生ける屍の死 の商品レビュー
「確かに、他の国に比べたら日本人の宗教観には柔軟すぎるところがあるかもしれない。だが、宗教対立で子供が血を流す国よりはましだと思う」 「人は、生の永続性ということを考えるとき、どうしても狭い個体の死にとらわれてしまいがちだが、それはいかん。まず、この永遠などあり得んというところ...
「確かに、他の国に比べたら日本人の宗教観には柔軟すぎるところがあるかもしれない。だが、宗教対立で子供が血を流す国よりはましだと思う」 「人は、生の永続性ということを考えるとき、どうしても狭い個体の死にとらわれてしまいがちだが、それはいかん。まず、この永遠などあり得んというところから考えてみるといい。もし個が永続性を獲得したら、どうなる? この地上はそうした傲慢な個で溢れかえり、結局、種は絶滅してしまうことになるだろう。個の死滅があって、初めて種の、ー 人類の永続性がえられるんだよ。」 「四季の中で繰り返される豊穣は必ず死を媒介として可能なものとなるのだ。言葉を換えて言えば、死は豊かな再生を約束するものでもあるのだよ」 「生まれたばかりの赤ん坊が泣くのは肺で呼吸をするためと言われているが、あれは、苦痛とストレスに満ちた生の世界へ放り出されたことに対する怒りと恐怖の叫びだと断ずる心理学者もいるようじゃ。」 『ー この宇宙にあって、生命を持つということのほうが、むしろ平衡状態に反する不自然なことなのだ。そう、人はみなそれを知っている。そして、その平衡状態を目指す"死の本能"のようなものを、誰もが持っているのだ。あとはただ、きっかけさえあれば…。』 「人間も生まれた時から体内に死を内包している。寿命ある人間が毎日生きるということは、実は毎日少しずつ死んでいるということなのだ。そして、体内の死の暴力が噴出し、肉体を組み果てさせる時、人は初めて自然で美しい平衡状態を得、永遠の仲間入りをするんだ」 「人間は確かに不死とか永遠の命とかは失った。しかし、それと引き換えに手にしたのは個別性だった。細菌のようにどれもみんな同じというのじゃなく、雄と雌、男と女に分かれ、俺は俺、チェシャはチェシャというふうに、ぜんぜん別のものになった。 ー だから、その別々の俺たちが、出逢って、お互いに愛し合い、結びつくってことは、その代償として支払った不死に匹敵するほど、永遠に等しいほど、意味のあることなんだ。わかるか?」 「…少しわかるよ。あたしがあんたを好きで、あんたがあたしを好きだってことは、死なないってことと同じくらい素晴らしいってことなんでしょ」
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アメリカのニューイングランドの片田舎トゥームズヴィルにあるスマイル霊園を経営するバーリイコーン一族は、当主であるスマイリーが癌にかかり、死の淵にいた。スマイリーの孫にあたるパンク青年グリンは、ずっと離れて暮らしていたのだが、遺産相続人のひとりとしてスマイリーに呼び寄せられていた。 折しも、アメリカ各地では死者が蘇るという不思議な現象が多発していた。スマイリーは遺書改変の意思を示し、一族は相続がどのようになるのか不安を抱きつつ、お茶会を開くのだが。 死者が蘇るというミステリーの常識が通じない世界を描きつつ、本格的なミステリーとして評価の高いこの作品は、「このミステリーがすごい」でも長年にわたってベストに推されている。読んでみて、その理由がよくわかった。物語の前半は、この世界を覆っている「死者が蘇る」という現象についての考察や、「死」に対する登場人物たちの考え方が披露され、その合間でバーリイコーン家の人間関係、それを取り巻く周囲の人々が、どちらかというと淡々と語られていく。 それが後半に入るやいなや、ブレーキの壊れた特急列車のように、いくつもの事件が巻き起こり、謎が謎を呼んで展開していく。 これが30年にもわたって愛されているというも納得である。
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【死者が次々と蘇る状況の中、なぜ犯人は殺人などという無駄なことをしたのかー?】 前半の、死生観・哲学。後半のジェットコースター的展開。 それもこれも、「なぜわざわざ死者が蘇る状況で“殺人”を行なったのか」に向かって走っていく。 生者も死者も入り乱れる世界に、あなたも混ざってみませ...
【死者が次々と蘇る状況の中、なぜ犯人は殺人などという無駄なことをしたのかー?】 前半の、死生観・哲学。後半のジェットコースター的展開。 それもこれも、「なぜわざわざ死者が蘇る状況で“殺人”を行なったのか」に向かって走っていく。 生者も死者も入り乱れる世界に、あなたも混ざってみませんか?
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この世界では、語られるストーリーが始まる少し前から原因不明で死者が蘇るという設定になっている。作中ではゾンビという表現はされないが、由緒正しきゾンビものらしく、なぜ死者が蘇るのか・・・という説明は一切なく、最後までその理由は明らかにならない。本作の場合には、別に蘇った死者が生者を襲うということもないし、意識も明確なままなので、ホラーというよりもコメディという位置付けになるのかもしれない。 面白いのは、ゾンビものの根本的な問いの一つである「彼らの体はなぜ腐らないのか」がちゃんと正面から取り上げらていること。そう、本書では蘇った死者の体は、ちゃんと腐っていくのである。むしろ、本書では一番最初に死ぬことになってしまう主人公は、その悩みと戦いながら推理を行うことになる。そこで活躍するのが本書の共通舞台であるエンバーミング。日本でも「おくりびと」で取り上げらえていた、死者の納棺作業のことである。すでに死んでしまっているので、死ぬことを心配する必要はないが、体が腐らないように防腐処理を行い、肌色をたもつ化粧を行う主人公グリンは涙ぐましい。 本書はその世界観が突飛なため、イロモノとして扱われてしまう危険性もあるところを、「死んだ人間が蘇る世界で、なぜ殺人が行われのか」という強烈な問いと、その切れ味鋭い論理性でその穴にハマるのを見事に回避している。仮説を立てては捨てていき、多重的に発生する事件を綺麗に切り分けた末にたどり着く、最後の解決はまさにミステリーをよむカタルシスに満ち溢れている。デビュー作でここまで論理が切れるのは本当にすごいとしか言いようがない。 本書は舞台も米国、物語の展開も映画的でありNetflixあたりで5回連続ドラマにしたらとても面白いのではないかと思うのだけど、まさに殺人を行う動機というのが、ある地域では極めてセンシティブな話なので、米国で映像化するのはかなり難しいのかもしれない。その動機は、まさにこの世界だからこそ成り立つものであり、物語の根本となる世界観と固く結びついているので、動機を改変するのはこの小説世界自体を壊してしまうことになりかねない。やはり、頭に色々な絵を思い浮かべながら、テキストで楽しむのが正しい本作品の楽しみ方のようだ。
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昔のこのミスシリーズ第一弾。読む前にレビューを見て、なかなか手強わそうだぞ、パッとあけてえ洋物?って思いながらも何とか読了。ま、面白かったといえば面白かった。あまりテンション高くない時期に死が多すぎて少し辛かったなというのはあるけど。
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相対的には語れない絶対性の強い傑作。死体が蘇る現象が起き始めている世界における殺人と探偵行為の意義とは何か。死者と生者の思惑が複雑に交差し、導かれる真相には唯一無二の衝撃と美しい本格ミステリの構成美が備わっている。全編に渡る「死」の講義、「死」についての物語、そして死者が考え動く...
相対的には語れない絶対性の強い傑作。死体が蘇る現象が起き始めている世界における殺人と探偵行為の意義とは何か。死者と生者の思惑が複雑に交差し、導かれる真相には唯一無二の衝撃と美しい本格ミステリの構成美が備わっている。全編に渡る「死」の講義、「死」についての物語、そして死者が考え動くことによるユーモア、それらが無駄なく精緻に紡がれ至る謎解きは見事、エピローグは秀麗である。グリンやチェシャ、トレイシー警部などキャラクターの魅力も読ませる。異常な世界の中の独自のルールとリアルを描き切った技量に感嘆する。
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再読。文庫にして600頁強というかなりのボリュームなので手をつけるのを躊躇ってしまうが、一度読みだしたら止まらない。翻訳調の洒脱な文章で古き良き時代のミステリをなぞりつつも、死者が生き返る空間での連続殺人というなんとも変則的なストーリー。本作を上回るトリックは幾らでもあるが、果たしてこれを凌駕する面白さを有した小説がどれほどあるだろうか。パンク探偵キッド・ピストルズの偉大なる先達が挑む、悲劇にして喜劇、前衛にして古典的、極上の傑作ミステリ。それにしても、ここには死者が多すぎる……!
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ミステリーの醍醐味は「ここまではわかったが、最後はこうきたか!」と読了後にピリッとした悔しさが残ること。最低な作品は途中でタネがバレてしまうもの。この作品はどちらにも当てはまらない、反則的なルールの上のトリックで成り立っており、筋は通っているが、名作には必ずと言っていいほど残るト...
ミステリーの醍醐味は「ここまではわかったが、最後はこうきたか!」と読了後にピリッとした悔しさが残ること。最低な作品は途中でタネがバレてしまうもの。この作品はどちらにも当てはまらない、反則的なルールの上のトリックで成り立っており、筋は通っているが、名作には必ずと言っていいほど残るトリックや動機への余韻が少なかった。 全体としてはまずページ数がめちゃめちゃ多い。そして個々人の死生観や宗教的な話が多く、読み飛ばしたくなる。後半に行くにつれ展開から目が離せなくなるが、前半で読むのをやめようかと思った。また表現方法も海外の小説を古臭い翻訳家が訳したような、アメリカンジョーク的な言い回しが多いのは少し鼻に付く。といいつつ、本作が生まれたのが90年代なので、致し方なしなのかもしれない。 動機も、うーん、日本人にはピンとこないような。人間関係が複雑で、同じような名前が多いので、最初の方は何度も冒頭の家系図に戻りながらキャラクターやスキルを確認に戻っていたので、流れるように読めなかった。 一方で読み終わったあとに色々と考えさせられる作品でもあった。個人的にはミステリーとしてはそこまで好きではないが、純粋に死とは何かを見つめ直すきっかけとなる面白い小説だった。
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いまいちのめり込めずに、読み終えるまで時間がかかってしまった。そのせいで展開も入ってこないという悪循環に。
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グリンとチェシャがとてもいい子だった。狂人には狂人の理論がある、というのが好きなのでこの犯人の動機はとても良かった。長い話の中で自然とアメリカ風土の死生観が入ってくる。日本では決して成立しない話。一つ一つの展開に長い描写があるため、説得力が強い。監視カメラのシーンでは何が起こって...
グリンとチェシャがとてもいい子だった。狂人には狂人の理論がある、というのが好きなのでこの犯人の動機はとても良かった。長い話の中で自然とアメリカ風土の死生観が入ってくる。日本では決して成立しない話。一つ一つの展開に長い描写があるため、説得力が強い。監視カメラのシーンでは何が起こっているか何度も確認しなければ分からなかったが、分かるとコントのようだった。
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