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メモリー・ウォール の商品レビュー

4.1

42件のお客様レビュー

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2024/07/22

 水底から、ぽかりぽかりと泡が立ち上る。 透明な水の中を光を受けて煌めき、震えながら水面へ向かう。そして、最期には大気に溶け、混じりあい、消えてゆく。 -記憶。それは、ありのままに留めおくことも、損なわれぬように囲っておくことも能わず、さりとて捨て去ることも、目を背けることもまま...

 水底から、ぽかりぽかりと泡が立ち上る。 透明な水の中を光を受けて煌めき、震えながら水面へ向かう。そして、最期には大気に溶け、混じりあい、消えてゆく。 -記憶。それは、ありのままに留めおくことも、損なわれぬように囲っておくことも能わず、さりとて捨て去ることも、目を背けることもままならないもの。それは僕を形作り、それなしには僕は世界を認識することもできないだろう。 表題作の『メモリー・ウォール』にて、ドーアは、こう書く。  “この世界でただひとつ変わらないものはなんだ?それは変化だよ!”  “いつまでも残るものはなにもない。化石が生じるのは奇跡なんだ。五千万分の一さ。残りのわれわれはどうなるかって?草に、甲虫に、ウジに消える。光の帯に消える。”  ーでは、いつまでも残るものはなにかー ドーアは自ら立てたこの問いに、本書に収められた六篇を通して答えを探す。 不妊治療に苦悩する夫婦の間で、千切れそうになっても必死に寄り合わそうとする絆。 別れた夫婦のこじれた関係を知ることない、海外基地に赴任している息子からの手紙。 ダム建設で沈む村に最後まで留まる種屋。 両親を相次いで亡くして、異国の祖父に身を寄せる少女。  そして『来世』の、アウシュビッツ=ビルケナウ移送をからくも逃れて、遠くアメリカに暮らす老女エスターの物語。 2008年現在に八十一歳のエスターは、ユダヤ人孤児院で共に暮らし1942年に絶滅収容所へと送られていった少女たちを、持病のてんかんによる発作のなかで幻視する。 少女たちはエスターがくるのを、彼女たちを記憶している最後の者が訪れて、来世へ解放されるのを待っているのだ。  人は最期の旅路に、自らの内へと向かい、埋められた子供時代を掘り起こす。われわれはもと来た場所へ帰る。 そして記憶を空へと解き放つのだ。 六篇の物語を通じて、記憶にまつわる問いかけ自体が、鮮やかに反転していくことに気がつく。 記憶も、人生も、いつまでも残るものなどたとえないとしても。  ーすべてが消え去ったとしても、それでも残るものはなにかー 死者たちは歌う。  “雨がなくても、大きくなるものはなんだろう。燃えつづけて、終わることがないものはなんだろう”  “石は、石は雨がなくても大きくなる。愛は、愛は、燃えつづけて、終わることがない” 『メモリー・ウォール』にて記憶装置の手術を行う医師は言う。  “記憶は、明確な、あるいは客観的な論理なしにひとりでに築かれていきます。こっちに点がひとつ、あっちにまた点がひとつ、その間には暗い空間がたっぷり広がっているのです。われわれの知っていることは、常に形を変え、常に細分化しています。ひとつの記憶を何度も十分に思い出せば、新しい記憶を、思い出す記憶を作れるのです。” これは脳の海馬やニューロンにまつわる発言に留まらないと考える。 人と人はそれぞれ孤独でつながることはできなくても、想いを、記憶を、世代を超えて新しくつないで伝えていけるのだ。 僕はそう想う。

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2024/04/13

記憶。 記憶とは何だろうと思う。 記憶は生きる糧、よすが、自分を自分たらしめるモノ。 常に、自在に引っ張り出せるモノでもなく、なくせるわけでもない、事実だけでもない、事実に想像が加わり、いつしかそれが「記憶」となる。記憶は色があったり無かったり、感情とともにだったり。 全編、世...

記憶。 記憶とは何だろうと思う。 記憶は生きる糧、よすが、自分を自分たらしめるモノ。 常に、自在に引っ張り出せるモノでもなく、なくせるわけでもない、事実だけでもない、事実に想像が加わり、いつしかそれが「記憶」となる。記憶は色があったり無かったり、感情とともにだったり。 全編、世界各地での記憶を軸とした、人の日々の営みであり、生と死を感じさせる。描かれる物語の世界は湿度と色彩を感じさせ、瑞々しい。 読後、スッキリとした幸福感は無く、読みながら強張っていた身体の緊張感が溶けるような安堵感はある。

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2023/11/12

表題作はけっこうSF入ってるけど、全体的にネタとしては普通なわけですよ。ネタというのはどういう題材かってことなんだけど。いやしかし題材は普通でもうまく料理すれば目新しいものができますぜ、って感じか。 それでもやっぱり表題作のドラえもんチックな設定からの流れがね。楽しげよね。といっ...

表題作はけっこうSF入ってるけど、全体的にネタとしては普通なわけですよ。ネタというのはどういう題材かってことなんだけど。いやしかし題材は普通でもうまく料理すれば目新しいものができますぜ、って感じか。 それでもやっぱり表題作のドラえもんチックな設定からの流れがね。楽しげよね。といっても楽しげな話ではなくて、南アフリカの貧富の差から人の記憶を盗んで宝物をゲットしてみたりしかもそれが化石っていうのもなんだかニッチなネタではないか。これがまた金になるのか。へぇ。 と思い出してみるとけっこう盛り沢山な話なのだった。

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2023/01/29

点描のような小説。一つのメモリ(記憶)を、一つずつ置いていって、短編全体を読み終えて俯瞰した時に初めて絵が明らかになるような

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2022/01/31

6つの短篇を収録した作品。それぞれの話は独立していますが、「記憶」という糸で繋がっていたりします。アメリカでは数々の賞を得た作品であり、日本でも本屋大賞翻訳小説部門第3位にランク付けされたそうです。 どの短篇も夢中に読ませられる佳作でした。なかでも、ふたつの長めの短篇がとくにお...

6つの短篇を収録した作品。それぞれの話は独立していますが、「記憶」という糸で繋がっていたりします。アメリカでは数々の賞を得た作品であり、日本でも本屋大賞翻訳小説部門第3位にランク付けされたそうです。 どの短篇も夢中に読ませられる佳作でした。なかでも、ふたつの長めの短篇がとくにおもしろかった。表題作でありトップバッターの『メモリー・ウォール』がまずひとつ。近未来の南アフリカの都市が舞台で、その世界では人間の記憶を外部にとりだしてメディアに収め、VRでビデオを見るように体験することができる。三人称多視点、つまり群像物なのですが、アルマという認知症を患う上流層の老女が中心に位置して、彼女の記憶をめぐる話からはじまって、物語は拡大し深まっていきます。文学性かエンタメ性かといえば、本短篇集は文学性のほうに寄っています。しかしながら、『メモリー・ウォール』にしても伏線が張ってあり、作品が進んでいく原動力になっている「謎」の扉に差しこまれる鍵となっていて、読者を夢中にさせてくれる仕掛けになっています。物語そのものも、はじめて触れるアンソニー・ドーアの世界なので読者としても慎重になりますしラジオのチューニングを合わせるようにダイヤルを探っていくかのような読みだしになりましたが、最後まで読み終えてみると、入門編としても最適でしたし、物語そのものだってずいぶん楽しめました。本書の6つの物語の並び方もよいのです。 続いてふたつめは最後の短篇『来世』。ナチスドイツのハンブルクのユダヤ人孤児院が舞台です。そこで生活する少女エスターと親友ミリアムを中心とした12人の少女。その時代と、エスターが長い人生を終えようとする現代を往き来しながら進んでいく。この構造自体も面白いですが、物語自体に独特の推進力とさみしさや悲しみがあって、ぐっと物語のなかに入りこむ読書になりました。僕はこの作品が本書ではもっとも気に入りました。 これらの短篇に限らず、どんな年代の老若男女も作者はみごとに描きます。小説の土台となる「世界」だって頑健なつくりをしている。 本書は作者が30代半ばの時期の作品です。読んでいるとそこには圧倒的な知識量がすぐにうかがえるのでした。ブルドーザーのように書物をあさり、現実世界においても「これは○○というもの、あれは△△といって□□の役割をするもの」と普通はそこまで知らなくても困らないそれ以上までしつこく言葉で世界を分節して記憶してきたのだと思います。かといって知識量をひけらかすことはしていない。必要に応じて、知識の入った引き出しをあけ、ぴったりのものを取りだしている。(しかし、あるいはそれほど膨大な知識量ではないのかもしれない。限られた知識を無理なく自然な形で、その大切なひとつをひとつのかけらとして小説のなかにあてはめているだけなのかもしれない。そしてそうとは思わせない。ひねくれた見方になるけれども、つまりは自分の底を見せないためのワザなのかもしれない。) だけれど、つよく自制する力があるのでしょう、バランスをとるためまたはくどくならないために、表現しているその解像度は高くとも余白が多いし、客体への距離感はどちらかといえば遠い。要するに、文章そのもので解像度をあげているというよりも、固有名詞など具体的な単語の結びつきで解像度をあげている感じがするんです。その結果、構築された物語の世界は、まるでほんとうにどこかで実在しているのかのような現実感をたずさえた強度を保っている。それがこの作者ならではの表現作法であり個性とも言えます。 簡単にいえば、抑制が効いているということですね。無駄話はしないのだけど、話はおもしろいタイプと表現するといいでしょうか。圧倒的な知識量が背後にあるからなせる解像度で小説世界が構築されているとしても、しっかり生命が住まう川は流れている感じ。それがないと無機質なものに沈んだ創作になっておもしろくなくなります。 ただ、硬質な小説作法の印象ですから、作者がこのあとどう自分のやり方に対して舵を切っていくのかには興味がわく(これは2010年の作品ですから、その後「どう舵を切ったのか」が現在の作風からわかることですね)。同じ象限に居続けて完成度を高めていくのか、解像度を維持したまま、より柔らかな表現の象限へ移動するのか。あるいは、もっと違った形へなのか。 ここまで全力で「小説家として小説を書くこと」にエネルギーを注いでやりとげるのはすごいことです。それ相応の犠牲だってなければできないと思います。後年、そこに失意を感じることだってあるだろうし、それが致命的になるものである可能性だってあるのですし。全力と覚悟の賜物なのでした。読んでよかった。

Posted byブクログ

2021/09/18

記憶にまつわる短編小説集。舞台が多彩で、著者の母国アメリカはもちろんのことケープタウン、中国、リトアニア、ハンブルク。老人を描くのがうまい、と思う

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2021/04/05

"来世"が一番心に残った。 運命的な物語だった。 「わたしたち一緒のところに送られるといいわね」という台詞やワルシャワへの楽観的な夢想。 エスターの無邪気さが切なかった。 こういう子どもは当時多かったんだろうなと思わせられた。 それに対するミリアムの静かに現...

"来世"が一番心に残った。 運命的な物語だった。 「わたしたち一緒のところに送られるといいわね」という台詞やワルシャワへの楽観的な夢想。 エスターの無邪気さが切なかった。 こういう子どもは当時多かったんだろうなと思わせられた。 それに対するミリアムの静かに現実を受け入れている達観した眼差し。 「わたしがこれまでに学んだことがひとつだけあるの、エスター」 「ものごとはどんなときも悪くなるだけなのよ」 てんかん持ちであったこと。 絵が得意だったこと。 エスターの運命を分けることとなったいくつもの出来事。 何がどう作用したのかは分からない。 障害者の行く末を知っていて、というのもあるだろうけれど、何よりローゼンバウム医師を突き動かしたのはエスターが描いた彼の妻の絵だったのは間違いないと思う。 人の運命を変えてしまうほどの、芸術のもつ力、というものへも思いを巡らす。 タイトルも良い。 来世という言葉をAfterworldって表現するって初めて知った。

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2021/03/06

静かで切れ目の多い文章、行間から少し霧が出ている感じ。原文も気になる。 つい書き留めておきたくなるような比喩表現がいくつも出てきてドキドキした。 最後まで読み終わると、目の奥がグンとなった。大人びて思慮深い子どもたちが多く登場して、恐れ入った。

Posted byブクログ

2020/02/27

記憶とはどこまでも個人的なものである。しかし、表題作に出てくる青年は他人の記憶をそのまま映像としてみることができる。そしてその体験に心動かされ、残り少ない人生を他の誰かのために生きた青年の姿はとても感動的だった。考えてみれば、私たちはこの青年のような能力を持たずとも自分以外の人間...

記憶とはどこまでも個人的なものである。しかし、表題作に出てくる青年は他人の記憶をそのまま映像としてみることができる。そしてその体験に心動かされ、残り少ない人生を他の誰かのために生きた青年の姿はとても感動的だった。考えてみれば、私たちはこの青年のような能力を持たずとも自分以外の人間の個人的な記憶に触れることができる。本や映画などの作品も全て、誰かの個人的な記憶でできている。誰かの個人的な記憶は私の個人的な記憶とリンクして、私の心を動かすのだ。

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2019/08/25

アンソニードーア「メモリーウォール https://shinchosha.co.jp/sp/book/590092/ 読んだ。わたしこの人の本が好きだ。大袈裟な起承転結もなければ追うストーリーもない、ただ散文が積み重なっていていくつもの美しい映像的なシーンがあって心打たれる。カタ...

アンソニードーア「メモリーウォール https://shinchosha.co.jp/sp/book/590092/ 読んだ。わたしこの人の本が好きだ。大袈裟な起承転結もなければ追うストーリーもない、ただ散文が積み重なっていていくつもの美しい映像的なシーンがあって心打たれる。カタルシスすら感じる。すばらしい。新潮クレストに外れなし(おわり

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