ドキュメント死刑囚 の商品レビュー
「死刑確定者とは、ある朝突然、自分の刑の執行が告げられる。」 この本は宅間守、小林薫、宮崎勤、3人の死刑囚と著者の、手紙や面会を通じた交流記録。そして死刑廃止論。 理解できない狂人として死刑囚を見るのではなく、一人の人間として彼らの言葉に耳を傾けると、死刑も殺人であ...
「死刑確定者とは、ある朝突然、自分の刑の執行が告げられる。」 この本は宅間守、小林薫、宮崎勤、3人の死刑囚と著者の、手紙や面会を通じた交流記録。そして死刑廃止論。 理解できない狂人として死刑囚を見るのではなく、一人の人間として彼らの言葉に耳を傾けると、死刑も殺人であることがわかる。そして、その殺人において被害者は加害者になる。死刑とは罪を問われない合法的な殺人なのだ。 殺人という罪は誰が背負うべきものなのか。理屈では自己を育てたモノだろう。ではそれは、自己責任の「自己」か、それとも罪を犯すようにならしめた親であり環境なのか。僕たちは誰を憎み非難すればいいのだろうか。 恐らく目に見えるというただそれだけの理由で僕たちは加害者自身に矛先を向けてしまっている。僕たちは彼らの言葉からではなく、彼らの行動からのみ狂人というレッテルを貼っている。行動からの判断がただわかり易いからだ。極刑を求め「死ぬべきだ!」と心に思う僕たち大衆は、善意という仮面に隠されてはいるが、等しく狂人なのだ。 被害者の傷か加害者の狂気か、どちらに自分を投影するのか。宅間守と獄中結婚をした女性がいるように、自分もああなっていたかもしれないと加害者側に自分を投影してしまう人が3割程度いるかもしれない。そんな歪んだ自分であってもやっぱりそれは自分なのであり、生きるべき人間なのだ。 いまだに死刑制度が残っているのは、優生学の名残と被害者感情を考慮してのことだろう。罪を憎んで人を憎まずとはよく言ったものだけど、良心によって真に罪を憎むことができた時、僕たちは法を超えることができるのだろう。
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死刑についてはいろいろな意見があるだろうけど、これは死刑や判決を下す司法は現代の犯罪を裁くのに適しているか疑問だっていう立場の本。 なんとなく偏ったというか一方的な意見のような印象を受けた。 ましかし宮崎勤、小林薫、宅間守。彼らの犯罪の異常さは強烈だけど、そういう人格を形成するの...
死刑についてはいろいろな意見があるだろうけど、これは死刑や判決を下す司法は現代の犯罪を裁くのに適しているか疑問だっていう立場の本。 なんとなく偏ったというか一方的な意見のような印象を受けた。 ましかし宮崎勤、小林薫、宅間守。彼らの犯罪の異常さは強烈だけど、そういう人格を形成するのに必要な要素は今の社会には溢れているようのかな
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初めてこのジャンルの本を読んだけど感慨深かった。宮崎勤、小林薫、宅間守の3死刑囚のドキュメント本。自分らの世代はあまり鮮明に思い出せない事件かもしれない。特に宮崎勤事件は88年だからもっともではあるが。この宮崎事件に至っては始めて知って心につきささった。埼玉での事件であるから自分...
初めてこのジャンルの本を読んだけど感慨深かった。宮崎勤、小林薫、宅間守の3死刑囚のドキュメント本。自分らの世代はあまり鮮明に思い出せない事件かもしれない。特に宮崎勤事件は88年だからもっともではあるが。この宮崎事件に至っては始めて知って心につきささった。埼玉での事件であるから自分の両親もひやひやしていたことかと思われる。興味深いのは3死刑囚とも家族関係が不良だったことにある。例えば祖父は大好きなのに両親は憎むetc詳しくはここでは書かない。今後の社会動向にも注目である。
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