小僧の神様・城の崎にて の商品レビュー
いかにも刺激的なものだ。 氏も示した「よい作品に触れたら、必ず自分のどこが目覚まされ、引き締まる気がする」。 その考え方を吸って近頃自分を疑うへこみから登り出る事ができるような気がした。 氏の自惚れに憧れる。 常に余計な文字に潔癖を持つ私にとって、氏の作品はもっとも気が合うものと...
いかにも刺激的なものだ。 氏も示した「よい作品に触れたら、必ず自分のどこが目覚まされ、引き締まる気がする」。 その考え方を吸って近頃自分を疑うへこみから登り出る事ができるような気がした。 氏の自惚れに憧れる。 常に余計な文字に潔癖を持つ私にとって、氏の作品はもっとも気が合うものとも言えるのでしょう。 清兵衛と瓢箪の清さに驚かされ、城の崎にて成り行きの思いに感動され、正義派の虚しい悶えが生々しく頭に焼き付けて、もっと氏の作品をゆっくり味わいたい。
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中学生の時、『小僧の神様』を資料集かなんかで一部だけ読んでしまって、 続きが気になって、図書室ではみつからなくて、ずっと気になっていて、なぜか高校生になってからやっと手に入れた本w 小僧の神様は、オチ含め、小僧がかわいい。 短編集だけど、個人的に漱石追悼作品の『佐々木の場合』...
中学生の時、『小僧の神様』を資料集かなんかで一部だけ読んでしまって、 続きが気になって、図書室ではみつからなくて、ずっと気になっていて、なぜか高校生になってからやっと手に入れた本w 小僧の神様は、オチ含め、小僧がかわいい。 短編集だけど、個人的に漱石追悼作品の『佐々木の場合』が冒頭作品にして一番おもしろかったかな。 全体的に(特に後半は)そこそこ仲のいい奥さんがいるのにも関わらず、「おとこみたいで愛想もないのに何故か魅力的な芸妓に惚れてしかもその浮気がばれちゃった」って言う話が多い。
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小説の神様. 「城の崎にて」と「濠端の住まい」が,特に好きだったような気がする. 覚えてないけど.
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私は志賀文学を読んだのは今回がはじめてである。素直に暗夜行路など読まないのは私の性向である。 最初その文章の句点の多さが目に付いた。一文が驚くほど短い、というか「簡潔」なのである。確かにこれは私が今まで読んでいた作家には中々無かったタイプの文体である。巻末の解説にある漱石と芥...
私は志賀文学を読んだのは今回がはじめてである。素直に暗夜行路など読まないのは私の性向である。 最初その文章の句点の多さが目に付いた。一文が驚くほど短い、というか「簡潔」なのである。確かにこれは私が今まで読んでいた作家には中々無かったタイプの文体である。巻末の解説にある漱石と芥川の志賀評にもうなずける。 言うまでも無く志賀直哉といえば「小説の神様」である。上記の通り、その文体は読みなれてしまえばたいへん読みやすいし、ある種のリズムを持って読める、とも言えるかもしれない。だが、私は別段この志賀直哉という作家を特別扱いしようなどとは思えない。 誤解を恐れずに言えば、自身の夫婦仲・女性関係に取材した作品は、つまるところ志賀のわがままの域を出ないようにしか思えないのである。 変わらず妻を愛する一方で、外につくった女にどうしようもない魅力を感じている。妻にそのことで悲しまれ、非難され、それでいて「これは自分の行動如何で解決できる問題ではない」として何もせず、言われるがままやっと重い腰を上げる、といったような具合である。 時代が時代であるから男女仲に道徳など説いても仕方がない。だが、かといってそれがおもしろかったか、といえば私には全くその良さは分からなかった。 もっとも、この点においては、私が志賀直哉の文学が気に食わないのか、志賀本人が気に食わないのかはいまひとつ定めがたい。 そのような大正後期の作品とは対称的なのが、表題にもなっている「小僧の神様」「城の崎にて」のような前期の作品である。 とりわけ私は「城の崎にて」という作品は好きである。例の如く「死」に関する話題になるが、人間の生死にとどまらず、自然の摂理としての「死」を見つめた目線はたいへん気に入った。 また、話の末に思いがけずイモリを殺してしまうエピソードなども、鷗外の「雁」と通ずるところがあって、個人的にはおもしろかった。
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「どうしたらああいふ文章が書けるんでしようね」 「俺もああいふ風には書けない」 歴史的な文士、芥川龍之介と夏目漱石の会話である。 この会話から彼らがどれ程高く志賀を評価していたのかが分かるだらう。 志賀作品を読んでいる最中は、全く周囲が見えなくなる。それほど引き込まれてしまふ。 ...
「どうしたらああいふ文章が書けるんでしようね」 「俺もああいふ風には書けない」 歴史的な文士、芥川龍之介と夏目漱石の会話である。 この会話から彼らがどれ程高く志賀を評価していたのかが分かるだらう。 志賀作品を読んでいる最中は、全く周囲が見えなくなる。それほど引き込まれてしまふ。 小説といふのは本當に特殊な芸術だと思い知らされた。
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自分が読書を習慣にするようになったのは、この本を読んでからだ。だから、もしこの本が面白くなかったら私は読書に興味を持たなかったかもしれない。それぐらい愛着のある一冊。ここに収録されているものはほとんど好き。なぜ好きなのか考えてみたけど、それは志賀直哉の小説を読んでいると、その世界...
自分が読書を習慣にするようになったのは、この本を読んでからだ。だから、もしこの本が面白くなかったら私は読書に興味を持たなかったかもしれない。それぐらい愛着のある一冊。ここに収録されているものはほとんど好き。なぜ好きなのか考えてみたけど、それは志賀直哉の小説を読んでいると、その世界が目の前に広がっているような、そしてそこに自分もいるような感覚を味わうからだろう。また、例えば自分が村上龍の作品を読んでいるときに時々味わうような不快さの類が志賀直哉の小説にはまず出てこない。そういう意味では、彼の作品は性質的に自分に合っているのだと思う。2007-12-20
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短編が集めてあるので、手軽に楽しめる。志賀直哉の文章は谷崎からもお墨付きをもらっている(『文章読本』)ほどで、読みやすい。ただ、一般的に「美文」の代表と言われるが故に、実際にそう感じていなくとも「志賀の作品はいいのだ」という空気に呑まれている人は多いと思う。あくまで、多くの文筆家...
短編が集めてあるので、手軽に楽しめる。志賀直哉の文章は谷崎からもお墨付きをもらっている(『文章読本』)ほどで、読みやすい。ただ、一般的に「美文」の代表と言われるが故に、実際にそう感じていなくとも「志賀の作品はいいのだ」という空気に呑まれている人は多いと思う。あくまで、多くの文筆家の作品と読み比べて、自分の中で咀嚼してから価値判断を加えるべきであろう。 「小僧の神様」は、読後になんだか嬉しくなってしまう。
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あとがきに「志賀氏は分かり易くとか、読者のためにとか新聞雑誌の約束事にしたがってとか、その種の配慮を、生涯通じてほとんど払っていない。」と書いているひとがいて、多いに納得した。こっちの短編集の方が面白い話が多かったです。何年か後にまた読んだら、もっと違う風に理解出来るかな。
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無駄がない素晴らしい文体。蜂や鼠の死ぬところを見て、葉がひらひら舞うのを見て、生について死についてを悟ってしまえる志賀直哉。こんな境地になれるのはいつだろう。一生かかっても無理なんだろう。 「小僧の神様」や「和解」分かったつもりでいるけど、ほんとの良さが分かるのはもう少し齢を重ね...
無駄がない素晴らしい文体。蜂や鼠の死ぬところを見て、葉がひらひら舞うのを見て、生について死についてを悟ってしまえる志賀直哉。こんな境地になれるのはいつだろう。一生かかっても無理なんだろう。 「小僧の神様」や「和解」分かったつもりでいるけど、ほんとの良さが分かるのはもう少し齢を重ねてからだろうなあ。
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描写がとにかく巧い。さり気ない自然の描写が何かを暗示していたり、より豊かな世界を形づくっていたりしているような気がした。読み終わった後に静かな余韻で心が満たされる作品がたくさん。個人的に「雨蛙」が印象的だった。ただし、「瑣事」や「晩秋」は昔の話だからしょうがないけど、イライラして...
描写がとにかく巧い。さり気ない自然の描写が何かを暗示していたり、より豊かな世界を形づくっていたりしているような気がした。読み終わった後に静かな余韻で心が満たされる作品がたくさん。個人的に「雨蛙」が印象的だった。ただし、「瑣事」や「晩秋」は昔の話だからしょうがないけど、イライラしてしまった。(2004/3月頃読了)
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