クレィドゥ・ザ・スカイ の商品レビュー
これはネタバレになることは書きたくないと思ってしまう内容でした。 『ダウン・ツ・ヘヴン』や『フラッタ・リンツ・ライフ』をついパラパラと見直してしまいました。 少し引っかかった部分があったのですが、借金を抱えた夜のお店の女性は誰かと逃げ出したいものなのかな、という理解で落ち着きま...
これはネタバレになることは書きたくないと思ってしまう内容でした。 『ダウン・ツ・ヘヴン』や『フラッタ・リンツ・ライフ』をついパラパラと見直してしまいました。 少し引っかかった部分があったのですが、借金を抱えた夜のお店の女性は誰かと逃げ出したいものなのかな、という理解で落ち着きました。 本作の「僕」が通して同じ語り手だと思って急いで『スカイ・クロラ』に読み進み迷路に迷い込んでしまいましたが、本作はエピローグだけ語り手が違うと理解しました。 やはり『スカイ・クロラ』はラブストーリーな気がする(まだ読んでいる途中です)。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
入院していた元パイロットが病院を抜け出し、記憶の混濁する中で逃亡を続けるうちに、再び空に戻る道を見つける話。エースの復活劇でもあり、一人の人間が自我を失い過去と決別する悲劇でもある。 一人称と白昼夢を使ったトリックが作者らしい手法で、多少のあいまいさが消化不良ではあるものの伏線の妙を感じた。シリーズの中では一番ミステリ色が強く、それが終盤の復活劇の感動に一役買っているように思う。
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どーいうことや!ってなりながらずっと読んでました。 たぶんお互い相手の事を思っているがそれでも、それぞれの譲れない部分があり、それがぶつかってしまい、仕方の無い事なのだなと、やるせないような、不思議な気持ちになりました。 取り敢えずスカイ・クロラ読み直そうと思います。
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大人なのに子供のままの存在。戦闘機に乗りたいのにもう乗れないかもしれない苦悩。記憶をなくした青年。スカイ・クロラシリーズの世界観を堪能できる。
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そして物語はスカイ・クロラへ…最初は、ん?って感じで、最後は一応「なるほど…」と、わかったようなわからないようなでした^^; 世界観は曖昧で謎だけど内面の葛藤はリアル。まるで子供の目線で世界を見ているようです…短編集も楽しみです
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毎度毎度、森さんにはやられてしまいます。 面白かったぁ。 毎回意味が分からないまま、戦闘機が飛ぶシーンには興奮させられました。
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この空気感はこのシリーズ作品でしか味わえない。 空を飛んだことはないけれど、空を舞う爽快感、青の美しさに惹かれる「僕」のことも、強いリアリティが感じられる。 最後の方に押井守の解説があるが、子供と大人、自由についての話が端的にこの作品達の根幹にある何かをきれいにいってくれている...
この空気感はこのシリーズ作品でしか味わえない。 空を飛んだことはないけれど、空を舞う爽快感、青の美しさに惹かれる「僕」のことも、強いリアリティが感じられる。 最後の方に押井守の解説があるが、子供と大人、自由についての話が端的にこの作品達の根幹にある何かをきれいにいってくれている。 個人的には、文筆家の内田樹がかつて言っていた「大人」のロールモデルがうまく形成されなかった現代に生きる人たちの問題意識に通ずるところがある気がする。
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スカイ・クロラシリーズ4作目。 (出版順では5作目ですが時系列的には4作目) いよいよ次はスカイ・クロラを読もう。 刊行順に読むのがよいのか、 時系列で読むのが良いのか、 やっと確かめられます。
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何!ひょっとして、僕というのは…。 人格の数だけ人間が存在するという可能性に疑問を持ってしまった。加えて、キルドレ特有記憶の混濁ゆえ、小説内現実が比喩や記憶のすり替えであることもあり得る!ということにも。 それを踏まえてスカイクロラを細部まで読み返すと、まったく異なった話になって...
何!ひょっとして、僕というのは…。 人格の数だけ人間が存在するという可能性に疑問を持ってしまった。加えて、キルドレ特有記憶の混濁ゆえ、小説内現実が比喩や記憶のすり替えであることもあり得る!ということにも。 それを踏まえてスカイクロラを細部まで読み返すと、まったく異なった話になってきそうだ。 その前に短篇で、こぼれはなしを拾っておこう。
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押井守さんの解説が心に響いた。 パトレイバーとかうる星やつらの監督なんだ。 自分以外の誰か、他者との関わりを自分の「自由」を制限し、制約するものと感じるのは「自由」をある種の「状態」と捉えているからであり、その「自由」の内実とは実は単なる「留保」にほかなりません。それは他者との...
押井守さんの解説が心に響いた。 パトレイバーとかうる星やつらの監督なんだ。 自分以外の誰か、他者との関わりを自分の「自由」を制限し、制約するものと感じるのは「自由」をある種の「状態」と捉えているからであり、その「自由」の内実とは実は単なる「留保」にほかなりません。それは他者との関係を留保し、社会との関わりを留保し、要するに人生そのものを留保することで維持される「状態としての自由」に過ぎない。 でも自由とはそういった「状態」のことを指すのではなく、本来は「行為」というレベルにおいて語られるべきものだった筈。 何かから自由であるという状態ではなく、何かを為すための自由。 自由に選択し、自由に決断し、自由に行動する。 そのためにこそ、人は大人である、社会的存在である必要があったはずなのです。 自由に生きるためには、自分の決断や行動に責任を持つ必要があり、自分と関わる他者、家族や恋人や友人を守り、支えていく能力が必要とされます。
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