読み手に急激に迫ってくるような感じを受けたのであった。読み手に対する敬意が底流にしっかりとあるからそう感じるのだ、きっと。
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素敵なことをお話されているんだけど、ちょっと表面的な感じ。 なんだか、心に響いてこない…。 仕事のため、さまざまな方からお話を伺う機会がありますが、 そう感じてしまうことがあります。 心に響いてこない理由はあまりよく分からず、 話をしている方の第一印象が悪かったからかな? 声とか、話のスピードの波長があわないのかな? 直観的なものかしら? など、と思っていましたが、 昨日、読んでいた本のなかに、答えを見つけました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 修辞的に美しいとか、論理的であるとか、コンテンツが政治的に正しいとかいうようなレベルとは無関係に「届く言葉」と「届かない言葉」がある。 どれほど非論理的であっても、聞き取りにくくても、知らない言葉がたくさん出てきても、「届く言葉」は届く。どの言葉も語彙明瞭で、文法的に正しく綴られていて、美しい韻律に載せて語られても「届かない言葉」は届かない。 どこが違うのか。 違いは一つだけです。 「届く言葉」には発信者の「届かせたい」という切迫がある。できるだけ多くの人に、できるだけ正確に、自分が言いたいこのことを伝えたい。その必死さが言葉を駆動する。思いがけない射程まで言葉を届かせる。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・内田樹さんの新刊「街場の文体論」(ミシマ社)、「届く言葉」の記載です。 取材のなかで、「お話を聞けてよかったなぁ」と感じるのは、 お話してくださる方が、ご自身の経験や実感されたことを踏まえて、率直にお話してくださった時です。 「伝えたい」「届かせたい」という強い思いを持っている方の言葉は、 たしかに、ズドーンと響いてきます。 そういう方と出会えたときは、幸せです。 私も、「届けたい」という思いを込めて話せるようになりたいです。 誰かから、話を聞きださなければいけないときは、 相手の方に、「届かせたい」という気持ちを持って話していただけるように、 聞き手として、誠意を尽くそうと思いました。
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あいかわらず、軽妙な語り口。仕事にまったく関係ないが、あまたを柔らかくするために読む。 (1)日本人は、(地場の言葉のうえに外来の言葉が乗っているという)二重構造に深く、決定的に呪縛されている。(p259) (2)どの専門分野でも、先駆者前人未踏の地に踏み込んで、道を切り拓き...
あいかわらず、軽妙な語り口。仕事にまったく関係ないが、あまたを柔らかくするために読む。 (1)日本人は、(地場の言葉のうえに外来の言葉が乗っているという)二重構造に深く、決定的に呪縛されている。(p259) (2)どの専門分野でも、先駆者前人未踏の地に踏み込んで、道を切り拓き、道標をたて、階段を刻み、危険な箇所に鎖を通して、あとから来る人が安全に、道を間違えずに進めるように配慮する。(p271) (3)「届く言葉」には発信者の「届かせたい」という切迫がある。できるだけ多くの人に、できるだけ正確に、自分のいいたいことを伝えたい。その必死さが言葉を駆動する。思いがけない射程まで言葉を届かせる。 う~ん、深いな。
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生成的な言葉とはどのようなものか。「情理を尽くして語る」言葉、「お願いだから、オレの話を聴いてくれ」という懇請の言葉、それだけが「外に向かう」ことができる(p.285より)。まさに!と納得させられました。自分の利益のためではなく、誰のために、そして何のために、という俯瞰的な視点を...
生成的な言葉とはどのようなものか。「情理を尽くして語る」言葉、「お願いだから、オレの話を聴いてくれ」という懇請の言葉、それだけが「外に向かう」ことができる(p.285より)。まさに!と納得させられました。自分の利益のためではなく、誰のために、そして何のために、という俯瞰的な視点を常に忘れないようにしようと思います。文体論とありますが、どの領域でも応用できる話なので、是非読んでみてください。
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小田嶋隆さんのコラム道あとがきでビビッときて、ミシマ社さんのリツイートの嵐による誘惑に負けて買ってしまいました。まぁそうでなくても遅かれ早かれ手に取っていたとは思いますが。ミシマ社さんの戦略により(笑)相当ハードルは上がっていましたが、やすやすと越えていかれました。 「私には言...
小田嶋隆さんのコラム道あとがきでビビッときて、ミシマ社さんのリツイートの嵐による誘惑に負けて買ってしまいました。まぁそうでなくても遅かれ早かれ手に取っていたとは思いますが。ミシマ社さんの戦略により(笑)相当ハードルは上がっていましたが、やすやすと越えていかれました。 「私には言いたいことがあるのです。 お願いだから、わかってください。」 文章の根底にあるのは伝えたいという情熱と、読者を敬う思い。それがあるから、本でもブログでもTwitterでも、内田樹さんの文章はぐっとくる。難しいな、よくわからないな、と思っても、いやいやもう一回読んでみよう、何か大切なことが書いてある気がする、わからないのは私の頭がきちんと働いてないからだ、と思って、姿勢を正してもう一回向き合ってみる。 媒体が何であれ、その文章に、言葉に、一文字一文字に込められた熱というものは伝わるんだな、と感じました。読み終わるのが本当に惜しかった。もっともっと講義を受けていたい、もっともっとこの熱のこもった文章に触れていたい、そんな思いで本を閉じたのは久々です。
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内田先生の最終講義本です.クリエイティブ・ライティングの講義を文字におこして,まとめて加筆したものとのことで,表題は文体論ですが,むしろそこから派生していることが大部分を占めていて,イメージとして先生の講義らしい内容とも言えます.これまで読んだ中で一番ライブ感と言うか,何と言うか...
内田先生の最終講義本です.クリエイティブ・ライティングの講義を文字におこして,まとめて加筆したものとのことで,表題は文体論ですが,むしろそこから派生していることが大部分を占めていて,イメージとして先生の講義らしい内容とも言えます.これまで読んだ中で一番ライブ感と言うか,何と言うか,ビシビシと伝わってくる感じがしました.そういう意味では,先生のメタ・メッセージが届いたのだと思っています.“学問とは「道なき道に分け入る」こと”の部分はまさにその通り!だと思います.
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知的興奮とはこういうことを言うんだな。 読んでいる途中から、読み終わってからも、どきどきし続けています。 「文体論」とありますが、文章の書き方の本ではありません。 言葉と文学と哲学を土台にして、内田先生の活動的な魂が縦横無尽に語りつくしています。 人文科学の真骨頂。珠玉。 日本人全員に読んでほしい。 それが無理なら、大卒の人には読んでほしい。 それも無理なら、大学で人文科学系だった人には絶対に読んでほしい。 自分史上、最大級のおすすめ本です。
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