知的生産の技術 の商品レビュー
内容は古いですが。 京大式カードとか、分類しない。というのはなかなか今に通じる。パーソナルコンピュータの時代ですから、ずいぶんやりやすくなった、と思いますが。
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45年前に書かれたものだけど,今でも参考になる内容が多い.現在利用できる情報ツール(コンピュータやタブレット端末)のアプリで応用ができないかを考えながら読むと面白さが増すと思う.
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[配架場所]2F展示 [請求記号]080/I-3 [資料番号]2004133164 [請求記号]116.5/3 [資料番号]0000426181
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1969年に出版されただけあって内容は古いが、今でも参考になるところもたくさんある。また、古さが逆に当時の趣を伝えてきて面白かったりする。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
◆1969年、知的生産の時代の到来をいち早く予言した名著です。知的生産とはなんともかたい言葉ですが、人びとがおこなう情報のインプットとアウトプットといった程度の意味です。したがって「知的生産の技術」とは、知識の獲得から生産までの方法を、自分なりに体系立てることです。◆その点、「知的生産の技術」は長らく問題になってこなかったといいます。たとえば、学校という場所は、勉強は教えても、「勉強の仕方」は教えてくれないし、考えさせる機会も用意しないわけです。◆そこで著者は、「知的生産の技術」についてみんなで考えようではないか、と問題を提起しています。この本がすごいのは、この問いかけとそれに対する著者の考えが、いまなお生き続けているということではないでしょうか。 ◆この本では、著者のかんがえから生まれた「京大式カード」というものが紹介されています。ふつうならばノートに書くようなことを、論理のまとまりごとにカードに細分化して記述し、それらを自在にくみあわせることで新たな思考をうながすという方法です。◆それは、日常のひらめきやかんがえ、学習内容を手軽に書き留め、それらを組み合わせることで「新しい考えを生み出す」という知的創造のために、著者が試行錯誤の末に導き出した方法でした。◆これは、いまやたらとみかける「ブレイン・ストーミング」とも似ていて、「記録」を具現化するか、「頭のなかのもの」を具現化するかという違いぐらいしかないような気がします。 ◆とうぜん「記録」というのは「頭のなかのもの」より幅広くて、そこには日常のひらめきや考え、学習内容、その問題以外のことまですべてを含んだあらゆる知的活動の産物です。著者は「カードは、わすれるためにつけるもの (p. 54)」といっていますが、これらのことをぼくなりにいいかえれば、ほんらい頭のなかにいれるべきことを記録として外部化することで、「頭のなか」をかんたんに拡張できるのです。そして、実際の頭は、それらを結びつけることに専念できるのです。 ◆ただひとつ、この本についてぼくが(個人的に)注意すべきだとおもうのは、この本は「ハウトゥ本」ではないということです。たしかにカード法や”こざね法”(KJ法)はとても役立つものですが、それらを使ったからといって勉強がはかどるとは限りません。◆大切なのは、この本の問題提起をうけて、自分の「知的生産の技術」を試行錯誤してゆくことだと思います。パソコンやインターネットにあふれたいま、この本をよんで、新しいかたちの、そして自分なりの「知的生産の技術」についてかんがえる意義は、とても大きいと思います。 ◆なんとこの本、近所のブックオフで108円で転がっていました。あら?もう8%価格?(そういえば、これから1円玉の発行枚数はどれぐらい変わるんだろう) 引用したのは、自分につねに忠告しておきたいなとおもう言葉です。 ◆ぼくがこの本をおすすめしたい人は、小学生から大学一回生の人たちです。反対に大人は、自分なりの勉強法を確立していることも多いので、この本を読んでも「当たり前のことじゃないか」と思うだけかもしれません(とはいえ、その提言をいち早くおこなったこの本はやはりすごいと思います)。むしろ、若い人がこれを読めば、自分なりの情報の活用法をかんがえ、それを「技術」として昇華させることができるのではないかと思います。
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はじめに 1.発見の手帳 2.ノートからカードへ 3.カードとそのつかいかた 4.きりぬきと規格化 5.整理と事務 6.読書 7.ペンからタイプライターへ 8.手紙 9.日記と記録 10.原稿 11.文章 おわりに
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実に、40年近く前に書かれた本なんですね。ローマ字論やらひらかなタイプライターやら、今から見ると不思議な話題もいくつか出てきます。 しかし、技術的な部分は古さがあっても、本質的な部分では、今でも十分に通用するものばかりです。私自身は知的生産と呼べるほどの活動はしてませんが、...
実に、40年近く前に書かれた本なんですね。ローマ字論やらひらかなタイプライターやら、今から見ると不思議な話題もいくつか出てきます。 しかし、技術的な部分は古さがあっても、本質的な部分では、今でも十分に通用するものばかりです。私自身は知的生産と呼べるほどの活動はしてませんが、ちょっとした文章や考えをまとめるときには、参考になりそうです。 p.216 「実行しないで、頭で判断して、批判だけしていたのでは、なにごとも進展しない。どの技法も、やってみると、それぞれにかなりの努力が必要なことがわかるだろう。こういう話に、安直な秘けつはない。自分で努力しなければ、うまくゆくものではない。」 まさにそのとおりです。 私は、この手の本を実にたくさん読んだ。 あとは実行するのみである。
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仕事術の草分けとなった本。それまで高尚なものだと考えられていた研究という営みを「知的生産」という観点から見なおし、その「技術」をハウツー的な知識として提示するという発想は、この本以降すっかり定着しました。 もちろん、条件が変わってしまったために今では当てはまらないと思われる点も...
仕事術の草分けとなった本。それまで高尚なものだと考えられていた研究という営みを「知的生産」という観点から見なおし、その「技術」をハウツー的な知識として提示するという発想は、この本以降すっかり定着しました。 もちろん、条件が変わってしまったために今では当てはまらないと思われる点もあります。とくに、パソコンの登場によって解決された問題も多いように思います。それでも、「知的生産」の根幹についての本書の基本的な考え方は、現在多く刊行されている類書にも受け継がれているように思います。 とくに、創造的な「知的生産」を楽しみのための「消費」と区別するという考えに基づいて、メモの取り方、整理の仕方、読書の仕方などの「技術」を見なおすという本書の観点は、今日でもけっして古びてはいないのではないかと思います。どれほど便利なツールが登場したとしても、こうした問いかけを続けていくことがもっとも大切だということに、改めて気づかされました。
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まず、本というものは、はじめからおわりまでよむものである。 との記述があった。 今まで読んだ読書法に関する本では全く逆のことを言っていたので、初めに見たときは驚いた。しかし、現代の膨大な情報量を考えれば、初めから終わりまで読んでいる時間がもったいないと思う。
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・知的生産に必要な部分的空間は、仕事場と事務所と資料庫と材料置き場。 ・本は読んだ後に、積んでおいて後日レビューする。 ・読書において大事なのは、著者の思想を正確に理解するとともに、それによって自分の発想を開発し育成すること。 ・技術の開発と発展のためには成果よりも、それにいたる...
・知的生産に必要な部分的空間は、仕事場と事務所と資料庫と材料置き場。 ・本は読んだ後に、積んでおいて後日レビューする。 ・読書において大事なのは、著者の思想を正確に理解するとともに、それによって自分の発想を開発し育成すること。 ・技術の開発と発展のためには成果よりも、それにいたるまでの経過の記録と、その分析が大切。 ・こざね方式(紙を列にしてつなげる)によって頭の中の思考を外に出す。
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