新史太閤記(下) の商品レビュー
秀吉の切れすぎる才能…
秀吉の切れすぎる才能と厭らしさがうまく表現されている。さすが司馬。
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秀吉最高~!!!秀吉…
秀吉最高~!!!秀吉好きにはたまりません
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上巻では信長の部下、…
上巻では信長の部下、織田家の一武将としての働きだったのが、下巻で信長が死んで以降は信長の重しも外れ、織田家の枠もなくなってしまう。すると秀吉のスケールが急に大きくなったような気がします。晩年の秀吉の所業を述べずに終わっているところは、著者の情けでしょう。
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この本を手に取って読もうと思ったきっかけは大河ドラマだ。 「豊臣兄弟」というドラマが最近放送されたことで少し興味が湧き、個人的に司馬遼太郎作品を読んでみたいという思いもあり購入した。何気に司馬遼太郎の作品を読むのはこれが初めてだ。 日本人であれば、戦国時代三英傑の1人である秀吉...
この本を手に取って読もうと思ったきっかけは大河ドラマだ。 「豊臣兄弟」というドラマが最近放送されたことで少し興味が湧き、個人的に司馬遼太郎作品を読んでみたいという思いもあり購入した。何気に司馬遼太郎の作品を読むのはこれが初めてだ。 日本人であれば、戦国時代三英傑の1人である秀吉に対して、ある程度の人物像を持っていると思う。私もその1人だった。 秀吉といえば「人たらし」で有名だが、そのイメージに付随して、私はどこかズル賢い人物という認識しか持っていなかった。 この本を読んで一番良かったと思ったのは、彼の人生を通して、1人の人間の生き方を追体験できたことだ。 貧しい生まれから天下人へと上り詰めるまでの過程を、まるで自分がその場にいるかのように体験できる。そんな類稀な人生に触れられること自体が、この作品の大きな魅力だと思う。 そして読後には、秀吉に対するイメージが大きく変わるはずだ。 秀吉の幼少期はかなり貧しく、ほとんど奴隷のような時期もあったという。 そんな彼だからこそ、「商人」という存在に憧れを抱いたのは、自由な生き方への強い渇望があったからなのかもしれない。 そんな彼が、信長と出会う。 それは彼にとって、これまでの人生を一変させるような出会いであり、自分の運命を掴み取る最初の瞬間でもあった。 私が秀吉に対して見落としていた点の一つに、「チャンスを掴み取る力」がある。 人間には平等とまではいかないが、少なくとも人生の中で何度かチャンスが巡ってくる瞬間があると思う。 秀吉はその機会を見抜き、迷わず手を伸ばし、自分のものにしていった。 この力こそが秀吉という人間の核心なのかもしれないと、私は感じた。 秀吉は、人間が何を求め、何に怒り、何に感動するのかを見抜くことに長けている。 その上で、自分を地の底から拾い上げてくれた織田信長が求める人材──「最強の道具」として振る舞うことで、織田家の中で頭角を現していく。 これはあくまで私の主観だが、秀吉は信長に触れ、信長もまた秀吉に触れることで、お互いに影響を与え合い、視野を広げていったように感じた。 そして、私の中での秀吉のピークが訪れる。 それが、金ヶ崎の戦いで殿を務めた場面だ。 誰もが死を覚悟する状況の中で、秀吉は確かに死を受け入れていた。 しかし同時に、どこかで「自分は死なない」と信じているようにも見えた。 この、死を受け入れる覚悟と、生き延びようとする強い意思の両立。 ここに、野心だけで動く人間とは決定的に違うものを感じた。 そしてこの在り方は、自分にはない。 だからこそ、あの瞬間の秀吉は、常識の範疇を越えた存在として強く印象に残っている。 その後の秀吉は、少しずつこの本を読む前に自分が抱いていたイメージに近づいていく。 自分を神に近い存在だと感じ始め、緩やかに自分自身を客観視できなくなっていく。 ただ、これはある意味では正しいのかもしれない。 信長の死後、怒涛の勢いで敵を退け、ついには天下統一を成し遂げる。 これほどの功績を残した人間であれば、自らを特別な存在だと認識することも、ある種の必然だったのかもしれない。 この『太閤記』ではその後の姿は多く描かれていないが、だからこそ、その先の秀吉の姿は容易に想像できてしまう。 この物語を通して、私の中の秀吉像は大きく変化した。 ただの「人たらし」ではなく、人間の本質を理解し、人を動かすことに長けた存在──いわば「人間理解者」としての秀吉である。 それだけでも、この本を読んだ価値は十分にあったと思う。 そして同時に、「人を理解するとは何か」という問を理解した上で、今後の人生に向き合う一つの知識として心にしまっておこうと思った。
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常に信長の顔色を意識しながら動き続けた男が、本能寺の変を経て自分の思うままに物事を決めていくまでという藤吉郎の成り上がりの物語は徳川家康の上洛で話が終わるが、一人の男が成り上がる成長物語と考えれるとこの区切りかたは案外いい。司馬遼太郎の小説を読むとその時代をしばらく追いかけたくな...
常に信長の顔色を意識しながら動き続けた男が、本能寺の変を経て自分の思うままに物事を決めていくまでという藤吉郎の成り上がりの物語は徳川家康の上洛で話が終わるが、一人の男が成り上がる成長物語と考えれるとこの区切りかたは案外いい。司馬遼太郎の小説を読むとその時代をしばらく追いかけたくなる。
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ラストは家康の上洛、そして秀吉の辞世の句で終わったので意外性もありましたが、秀吉という人物の人生を考えると、この終わりも納得、儚く余韻も残ります。 印象に残るのは秀吉の智略、相手の性格や立場を見抜いて、言葉や態度を使い分ける姿は知恵で天下を取ったと感じる。権力を持つごとに弱さもに...
ラストは家康の上洛、そして秀吉の辞世の句で終わったので意外性もありましたが、秀吉という人物の人生を考えると、この終わりも納得、儚く余韻も残ります。 印象に残るのは秀吉の智略、相手の性格や立場を見抜いて、言葉や態度を使い分ける姿は知恵で天下を取ったと感じる。権力を持つごとに弱さもにじみ出ていた。 その点で家康との対比が印象的だった。 毛利家、吉川元春と小早川隆景、こちらも支え合う兄弟でした。
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本能寺の変から、関白となる辺りまでの物語です。 秀吉が、いかに切れ者かが丁寧に描かれています。 司馬遼太郎の小説は、とても読みやすく歴史の勉強になります。
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身長150㎝、猿顔で薄毛、卑賤から生まれた秀吉。内部にある恐ろしいゼロの思想、陽気さ(失うものなどない)に励まされた。 以下に、文中の抜粋を記載します。 ・官兵衛、世の中のことは全て陽気にやるのよ。 ・人間一生のうち、飛躍を遂げようと思えば生涯に一度だけ、渾身の知恵を絞って悪事...
身長150㎝、猿顔で薄毛、卑賤から生まれた秀吉。内部にある恐ろしいゼロの思想、陽気さ(失うものなどない)に励まされた。 以下に、文中の抜粋を記載します。 ・官兵衛、世の中のことは全て陽気にやるのよ。 ・人間一生のうち、飛躍を遂げようと思えば生涯に一度だけ、渾身の知恵を絞って悪事をせねばならぬ。悪事を思い切って陽気にやらねばならぬ。 ・小早川隆景『この場合、弾丸を送るよりも恩を送る方がはるかに当家百年のためになる。』 ・毛利本軍は無傷のまま本国に帰られよ。因幡の国侍どもに対しても一指も触れぬ。それぞれ郷村へ帰り安堵すべし。 ・この男は稀代の人好きであった。悪人は悪人として、臆病者は臆病者としてそれぞれのおかし味を愛し、その愛し方は、茶人が唐渡りの薄汚い茶碗を賞味するかのごとく愛し、時にはよだれをしたたらさんばかりの態度をとる。もっともそれは特に婦人の場合であったが。 ・猿の最大の美点はあくまでも陽気だったことだ。 ・猿は「昔の飢えに戻るよりもましだ。叩かれてようと今の境遇がどれだけいいかわからない。」
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本能寺の変で、信長という重しを取っ払い、身軽となった秀吉は知略、軍略をフル回転。織田政権内での上位の者たち、明智光秀、滝川一益、丹羽長秀、柴田勝家といった面々を次々と追い抜いていく様は、高い木を駆け上る猿のようだ。 そして、そのテッペンには徳川家康。秀吉の駆け上がるスピードはや...
本能寺の変で、信長という重しを取っ払い、身軽となった秀吉は知略、軍略をフル回転。織田政権内での上位の者たち、明智光秀、滝川一益、丹羽長秀、柴田勝家といった面々を次々と追い抜いていく様は、高い木を駆け上る猿のようだ。 そして、そのテッペンには徳川家康。秀吉の駆け上がるスピードはやや滞るも、それも一瞬。小牧・長久手の戦いで家康に負かされたはずの秀吉だが、いつの間にか、家康に頭を下げさせてしまう。 天下統一へ突き進む秀吉のさえ渡る才能の爆発。 が、晩年の秀吉はその才能を枯らしてしまい、老いに悩まされる。という史実を作者は描きたくなかったのだろう。家康を配下に組み入れたところで、太閤記は結末。
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司馬遼太郎さんの作品を読むと、歴史上の人物について楽しく学べるのが読み応えになります。小説なので、若干盛っているかとは思いますが、遠い歴史上で豊臣秀吉がこんな風に生きていたのだろうなぁと思いを馳せました。
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