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多読術 の商品レビュー

3.7

288件のお客様レビュー

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一部は参考になるかな

読書家、博学な松岡正剛さんが読書の方法について述べた本。みんながこの様には出来ないと思うけど一部は参考になると思います。良い本出会う確率は最高で3割5分、再読の必要性、速読にとらわれない等は参考になりました。

岡博文

2024/08/29

松岡正剛の訃報に接する。ウェブ上で「千夜千冊」をたまに読んだりはしていたが意外と手元には蔵書がなかったので、追悼読書用に本屋で目に入ったちくまプリマー新書を一冊手に入れてきた。 編集者によるインタビュー形式で中高生向きに自身の読書体験を振り返りながら読書のしかたや意味を語ってい...

松岡正剛の訃報に接する。ウェブ上で「千夜千冊」をたまに読んだりはしていたが意外と手元には蔵書がなかったので、追悼読書用に本屋で目に入ったちくまプリマー新書を一冊手に入れてきた。 編集者によるインタビュー形式で中高生向きに自身の読書体験を振り返りながら読書のしかたや意味を語っているので比較的読みやすかった。 今「文學界」で連載している酒井泰斗+吉川浩満の<哲学入門>読書会「読むためのトゥルーイズム」で言っていることやこの間読んだ河合隼雄「こころの読書教室」の話と重なる部分も少なくなく、世間から見れば多読なほうだと思われる自分の読書スタイルを振り返ってみてもうなづけることばかりで、なかなかいいところをついた内容だと思えた。「編集工学」にはとっつきにくいイメージがあったが、いろいろ並行して読んだり読んだ本から芋づる式に次の本を探したりしているのも、ブクログにこうして感想やフレーズを登録したりして別の本を読むときにそれを参照しているの編集のうちなのだな… 終盤で指摘していた日本で「ブッククラブ」や本を贈り合う文化が日本に発達していないという話も興味深かった。 これは15年前の話なので、その後急速に進んだ電書化や雑誌・街の本屋の衰退などについて何を思っていたのか聞いてみたかったと読後に思うが、そのうちどこかで出あえるだろうか。 ただ「多読術」というタイトルはちょっと損しているような・・・(かといってもっといいタイトルもすぐには浮かばないけれどせめて「読書術」ぐらいだったら…)。このレーベルは常にチェックしてて読んでる本も多いのに出たときに買わなかったのはたぶんこのタイトルにまったくひかれなかったせいだと思うので。ともあれ、期待したよりもずっとおもしろい本だった。改めて、R.I.P.

Posted byブクログ

2024/05/24

読書術の類の本はいくつも読んできたが、これはその中でもダントツで面白かった。 松岡正剛氏(以降セイゴオ)の人となりも好ましく感じられる。言葉選びや思考から伝わってきて、この一冊で一気に好きになってしまった。 多読する上でのコツだとか考え方だとかを対談の形で解説してくれる。 この...

読書術の類の本はいくつも読んできたが、これはその中でもダントツで面白かった。 松岡正剛氏(以降セイゴオ)の人となりも好ましく感じられる。言葉選びや思考から伝わってきて、この一冊で一気に好きになってしまった。 多読する上でのコツだとか考え方だとかを対談の形で解説してくれる。 この質問している人が誰であるかが明かされていないが、質問者の方との掛け合いも楽しい。例えば「この話題に関しては本筋から離れてしまうからこの辺にしておこう」とセイゴオが言っても「いや、詳しく話してください」のように否定したり突っ込んで尋ねたりするからだ。 途中で一度、「われわれ編集者は」と言っているので、編集者ということだが、編集者は基本的に黒子というのが持ち分であるから特定しないのだろうと思う。 本書から学んだ核心、とりわけ面白かったのは編集工学にまつわる部分だった。 これを読むまで、編集工学というキーワードを見聞きしていたものの然程興味をそそられなかったのだが、読書とは自己編集であり相互編集でもあると言い出したところでむむ、興味深いぞ、と思い、その心において編集工学が関わっていた。 読書は、著者と読者との間で行うコミュニケーションだ。その通りだと思う。 そしてコミュニケーションは、単に情報というオブジェクトを伝達しているだけではなく、その情報を介してお互いの編集モデルを相互作用するものである。この概念は全然自分になかったので目から鱗だった。 落合陽一氏が『脱近代宣言』において話していた「自分と自分以外のフィードバックループ」と共通する。 養老孟子氏は『バカの壁』において、インプットした情報(x)に対するアウトプット(y)を「y = ax」と表現した。これでいえば自らの編集モデルこそが個々人が持つaであり、私が持つaと著者の持つa’は異なるが、同じ文化、同じコミュニティにおけるなんらかの共通基盤がa≒a’と相互認識させているのだろう。 この共通基盤を、本書では「理解のコミュニティ」や「意味の市場」という言葉で言い表されている。 この「理解のコミュニティ」においては、相互にa≒a'と思える。コミュニケーションにおいてある程度意味が通じて会話が成り立っていると相互に実感できるが故に、例えば私の思う「赤」と他者が持つ「赤」の認識は同じものを指す、と暗黙的に定義づけられているのだろう。 セイゴオは、コミュニケーションにおいては情報交換というプロセスの中で編集構造の断片になりそうなものを交換していると言う。 その編集構造の断片、即ちaはダイナミックに変容していく。 記憶というのは非常に曖昧なものなので、y=axと聞くとなんだかaは定数のように感じられるが、動的に変化するaはとても定数とは言えない。 その意味でも、aが、xによって日々刻々と変化していく編集構造であると考えるのは納得しやすい。 流石、膨大な読書による膨大な情報を集約・凝縮した末に導き出されたものであるから話の密度が高い。 具体に対する共感は私も同様の作品を読んでいなければしにくいのだが、抽象部分から感じる説得力がとても魅力的で、セイゴオに対する憧れを喚起する。 とはいえ私は読書をそのまま活かせる仕事に就いていないし眠る時間を削ることもできないので真似するのは好手にあらず、あくまで参考として受け取るのがベストなのだと思う。

Posted byブクログ

2024/04/12

こちらが無知だからこそ読書はおもしろいって書いてあって、ぶんぶん頷いた。 世界にある読みきれない本のことを思うと気が遠くなるが、それでも読みたい! 著者は、どんな時でも読む。その上で「どう読むか」に大きく重心を置いていた。眠い時にどう読むか、昂っている時にどう読むか、さらに日本文...

こちらが無知だからこそ読書はおもしろいって書いてあって、ぶんぶん頷いた。 世界にある読みきれない本のことを思うと気が遠くなるが、それでも読みたい! 著者は、どんな時でも読む。その上で「どう読むか」に大きく重心を置いていた。眠い時にどう読むか、昂っている時にどう読むか、さらに日本文学を読む時には何を用意するか、科学書を読む時には…と、本と自分が重なり合う方へ積極的に向かう姿勢を真似したいと思った

Posted byブクログ

2024/02/19

新年早々ヤマザキマリラジオに出演されていたのをたまたま聞いてすごく心を動かされたので、読んでみました。 NHKのサブカルチャー史にも出演されていました。 何冊も同時に読むことを自分も最近始めたので、達人にコツを聞いてみたいと思ったのだが、やはり、この人は並のお方ではない。 ジュ...

新年早々ヤマザキマリラジオに出演されていたのをたまたま聞いてすごく心を動かされたので、読んでみました。 NHKのサブカルチャー史にも出演されていました。 何冊も同時に読むことを自分も最近始めたので、達人にコツを聞いてみたいと思ったのだが、やはり、この人は並のお方ではない。 ジュリア・クリステヴァのいう「インターテクスチュアリティ」(間テキスト性)についての紹介 「本来、書物や知は人類が書物をつくったときから、ずっとつなかっている。書物やテキストは別々に書かれているけれど、それらはさまざまな連結と関係性をもって、つながっている。つまりテキストは完全には自立していないんじゃないか、それらの光景をうんと上から見れば、網目のようにいろんなテキストが互いに入り交じって網目や模様をつくっているんじゃないか」 「どんなテキストも自立的に思想的にかまえたものではあっても、何かと関連しあっているし、ちょっと緩めにソフトアイで本やテキストを見れば、その本やテキストは、その大きなインターテクチュアルな網目の一部として、いままさにここに突起してきたんだというふうに感じられるんです。」 その複線的で複合的な読みのネットワークの中で、「キーブック」というものが必ずあるという。確かに!と膝を打つ感じだった。その「キーブック」たちが結節点になって、柔らかい系統樹を示すという。 セイゴオさんの「キーブック」 宮本常一「忘れられた日本人」 ヘルマン・ヘッセ「デミアン」 フーコー「知の考古学」 モンテーニュ「エセー」 洋の東西を問わず、古典の方が断然きわどいものが多いという。まさに古典はリベラルアーツ。 さらに「千夜千冊」の巻立に従って「フランケンシュタイン」「嵐が丘」「地球幼年期の終わり」「時の声」「生物から見た世界」「パンダの親指」「幻想の中世」「アレゴリーとシンボル」「世界劇場」「パッサージュ」「かたち誕生」「アンナ・カレーニナ」 読まずに死ねるかという本が続々と…。 セイゴオさんの哲学は 読書は、第一に現状の混乱している思考や表現の流れを整えてくれるものであり、第二に、そもそも思考や表現の本質は「アナロジー」であり「連想」であるということ、第三に元気が出てくる源泉は「曖昧な部分」「きわどい領域」「余分なところ」であると確信しているということだと言う。 「暇と退屈の倫理学」で紹介されていたドゥルーズが語ったという「攫われたい」というフレーズ、ここでもセイゴオ先生が「本に攫われたい」と語っている。さすが達人は同じ境地に達するというわけだ、と納得。 その時代に悪書とされたものはのちの名作であるらしい。 その例としてマキャベリ「君主論」、「アラビアンナイト」「デカメロン」、スタンダール「赤と黒」、フロベール「ボヴァリー夫人」、マルクスとエンゲルスの「共産党宣言」、ディケンズ「オリバー・ツイスト」、ストウ夫人「アンクル・トムの小屋」スタインベック「怒りの葡萄」、フォークナー「サンクチュアリ」、ヘンリーミラー「北回帰線」パステルナーク「ドクトル・ジバゴ」、ジョージ・オーウェル「動物農場」バロウズ「裸のランチ」ナボコフ「ロリータ」を挙げている。 …何冊よめるか? いい本に出会う打率は最高でも三割五分、普通は二割五分くらい。その打率を上げるために「駄本」を捨てるのではなく、むしろ三振したり見送ったのがあるという思いが重要だという。どんどん空振りして相手を褒めるつもりになった方がいいと。 セイゴオ先生は今癌の闘病中とラジオで話しておられた。まだまだ活躍してもらいたいと心から思う。

Posted byブクログ

2024/01/03

読書。決まり決まったものがあるのではない。ひたすら読む。そして、考える。良い本、悪い本、とか言われるけど、何年後化には評価は変わる。自分の気持も変わる。受け取り方も。そういうことを、文書で学べた。

Posted byブクログ

2022/09/03

部屋の整理の一環で、手放すかどうかを見極めるために、10年超ぶりに手に取った。結果、手放せない一冊になってしまった(笑) 本書を購入した時、私は自分の規格外の要領の悪さ、特に読むことと書くことが極端に遅いこと、をものすごくコンプレックスに感じていて、自分なりに試行錯誤しながら、そ...

部屋の整理の一環で、手放すかどうかを見極めるために、10年超ぶりに手に取った。結果、手放せない一冊になってしまった(笑) 本書を購入した時、私は自分の規格外の要領の悪さ、特に読むことと書くことが極端に遅いこと、をものすごくコンプレックスに感じていて、自分なりに試行錯誤しながら、その手の本を何冊も手に取った。しかし、どの本に書いてある方法を試してみても芳しい成果はなく、さらに複雑な迷路へと入り込んでしまった。 当時購入した「速読」や「文章の書き方」に関する本は、とっくにほとんど手放したけれど、本書をいまだに捨てきれず手元に残していたのは、ひとえに、松岡さんの読書の仕方がほんの少しだけ自分のと似ていたからだと思う。10年以上前に初めて読んだ時、世の中的には「邪道」とされる私の「読み方」「書き方」を少しだけ肯定してもらえたような、救われたような気がしたことを、今でも覚えている。 今回読み直してみて改めて感じたことは、自分なりに読書が捗る環境や方法が、たとえ世間一般には「NG」とされていたとしても、私自身がそれを否定する必要はまったくない、ということだった。むしろそれを出発点にして、「私の」読書世界をさらに広げていければ良い。これで堂々と寝っ転がって論文を読んだり、体調が悪い時にテレビを見ながら研究が出来る(笑) もう一つ思ったのは、自分の中の「アナログ」を見直してみよう、ということだった。私は生来、デジタルより、断然アナログ派で、それは今もまったく変わっていないのだが、世の中の流れの速さにかろうじて付いていくにはデジタルの方が便利な場合が多いので、デジタルへどんどん偏っていく自分を許してしまっていた。松岡さんの思考法を拝見する限り、メモの取り方など、アナログとデジタルではやはり頭の働き方が違うので、恐れず、原点へ帰ってみようと思う。 自分の生活全般、人生丸ごとが出てしまうのは、読書も研究も同じ。良い機会なので、本書を参考に初心へ戻り、さらなる飛躍の糧としたい。

Posted byブクログ

2022/08/11

この本、タイトルこれでいいのかな? そんなに多読についていっぱい書かれていたようには感じませんでした。 本来の速読術の話はものすごく納得です! 著者がとても本好きだということはすごく伝わってくるんですが、なんだかそれだけというか… 読書自慢に聞こえてしまったというのが本音かな…

Posted byブクログ

2022/04/17

読書論的なものが総じて好きなので全体的におもしろかった。筑摩書房の編集・高田さんとの対談形式。あえてこうしたのだとか。会話調の文章を読むのは苦手だけどこれは読みやすいと感じる。 編集工学の部分は難しい、一度では理解しきれない。けどセイゴオさん自身、一回でわかるものではないと本書の...

読書論的なものが総じて好きなので全体的におもしろかった。筑摩書房の編集・高田さんとの対談形式。あえてこうしたのだとか。会話調の文章を読むのは苦手だけどこれは読みやすいと感じる。 編集工学の部分は難しい、一度では理解しきれない。けどセイゴオさん自身、一回でわかるものではないと本書の中で言い切っているしそれはまた時期が来たら読み直そう。 どうしてもつきまとうのは、「セイゴオさんって、結局、すごい人なんでしょ」という気持ちかな。私は子どもの頃に文学全集もカラマーゾフも聖書も読まなかったし。それが偉いというわけではないけど、そんな漠然とした劣等感をいつか拭えたらいいなと思う。

Posted byブクログ

2022/06/11

すごい読書家さんがいるものだ。著者は「千夜千冊」(Webサイトと書籍)の執筆者。必要な情報だけを手際よくピックアップする読書術とは一線を画すような、膨大な知を体得している。読前、読中、読後の具体的な行動例から、そもそも読書とはどういう行為なのか読書の真髄に関する言及など、内容も多...

すごい読書家さんがいるものだ。著者は「千夜千冊」(Webサイトと書籍)の執筆者。必要な情報だけを手際よくピックアップする読書術とは一線を画すような、膨大な知を体得している。読前、読中、読後の具体的な行動例から、そもそも読書とはどういう行為なのか読書の真髄に関する言及など、内容も多岐にわたっていて、徹頭徹尾飽きさせない。濃くて深い内容がインタビュー形式で書かれていて、とても読みやすい。

Posted byブクログ