眠れる美女 の商品レビュー
収録作三作を読んだが、一番驚いたのは、『眠れる美女』『片腕』の前二者と、後者『散りぬるを』の文体が全然違う事であった。前者二作はどちらかと言えば一文一文が短く端正に整っていて、読みやすく情景もイメージしやすい。他方で後者一作はまるで違う。一文がとにかく長く(十行以上の文章があった...
収録作三作を読んだが、一番驚いたのは、『眠れる美女』『片腕』の前二者と、後者『散りぬるを』の文体が全然違う事であった。前者二作はどちらかと言えば一文一文が短く端正に整っていて、読みやすく情景もイメージしやすい。他方で後者一作はまるで違う。一文がとにかく長く(十行以上の文章があったりする)鍵括弧とも結び合わせられたりしていて、ひらがなが多い。混沌をイメージしてしまった。 前者二作は川端の後期に書かれた作品であり、後者一作は前期に書かれたものであると言う事を鑑みても、よく言われるように、「同じ人が書いたのか」と疑わしい気持ちが生じてしまった事を白状しておく。ここで、『雪国』『伊豆の踊子』の読書体験を過去から引っ張り出してきたら、これらはまさしく『散りぬるを』の難解な文章と一致していた。 さすがに『雪国』を川端以外の者が書いたと疑いはしない。この「長くて混沌たる文章」が川端本来の文章なのだと感じる。それでは、『眠れる美女』『片腕』の端正な文章は、誰が書いたのか? あまり考えたくはなかったが、この作品集の解説を書いている三島しかいないようだ。 勿論、混沌たる文章が長じて端正な文章になったのかも知れない。と言うより、おそらくそうだろう。『眠れる美女』『片腕』の二作の間に書かれた『古都』にも三島代筆説があるらしいからだ。もともと大学で川端康成を研究していなかったので(それ以前に文系じゃないw)、わからないが、この文章のあまりの異常な変化からは、かの統合失調症画家であるルイス・ウェインの『猫』を連想してしまった。 『眠れる美女』 もう性的な欲求もない年寄が、あどけなさをも残す美女と添い寝をするという設定だけでも異様だが、さらに異様なのは、その中で主人公の江口老人が「まだないこともない」若さを保っているという設定になっている事だ。前者からは、もう若い娘たちと触れ合う事のできない老人たちや、若さを取り戻すことは決してできないという事実の侘しさ悲しさが伝わってきて、それだけでも芸術的だと思うが、それだけに終わらないところがすごい。 ここで娘の方も目を覚ましていたら娼家どまり(勿論誰もが知っているように娼家の出てくる芸術は多いが)だが、女性側が眠っていて決して起きないというところから、上のわびさびが出てくるのだろう。 世離れした作品でありながら、唐突な最後に俗世に思わず突き戻された。あまりに唐突だったので、恐怖を感じた。著者の思惑通りだったのだろう。 『片腕』 ありえない設定の作品だが、著者は非常に自然に当たり前のように書いている。日常と非日常が混在して幻想的な世界が醸し出されている。マジックリアリズムの名手として著名な南米のガルシア=マルケスが、『眠れる美女』に強いインスピレーションを受けたとのことだったが、おそらく併録されているこちらの作品にも何か通じるものを感じたのではないだろうか。 『散りぬるを』 上のような理由で、正直前者二つより難しかった。文章中にばらまかれた様々なファクターが、最後に一まとまりになるという構造には、またしても南米文学を想起した。これがすらすらと楽しんで読めるようになれれば、川端通なだけでなく文学通でもある事になるのだろうが、それは解説の三島に任せてしまった。僕には川端の初期の文章より後期の文章の方が合っているのだという事が十分に分かったので、それをこの作品から得られた一番の収穫としたい。
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「眠れる美女」 薬で眠らされて目を覚まさない裸の少女の隣りで一晩寝れる、という秘密クラブを訪れた老人が主人公。 もの言わない少女たちにインスパイアされて過去の女性遍歴を回想しながら、老いへの抵抗と諦めの狭間を行き来する様子が切ない。 「右腕」 「眠れる美女」もよかったけど、個人...
「眠れる美女」 薬で眠らされて目を覚まさない裸の少女の隣りで一晩寝れる、という秘密クラブを訪れた老人が主人公。 もの言わない少女たちにインスパイアされて過去の女性遍歴を回想しながら、老いへの抵抗と諦めの狭間を行き来する様子が切ない。 「右腕」 「眠れる美女」もよかったけど、個人的にこちらの方が数倍好きだった。 ある娘から右腕を借り受けて持ち帰り、それと語らいながら眠る様子があまりに幸せそうでぞくぞくした。 自分の願望をこんなに柔らかくて感傷的な日本語で表現できて、川端康成が羨ましい。 「散りぬるを」 生活を援助していた娘たちを殺人者に奪われた小説家の手記。 道徳や死者への哀悼をとっぱらって人の死を合理的に見るとこうなるのか。 「生を与えた神様と同じようにそれを奪った殺人者にも感謝しろ」というくだりに衝撃を受けた。
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中編短編3作入り。 表題の「眠れる美女」は何とも表現しがたい中毒性がある。 わたしも若い女性の端くれなのに何度も読んでしまう。 性そのものが生なのか。
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表題作の『眠れる美女』が素晴らしいです。完璧です。 設定から表現、話の流れまですべてが結合しひとつの無駄もなく、 『雪国』よりも『伊豆の踊子』よりも、断然いいです。 エロとか敗退的とか言われますが、そこじゃないだろとは思います。 こういう設定でそういう話をかける人くらい五万とい...
表題作の『眠れる美女』が素晴らしいです。完璧です。 設定から表現、話の流れまですべてが結合しひとつの無駄もなく、 『雪国』よりも『伊豆の踊子』よりも、断然いいです。 エロとか敗退的とか言われますが、そこじゃないだろとは思います。 こういう設定でそういう話をかける人くらい五万といますし、 表層的な部分で評価しちゃうのはもったいないです。 まあ、確かにエロくもあり敗退的でもあるんですけど、 その中から孤独と老いの悲しみを描きだしたこの手法は、 彼ならではの豊潤かつ簡潔な文章でないと薄っぺらくなるでしょうし、 それらすべてが混ざり合い人生のせつなさが浮び上がるという意味でも、 ちょっと他に類を見ない完成度です。 ひとそれぞれ感じることは違うのかも入れませんが、 (特に男性と女性では評価は大きく異なりそうですね) 僕はこの上なく悲しい小説だと思っています。
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「片腕」を不思議の扉シリーズで読んだあと少し興味を持って川端康成を捜す。150頁しかないので1日で読了。一糸纏わぬ眠れる美少女に添い寝する老人の独白が延々と綴られる。題材は限りなくエロい、これを川端が描くと文学になる。事実いやらしさは感じられない、それが不思議。長編も読んでみたく...
「片腕」を不思議の扉シリーズで読んだあと少し興味を持って川端康成を捜す。150頁しかないので1日で読了。一糸纏わぬ眠れる美少女に添い寝する老人の独白が延々と綴られる。題材は限りなくエロい、これを川端が描くと文学になる。事実いやらしさは感じられない、それが不思議。長編も読んでみたくなってきた。
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『眠れる美女』、『片腕』、『散りぬるを』の三編が収められています。 『眠れる美女』は、設定も展開も惹きつけられるものがあり、 次々とページをめくることができる小説でした。 全体としては、とても閉塞感のある小説だなということです。 文章がたおやかで、女性の肉体のなめらかさや、 ...
『眠れる美女』、『片腕』、『散りぬるを』の三編が収められています。 『眠れる美女』は、設定も展開も惹きつけられるものがあり、 次々とページをめくることができる小説でした。 全体としては、とても閉塞感のある小説だなということです。 文章がたおやかで、女性の肉体のなめらかさや、 体温のある吸いつくような皮膚がたびたび表現され、 生きていることを強く感じさせるのですが、 一方で孤独さや老いを感じ、閉塞感を受けるので、 読んでいると私はすこし気分が落ち込みました。 川端康成の、また違った印象を受けそうな小説があるなら、 今度はそれを読んでみたいと思います。
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この本を読み終えたとき、雪国や伊豆の踊子を書いた川端康成とは別人が書いたのではないかという感覚に陥った。 一糸纏わぬ10代の少女と、老境に入った60代後半の男が同衾するという発想もさることながら、その部屋の寒いことや、老人の過去の遍歴を自分語りさせることによって生じる現在の行き詰...
この本を読み終えたとき、雪国や伊豆の踊子を書いた川端康成とは別人が書いたのではないかという感覚に陥った。 一糸纏わぬ10代の少女と、老境に入った60代後半の男が同衾するという発想もさることながら、その部屋の寒いことや、老人の過去の遍歴を自分語りさせることによって生じる現在の行き詰まり感を見事に表していると思う。 腐りかけのバナナをような小説。もちろんいい意味で。
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「片腕」にめちゃくちゃテンションが上がった。 もし自分の好きな人の片腕をかして貰って血が混じったら…なんてたまらない。逆も然り。
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老人さんの性と生を考えさせられるちょっとエロティックな『眠れる美女』 女性から腕をレンタルして持ち帰り、自分の腕とつけかえたり、会話したりしてときめいている不思議な男性のお話『片腕』 女弟子2人が男に殺された小説家が、自分だって心の中では…といろいろ考えてみる『散りぬるを』 これ...
老人さんの性と生を考えさせられるちょっとエロティックな『眠れる美女』 女性から腕をレンタルして持ち帰り、自分の腕とつけかえたり、会話したりしてときめいている不思議な男性のお話『片腕』 女弟子2人が男に殺された小説家が、自分だって心の中では…といろいろ考えてみる『散りぬるを』 これに三島由紀夫さんの的確な解説が収録されたお徳な一冊でした。
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生きることの上に自分がもうフラフラで立ってることを、実感してしまう生と死の対比。そこが素晴らしくせつない。女との思い出も近くあればある程に手を伸ばしてしまいそうになる欲深さが現実の老いという夜の眠りの中へ消えていく感じが淡くて好き。設定とかそういうのはもう変態の一言。
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