ひとを“嫌う"ということ の商品レビュー
この本の主題は、理不尽な理由で嫌う、嫌われることは自然なことである、ということ。 嫌う、嫌われることに対する恐怖心が薄れ、ぐっと心が軽くなった。 「嫌い」という感情を少し客観的に見られるようになり、今後の人生は今までよりも器用に送れる気がする。
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※このレビューにはネタバレを含みます
人を嫌ってはいけないことは、学校や家庭で何となく教えられた気がします。しかし、嫌うことっていけないことでしょうか? 僕個人の考えだと、嫌うことそのものは別に構わないと思っています。逆説的ですが、それは自分が嫌われてもいいと思っているからです。 当たり障りのない、無難な人生を送ってもいいかもしれませんが、僕はそうじゃあない方が好きです。誰かに嫌われるようなことをしても、それが世のため人のためを思ってやったことであればいいじゃないかと。 人を嫌うということは、人から嫌われることを考えるのと同じことで、共感できる部分が多々ありました。
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人が人を好きになることは社会的に快く受け入れられがちで、逆に嫌うことは拒否されがち。でも食べれば排泄するのと同じで、好きになることがあれば嫌いになることもあって当然。そんなことが前提として書かれている。 なぜ嫌うのかを中心的に書かれている。自分が他者を嫌うのは、(倫理的に悪である...
人が人を好きになることは社会的に快く受け入れられがちで、逆に嫌うことは拒否されがち。でも食べれば排泄するのと同じで、好きになることがあれば嫌いになることもあって当然。そんなことが前提として書かれている。 なぜ嫌うのかを中心的に書かれている。自分が他者を嫌うのは、(倫理的に悪であるとされているので)つらい。そのつらさを軽減するためには、なぜ自分が他者を嫌うのかを理解することが良薬である。だから「なぜ嫌うのか」が中心的になっている。 で、大事な「なぜ嫌うのか」の部分。8パターンに分けられていたが、どれも納得いく内容だった。 若干くどい。
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人が嫌いなひと、自分が嫌いなひと、人が嫌いな自分が嫌いなひとに。健全に人を嫌って豊かに生きるための本。
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ひとを嫌っちゃいけないとか、みんな仲良くすべき、という建前に鳥肌ぞわっとなるタイプの人におすすめ。そうかー、だから私はあいつがこんなにも嫌いなんだなー、ということが分かる本。
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金沢の21世紀美術館で衝動的に買った本。言われてみれば至極当たり前のことが書かれている。どこかで誰かに嫌われるのは仕方ないと割り切れると思う。でも本当に仲良くしたいひとから嫌われるのは、どう理屈をつけたってつらい。頭で割り切れない感情があるってことが初めて実感としてわかった。。。
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人を嫌うことは誰にでもある、自然な感情である。 …確かにそうだけど、やっぱりその感情を上手くコントロールして、上手い人間関係をつくれるようになりたいよね^^ 作者は「嫌う感情を受け入れる」という観点で延々と書いているけど、受け入れた後どうするのかということについては触れ...
人を嫌うことは誰にでもある、自然な感情である。 …確かにそうだけど、やっぱりその感情を上手くコントロールして、上手い人間関係をつくれるようになりたいよね^^ 作者は「嫌う感情を受け入れる」という観点で延々と書いているけど、受け入れた後どうするのかということについては触れていない。 教師という職業についても少し書かれているけど、「ん?本当にそうなのか?」と思う部分が多かった。 私の期待にそぐわなかった!てことで、☆2つです^^ 人を嫌うことに対して、極端に憎悪がする人には良い本だと思います
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中島先生、難しいよ。ここまで突き抜けてると生活するの大変だろうなあと思う。 しかし久々に読むと明快ですっきりする。と同時に自分は小さいなーと思う(中島氏を見習ってでかい人間にならなきゃ!と言う意味ではなく) レビューに「作者の自己満」「被害妄想」とか書かれていて笑った。でも「この...
中島先生、難しいよ。ここまで突き抜けてると生活するの大変だろうなあと思う。 しかし久々に読むと明快ですっきりする。と同時に自分は小さいなーと思う(中島氏を見習ってでかい人間にならなきゃ!と言う意味ではなく) レビューに「作者の自己満」「被害妄想」とか書かれていて笑った。でも「この本読んでほっとした」ってのも違うだろ~と思う。
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『私はこまでの長い人生において、むやみやたらに他人を嫌うことがあり、また他人からとことん嫌われてきたことも少ないない。』 更に妻から子どもからも嫌われて、思えば、父親からも嫌われ、同じくくらい自分も嫌っている。という状況の中で<嫌う>とは何か研究せざるをえない状況に陥る中島義道氏...
『私はこまでの長い人生において、むやみやたらに他人を嫌うことがあり、また他人からとことん嫌われてきたことも少ないない。』 更に妻から子どもからも嫌われて、思えば、父親からも嫌われ、同じくくらい自分も嫌っている。という状況の中で<嫌う>とは何か研究せざるをえない状況に陥る中島義道氏という存在自体がおかしい。 ひとを嫌うことは、人間関係の負の側面と考えがちだが、嫌うことは自然なことで、それを肯定して居心地の悪さを味わうことで人生は豊かになる。 嫌うことはよくないことだと思うと他人を否定できないので自己否定、自己嫌悪になっていく。中島氏も学生時代はすべてにわたってみんなとずれていて、その時は自己嫌悪に陥り、不登校になってしまったとのこと。 それよりはまず自分の形を決めて、それにそぐわない人は嫌うという人間関係を肯定したほうが健全である。それで嫌われることもあるがそれも人生の滋味の一つである。 嫌う原因を8つあげて分析している。このあたりが中島さんらしいが、その考察力の鋭さはいかにこの問題に悩まされて続けてきたかが伺える。8つも原因があるのだから嫌いになっても当然である。 さらに自己嫌悪について言及していて、その裏返しで、自己を正当化するために他人を否定するなど屈折した心情になっていく。 『私がこの歳になって心から望むこと、それは夫婦とか親子とか親友とか師弟、さらには知人とか職場の同僚とかの「嫌い」を大切にしてゆきたいということ。そこから逃げずに、嫌うことと嫌われることを重く取りたいということです。どんなに誠心誠意努力しても、嫌われてしまう。どんなに私が好きでも、相手は私を嫌う。逆にどんなに相手が私を好いてくれても、私は彼(女)が嫌いである。これが、嘘偽りのない現実なのです。とすれば、それをごまかさずにしっかり見据えるしかない。それをとことん味わい尽くすしかない。そこで悩み苦しむしかない。そして、そこから人生の重い豊かさを発見するしかないのです。』
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解ってて言わないだけの当たり前の事を、さも大罪であるかのように糾弾し始めたのは一体どこの誇大妄想狂だったんだろう。 当然を当然と認められていれば、特に目新しい内容ではない。
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