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多読術 ちくまプリマー新書
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多読術 ちくまプリマー新書

松岡正剛【著】

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多読術 ちくまプリマー新書

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 筑摩書房
発売年月日 2009/04/10
JAN 9784480688071

多読術

¥220

商品レビュー

3.7

288件のお客様レビュー

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2012/03/11

一部は参考になるかな

読書家、博学な松岡正剛さんが読書の方法について述べた本。みんながこの様には出来ないと思うけど一部は参考になると思います。良い本出会う確率は最高で3割5分、再読の必要性、速読にとらわれない等は参考になりました。

岡博文

2024/08/21

松岡正剛の訃報に接する。ウェブ上で「千夜千冊」をたまに読んだりはしていたが意外と手元には蔵書がなかったので、追悼読書用に本屋で目に入ったちくまプリマー新書を一冊手に入れてきた。 編集者によるインタビュー形式で中高生向きに自身の読書体験を振り返りながら読書のしかたや意味を語ってい...

松岡正剛の訃報に接する。ウェブ上で「千夜千冊」をたまに読んだりはしていたが意外と手元には蔵書がなかったので、追悼読書用に本屋で目に入ったちくまプリマー新書を一冊手に入れてきた。 編集者によるインタビュー形式で中高生向きに自身の読書体験を振り返りながら読書のしかたや意味を語っているので比較的読みやすかった。 今「文學界」で連載している酒井泰斗+吉川浩満の<哲学入門>読書会「読むためのトゥルーイズム」で言っていることやこの間読んだ河合隼雄「こころの読書教室」の話と重なる部分も少なくなく、世間から見れば多読なほうだと思われる自分の読書スタイルを振り返ってみてもうなづけることばかりで、なかなかいいところをついた内容だと思えた。「編集工学」にはとっつきにくいイメージがあったが、いろいろ並行して読んだり読んだ本から芋づる式に次の本を探したりしているのも、ブクログにこうして感想やフレーズを登録したりして別の本を読むときにそれを参照しているの編集のうちなのだな… 終盤で指摘していた日本で「ブッククラブ」や本を贈り合う文化が日本に発達していないという話も興味深かった。 これは15年前の話なので、その後急速に進んだ電書化や雑誌・街の本屋の衰退などについて何を思っていたのか聞いてみたかったと読後に思うが、そのうちどこかで出あえるだろうか。 ただ「多読術」というタイトルはちょっと損しているような・・・(かといってもっといいタイトルもすぐには浮かばないけれどせめて「読書術」ぐらいだったら…)。このレーベルは常にチェックしてて読んでる本も多いのに出たときに買わなかったのはたぶんこのタイトルにまったくひかれなかったせいだと思うので。ともあれ、期待したよりもずっとおもしろい本だった。改めて、R.I.P.

Posted by ブクログ

2024/05/24

読書術の類の本はいくつも読んできたが、これはその中でもダントツで面白かった。 松岡正剛氏(以降セイゴオ)の人となりも好ましく感じられる。言葉選びや思考から伝わってきて、この一冊で一気に好きになってしまった。 多読する上でのコツだとか考え方だとかを対談の形で解説してくれる。 この...

読書術の類の本はいくつも読んできたが、これはその中でもダントツで面白かった。 松岡正剛氏(以降セイゴオ)の人となりも好ましく感じられる。言葉選びや思考から伝わってきて、この一冊で一気に好きになってしまった。 多読する上でのコツだとか考え方だとかを対談の形で解説してくれる。 この質問している人が誰であるかが明かされていないが、質問者の方との掛け合いも楽しい。例えば「この話題に関しては本筋から離れてしまうからこの辺にしておこう」とセイゴオが言っても「いや、詳しく話してください」のように否定したり突っ込んで尋ねたりするからだ。 途中で一度、「われわれ編集者は」と言っているので、編集者ということだが、編集者は基本的に黒子というのが持ち分であるから特定しないのだろうと思う。 本書から学んだ核心、とりわけ面白かったのは編集工学にまつわる部分だった。 これを読むまで、編集工学というキーワードを見聞きしていたものの然程興味をそそられなかったのだが、読書とは自己編集であり相互編集でもあると言い出したところでむむ、興味深いぞ、と思い、その心において編集工学が関わっていた。 読書は、著者と読者との間で行うコミュニケーションだ。その通りだと思う。 そしてコミュニケーションは、単に情報というオブジェクトを伝達しているだけではなく、その情報を介してお互いの編集モデルを相互作用するものである。この概念は全然自分になかったので目から鱗だった。 落合陽一氏が『脱近代宣言』において話していた「自分と自分以外のフィードバックループ」と共通する。 養老孟子氏は『バカの壁』において、インプットした情報(x)に対するアウトプット(y)を「y = ax」と表現した。これでいえば自らの編集モデルこそが個々人が持つaであり、私が持つaと著者の持つa’は異なるが、同じ文化、同じコミュニティにおけるなんらかの共通基盤がa≒a’と相互認識させているのだろう。 この共通基盤を、本書では「理解のコミュニティ」や「意味の市場」という言葉で言い表されている。 この「理解のコミュニティ」においては、相互にa≒a'と思える。コミュニケーションにおいてある程度意味が通じて会話が成り立っていると相互に実感できるが故に、例えば私の思う「赤」と他者が持つ「赤」の認識は同じものを指す、と暗黙的に定義づけられているのだろう。 セイゴオは、コミュニケーションにおいては情報交換というプロセスの中で編集構造の断片になりそうなものを交換していると言う。 その編集構造の断片、即ちaはダイナミックに変容していく。 記憶というのは非常に曖昧なものなので、y=axと聞くとなんだかaは定数のように感じられるが、動的に変化するaはとても定数とは言えない。 その意味でも、aが、xによって日々刻々と変化していく編集構造であると考えるのは納得しやすい。 流石、膨大な読書による膨大な情報を集約・凝縮した末に導き出されたものであるから話の密度が高い。 具体に対する共感は私も同様の作品を読んでいなければしにくいのだが、抽象部分から感じる説得力がとても魅力的で、セイゴオに対する憧れを喚起する。 とはいえ私は読書をそのまま活かせる仕事に就いていないし眠る時間を削ることもできないので真似するのは好手にあらず、あくまで参考として受け取るのがベストなのだと思う。

Posted by ブクログ

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